第2話 虎門鏢局の再建(後半)
黙って聞いていた俺も、たまらず口を挟む。
「天地幇などと、一体何のために幇会を作る必要があるんだ?」
元竹は、菊笛が出した茶をすする。
「目的までは分かりませんが、李空様は武当派掌門、張三宝の屋敷に滞在されています。」
「ここから近い場所にありますので、直接尋ねられてみては如何でしょうか。」
彼の言葉に従い、すぐに二人で張三宝の屋敷へと向かった。
着いてみれば、掌門の屋敷というのに人の気配がしない。
どうしたものかと立ち尽くしていると、奥から使用人のおばさんが姿を現した。
それを見た元竹が身構える。
「彼女、なかなかの使い手ですね。」
こんな、おばさんが使い手?
見た目も小太りなのだが、彼がそう言うのなら本当なのだろう。
「当屋敷にどういったご用件でしょうか?」
李空を探しにきたこと、張掌門に面会したいことを伝えると、彼女の先導で客間に通された。
そこには、李空が目を閉じて椅子に腰かけていた。
「とうとう見つかったか、しかし今となってはお前に用はない。」
「残した物は少ないが、お前にやるからさっさと消えろ。」
彼の言葉には面食らったが、こちらは再建のためにずっと働いてきたのだ。
こんな言葉で片付けられるはずがない。
「何を言うのです。」
「天地幇など作って、一体何をするつもりですか?」
李空は黙り込み、答えるつもりはないようだ。
「ようやく、虎門鏢局を再建できることになったのです。」
「鏢頭に戻って下さい。」
彼は体をピクリと動かし反応すると、再び口を開いた。
「そうか、それは良かったな。」
「だが、俺が鏢頭となることは決していない。」
閉じていた目を見開くと、怒りの表情を浮かべて話しを続けた
「まだ知らないと思っているようだな。」
「元竹の手前全ては明かさないが、お前が隠していることは、もう知っているぞ。」
そう言うと、机に置かれた杯に酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「本来ならば、奥義書もお前に授けるべきではなかった。」
「しかし、これはもう済んだこと。」
「それより、お前にどういう罰を与えるべきか、これから考えていくつもりだ。」
「ただ、お前たちがいれば、虎門鏢局も開封府の頃よりずっと大きな鏢局になるだろう。」
「鏢局は任せたぞ。」
元竹は、李空の話しに呆気に取られている。
彼の言葉の意味が分かるのは、俺だけだろう。
どうしてか分からないが、李空は本物の李海が死んでいることを知った。
そして、下手人を探し当てるための組織が必要で、天地幇を作ったというところか。
年月をかけて探し続け、俺にたどり着いたのだ。
しかし、金華猫の能力で化けているのだから、俺の正体は分からないはず。
「分かりました。」
「そこまでおっしゃるのであれば、我々は失礼しましょう。」
元竹には、冷たい人間のように映ったかもしれない。
だが、事情が変わったのだ。
本物の李海が殺害されたと知られた以上は、俺が下手人である証拠をつかむ時がくるかもしれない。
こんなところからは、すぐに離れるべきなのだ。
「鏢頭…」
元竹が呼びかけるも彼は首を横に振り、再び目を閉じた。
こうして、李空との再会は散々な結果となった。
臨安府に戻ると、皆で力を合わせて準備を整え、虎門鏢局の開業にこぎつけた。
鏢頭は俺が務めることにし、大々的に人を集める。
当たり前のことだが、多くの仕事を受けなければ鏢局を大きくすることは叶わない。
開封府時代の顧客、そして臨安府の新顧客を獲得するため、豪華な料理と酒を振る舞うことにした。
気が付けば、李海に成りすましてから4年の歳月がたち、俺は20歳になっていた。
「皆様、ようこそお越し下さいました。」
「本日より、虎門鏢局は新たな門出を迎えます。」
「鏢頭は私、李海が務めます。」
「副鏢頭は、ここにおります元竹が務めます。」
「何卒、お力添えのほど、よろしくお願いします!」
もちろん、李空の事情を知る元竹は複雑な心境だろう。
硬い表情で礼をする。
ただ、元竹は開封府で鏢局を支えた中心人物であり、顔も広い。
皆から、数多く祝いの言葉が投げかけられる。
出席者に酒を注いで回っていると、見覚えのある白い髭の男がいた。
そう、沈澄が駆け付けてくれていたのだ。
「これは、沈殿ではありませんか。」
「遠路はるばるお越し頂けるとは、感謝に堪えません。」
沈澄は優しく微笑むと、俺が注いだ酒を一気に飲み干す。
「何をおっしゃいますか。」
「命の恩人の晴れ舞台とあれば、いつどこにいても馳せ参じますぞ。」
俺は彼を担ぎ逃げただけだが、そう言ってもらえると嬉しいものだ。
「お祝いの品も持参しておりますぞ。」
「きっと、喜んで頂けることでしょう。」
彼が取り出したのは、何と開封で見た絵画だった。
「それは、陛下へ献上する予定だった絵画ではありませんか。」
「とても頂くわけにはいきません。」
沈澄は片手を上げ、俺の話しを制した。
「その通りですが、今となっては…」
「それに、献上すると知っていたのは我々と李師師だけですよ。」
「私が差し上げたいのですから、問題ないでしょう。」
彼の言うことは筋が通っている。
「断る理由が見つかりませんね。」
「分かりました、ここは遠慮なく頂くことにしましょう。」
俺がそう言うと、趙景からいぶかしげな視線を感じた。
このお調子者、という声が聞こえてきそうだ。




