第1話 罪から始まる人生
前作が完結してから、しばらく筆を置いていました。
元々、コロナ過に時間を持て余して始めたことですが、なかなか収束しませんね。
そこで、3作目を投稿することにしました。
これでシリーズ完結となります。
もし良ければ、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
中国、宋の時代。
ここは開封府、宋の都だ。
幼い頃から、どういう訳か俺にはタイムスリップの能力がある。
何度も現代の日本と宋を往来で遊んでいたが、ある日突然、帰ることが出来なくなってしまった。
恐らく力を失ってしまったのだろう。
正直焦った。
何と言っても、まだ16歳の未成年だ。
いくら慣れた場所とは言え、この状況で生きていくことは難しいだろう。
しかし、ポジティブな性格が功を奏し、何とかなるさと前を向く。
まずは、「虎門鏢局」と書かれた旗の立つ、大きな屋敷に入っていった。
ここは、宋の時代で仲良くしている友人の暮らす家だ。
鏢局と言うのは、いわゆる護送業で、重要な荷物や旅人を盗賊から守り目的地へ運ぶ仕事だ。
鏢局と呼ばれるようになるのは、明から清の時代にかけてだが、用心棒家業などはずっと昔から存在している。
虎門鏢局は、鏢局の先駆けと言って良いだろう。
この虎門鏢局で、俺は取り返しのつかないことをしてしまう。
武器庫で秘宝と言われる匕首を手に取っていたら、そこへバランスを崩した友人の李海が倒れかかり、刺し殺してしまったのだ。
この匕首、聶隠娘の宝剣と言われているだけあり、彼に触れた感覚すらなかった。
ましてや武芸の経験もない俺には、為す術はなかった。
彼は虎門鏢局の一人息子。
その後、李海に化けて生きていくことにした。
考えてみれば、俺にとってこの時代で生きていくには、この方法しかなかった。
タイムトラベラーは、生き物と契約することができる能力を得られる。
俺は金色に輝く金華猫と契約しているから、李海に成りすますことなど朝飯前だったからだ。
ただ、金華猫の能力は化けることと魅了することだけであり、消して自慢できるものではないが。
李海に化けると、まずは仕事に必要な武芸の習得を始めた。
剣術はさておき、弓術の成長には目を見張るものがあった。
それもそのはず、幼い頃から弓道を学んでいるからだ。
そして、仕事をこなせるようになってくると、李家に不審な点があることに気が付いた。
護送業にしては裕福すぎるのだ。
宋軍は辺境に兵を送っているから、輸送の仕事は需要もあり商売は成立していた。
しかし、銀子は底なし、屋敷もまるで王族のように豪華である。
この家は裏に何かある。
そう感じた俺は、行動に移すことにした。
「竹琴、菊笛。」
そう言うと、部屋の外から若い女性が入ってくる。
年頃は俺と変わらない。
二人とも美しく、名前の通り琴と笛を得意とする才女だ。
竹琴は右に、菊笛は左側に同じ花の髪飾りを付けている。
これは俺が贈ったものだ。
鏢局は男だらけのむさくるしいところだから、女子がいると和む。
ただ、彼女たちはなかなかの使い手で、本来の仕事は俺の護衛である。
二人を呼んだ理由は、虎門鏢局の財務事情を調査するためだ。
李海の父親は李空と言って、李家秘伝の武芸で一代にして鏢局を立ち上げた。
そんな彼が相手では調査は簡単にいかないから、不在の時を狙う必要があった。
竹琴、菊笛と共に、帳簿を探すため李空の部屋へ忍び込む。
「若様、不正を見つけたとして、どうされるおつもりですか?」
「役所へ訴えたら、私たちは仕事を失ってしまいます。」
いくら主人の命令とは言え、彼女たちの心配は当然であろう。
「大丈夫。いざとなれば、俺が君たちを養うから心配いらないよ。」
二人は顔を見合わせ、呆れた表情でこちらを見ている。
「無駄話しは終わりだ。さあ、帳簿に怪しいところがないか探すんだ。」
しばらく探すと、見つけたのは俺だった。
「あったぞ!これは驚いた。」
二人は固唾を呑んで、話しの続きを待っている。
「塩だ。」
「西夏との取引が記載されている。」
塩は西夏の特産物だが、西夏と宋は対立関係にあるため入手が難しい。
従って、貴重な塩は国庫を左右する重要な商品となった。
さらに宋は塩を国で管理している、つまり専売にすることにより高値で民へ売っているのだ。
「仕入れた塩は随分と安値で売りさばいているが、それでも相当な儲けだな。」
李家の裏の顔、それは闇商人と呼ばれる生業だった。
竹琴、菊笛は不安そうにこちらを見つめている。
「これが役人に見つかれば、一族郎党、皆殺しだろう。」
「だけど大丈夫、密告はしないよ。」
「法を犯す行為だけど、苦しんでいる民にとっては必要なことだろうからね。」
二人はホッとした表情を浮かべる。
「次は塩の経路を探っていこう。複雑な方法を使っているはずだ。」
竹琴が疑問を投げかける。
「事情は分かったのに、どうしてそこまでされるのですか?」
もっともな質問である。
「これは危険な商売だと分かっているだろう?」
「塩の経路を知るのは必要最低限の人間にすべきだけど、父上の身に何かあった時に備えないと。」
「役人に見つかったら、全て終わりだ。」
次は菊笛が意見を挟む。
「それなら、鏢頭に相談しましょう。」
鏢頭とは、虎門鏢局のリーダーである。
それは、李海の父、李空のことだ。
しばらく沈黙が流れる。
俺と竹琴の視線は菊笛に釘付けだ。
そして、面倒だという表情を浮かべながら、竹琴が口を開く。
「私たちは今、忍び込んでるの。」
「その上、塩は裏家業なんだから、正面から鏢頭へ言えばお怒りを買うわよ。」
二人の性格は全く違う。
竹琴は冷静沈着、菊笛は大胆だが天然なところがあって、天真爛漫な子供のようだ。
菊笛はつまらなそうにそっぽを向いたが、実は彼女が言う通りでもある。
いずれは李空へ備えを提案するつもりだからだ。
しかし、今ではない。
それにしても、いくら故意ではないとは言え、俺は鏢頭の息子を殺してしまった。
彼の代わりに、虎門鏢局を繁栄させなければ。
そのためには、この塩の経路を守ろう。そう誓うのだった。