マチェスタ商会と些事
第五話です。
ロリ店員が去ってから待つこと数分、
やってきたのは三十歳くらいの男性だった。
大して衣服に造詣が深いわけではない俺でも感じるような洗練された服装に、
整えられた髪。
笑みは浮かべているものの、
どこかこちらを根踏みをするようなその視線はいかにも商人らしい。
そんなどう見ても平の社員ではないであろう男性は、
向かいのソファーに座ると早速言葉を発した。
「初めまして。
私こちらのマチェスタ商会で副会頭を努めております、フィムと申します。
本日はご来店いただきありがとうございます」
そう言ってさらに笑みを深める男性改め副会頭。
そう。副会頭である。
お偉いさん登場である。
言うなれば、コンビニに行ったらホールディングスの幹部が現れたような感じ。
……あれ、そう考えたらなんか平気に思えてきた。
間違った例えな気もするが、おかげで気が楽になったため俺も挨拶する。
「ミナトです。
今日は換金をお願いしたかったんですが……
失礼ですけど、いつも副会頭さんが対応しているんですか?」
「ああ、いえいえ。普段はもちろん他の店員に任せているんですが、
何やらとんでもない美女を連れた、これまた見たことのない衣服を着たお客様が
お見えになったと聞いたものですから興味を惹かれまして。
せっかくですから私がお相手をと」
美女二人とこの格好のせいだったらしい。
まああの二人はともかく、俺たちが来ている和服は日本特有のものだからなあ。
よほどの奇跡でも起きない限り、
同じような服が作られることもないだろうしね。
納得だ。
「さて、換金とのことでしたが早速お伺いしてもよろしいですか?」
いろいろ聞かれるのかと思ったが、意外にもすぐに本題に入ってくれるようだ。
フレスベルグは全長十メートルはあってこの部屋には出せないから後回し。
まずは帝国から頂いたブツを机に出す。
壺、剣、豪華なナイフ、宝石etc。
あっという間に机が埋まった。
おっと副会頭さんが笑顔のまま固まっている。
さすがに一気に出しすぎたかな?
「あ、あのミナト様。
まさかとは思うのですが、今のは空間魔法では……?」
おっと違う方に驚いていたらしい。
うーむ、陰陽術だから正確には魔法ではないんだけど……
まあいいか。
「ええ、そんなところです。
珍しかったですか?」
「珍しいなんてものじゃないですよ!?
まさか古代魔法を使える人間がいるなんて……」
そう言うことらしい。
話を聞いてみたところ、
古代魔法に分類される空間、結界、召喚の魔法は今は失われ、
ロストマジックと呼ばれているらしく現在使える人は確認されていないらしい。
そんな魔法を俺は、無詠唱で、いとも簡単に使ったと。
しくじった。
数秒の沈黙ののち顔をあげた副会頭さんは、
先ほどまでの笑みは完全に引っ込めて
真剣な眼差しで聞いてきた。「何者ですか」と。
ーーー
「ーーなるほど、別世界の方でしたとは。
帝国も阿呆な事をしたものです。
……わかりました。
今後マチェスタ商会は全面的にミナト様に協力させていただきます」
結局俺は自身の事を話してしまうことにした。
言い訳を考えるのも面倒だし、
副会頭というある種強力なツテを得るいい機会だと思ったのだ。
まあ結局隠居してしまえば
能力やら何やらがバレようが関係ないと思ったのもある。
話を聞いた副会頭さんも最初は訝しげだったが、
地球の話だったり軽い科学実験だったりをして見せたらすぐに信じてくれた。
「それではミナト様の謎も解けたところで、
早速鑑定していきたいと思うのですが、
量も量ですので多少時間がかかりますがいかがいたしますか?
一時間もあれば終わると思いますが」
「なるほど、それじゃあ待ってる間に他の用事を済ませてくることにします。
……あっ、魔物の死骸もあるんですけどその買取とかもしてもらえたりしますか?
解体もお願いしたいんですけど」
「ええ、構いませんよ。
一回の方に解体場があるのでそちらに行きましょうか」
と言うわけで解体場でフレスベルグの死体をドーン。
「な、な、な……!」
「ミ、ミナト様。これはもしや……」
「はい。フレスベルグです」
「「えーーーーー!!!」」
解体場にはどうみても堅気には見えない風貌の解体職人がいた。
名はリッパーさん。
元は冒険者らしいのだが、年齢による衰えで引退したところを副会頭さんに
スカウトされたらしい。
そんな二人がそろって大口開けてる様は、実に間抜けだ。
「えっと肉は絶品らしいので、それ以外を換金でお願いします。
……んじゃ、またあとで来るんでよろしくお願いしますね」
そう言って未だアホヅラを晒している二人を残してその場を辞した。
おっさん二人の間抜け顔に需要はないのだ。
店を出たところで二人はどこだろうと辺りを見回す。
……と目に飛び込む惨状。
「え〜〜〜〜。……ナニコレ」
◇
数分前
湊と別れ外で待つ事にした桔梗と牡丹は、
入り口の横で手持ち無沙汰に立っていた。
「それにしても、
異世界とはなんとも奇天烈な事に巻き込まれたものでありんすね」
「ふふ、そうですね。
でもみっくんには悪いですけど、
私たちにとってはこちらの世界の方が住みやすいですよね」
「うむ。街並みや文献から窺える文明を鑑みても
日本の様にガチガチの法に縛られてる様には見えんしの」
「力も戻りましたし、魔物もいるみたいなのでそちらでも役に立てますしね」
桔梗と牡丹は仲良しである。
お互い湊を慕っているが、だからと言って険悪になることは無く、
むしろ協力関係の様なものだ。
そんな感じに和やかに過ごしていた二人だったが、
絶世の美女二人を一目見ようと集まって来ていた
ガヤの輪を割って出て来た男によって中断させられた。
「いやあ、はははは!何やら騒がしいと思って来てみれば、
まさかこの様な幸運に恵まれようとは!なあカセヌ!」
「はい、これも運命の導きかと。」
そんなどこかアホなやりとりと共に出て来たのは二人の男性。
一人はやたらと煌びやかに着飾ったこれぞ貴族という様な、
態度のわりに背は小さめのデブ。
もう一人は背に槍を背負った、冒険者らしき格好の中年だ。
「見事に絡まれたのじゃ」
「絡まれましたねえ」
このどう考えてもウザそうな輩の登場に、
シンクロして顔を顰める二人。
…仲良しである。
「やあやあはじめまして美しいお二方。
僕はルミニア王国ゲストル伯爵家長男、ザルコスだ。
君たちの様な麗しい女性を世俗に埋もらすのは忍びない。
そこで!王国貴族たるこの僕が、君たちを娶ってあげることにしたよ!
感謝したまえ!」
「「………。」」
やはりアホだった様なので二人はひとまず無視することにした。
下手に反応しても面倒事を増やすだけと判断したらしい。
…無視しても同じことなのだが。
「どうした?だんまりして…ああ!嬉しくて言葉も出ないか!
ハッハッハッハ。可愛いところもあるのだな。
さあ、早速父上にも紹介せねばならん。行くぞ!」
そう言ってザルコスは桔梗と牡丹を連れて行こうと手を握ろうとする。
しかし、二人はついていくとは一言も言っていない。
…そして触れることを許した覚えも、一切ない。
結果…
ドパンッ!
「ごぶべらっ!」
「っ!?ザルコス様!?」
ぶっ飛ばされた。
ぶっ飛ばされて噴水に突っ込んだ。
桔梗と牡丹二人がほぼ同時に超精密に手加減したデコピンを
その場の誰にも視認できない速度でかましたのだ。
一応死なない様にしたあたり、考えてはいる様である。
「おや、突然やって来て突然ご退場とは。
嵐の様な小童じゃ。のう?ボタン」
「ふふふふ。
どうしたんでしょうねえ。何やら勝手に盛り上がっていた様子でしたが、
恥ずかしくなってしまったのかもしれません」
視認はできなかったがこのセリフと状況から、二人が犯人だと理解した
ガヤたちが徐々にざわめきだしたタイミングで店から出てきたのが俺である。
こうして周りのガヤの多さと、さらに壁にめり込んだデブを見た結果
先ほどの反応となった訳だ。
◇
「ーーなるほどねえ。
……うん、あのデブが悪いのでよし」
「ですよね!
勝手に娶るとか言い出しますし、あまつさえ手を握ろうとしたんですよ!
報いを受けて当然ですっ!
私を娶っていいのはみっくんだけなんですから!」
プンプンと言う擬音が聞こえそうなそぶりで説明してくる牡丹。
うん、可愛いうちの女子達に無礼をはたらいた罰だ。
命があることを感謝するんだな。
「貴様ら、顔は覚えたぞ」
そう言ってデブを小脇に抱えて去っていく中年。
なんともザコっぽいおっさんだ。
まあほっておこう。
どうせ隠居したら何もできないだろうしね。
ていうか、俺の家族に手を出そうとした訳だから次やってきたら……フッ。
「さて、こっちはとりあえず終わったからさっさと森に行って
拠点建設に取り掛かろう」
「うむ。
いつまでも見せ物にされては敵わん」
ーーー
そんなこんなで街を出た俺たちは
牡丹便で数分ほど空の旅をして目的地に着いた。
流石飛行の移動は速い。
とは言ってもかなりゆっくりめで飛んでいたみたいだが。
時速百キロぐらいかな?
まあそんな事は置いといて、
目の前には地平の彼方まで続く広大な樹海が広がっている。
「さすが大樹海というだけあるなあ。……でかいっ」
この深魔大樹海。
死の森など凶悪な通称が付けられるほど危険な地でありながら、
樹海の中から魔物が一切出てこないという謎な特徴があるらしく、
事実、見える限りでは魔物のマの字も感じさせない。
それがかえって不気味な雰囲気を醸し出している。
……気がする。
いや、俺らに限っては危険でもなんでもないから
不気味というかただの森にしか感じないんだよね。
「大きいですねー。
未踏地帯という事は、これからは私たちの所有地という事ですねっ」
「うむ、私有地とまではいかずとも自由にする分には問題ないじゃろう。
どうせ誰も手は出せない訳だしの」
「いや、まあたまに冒険者とかは腕試しとかでくるかもしれないけどね」
そんな感じで森を眺めながら雑談する事数分。
突然目の前の森から赤黒い影が飛び出してきた……
「おう、またせたか!?」
まあもちろん紫苑だ。
血塗れではあるが……
ー五法術 水ノ相ー
「『水煙牢』」
霧の牢に包まれた紫苑が綺麗さっぱりしたところで解放する。
頭から血を浴びているような人間と一緒にいたい人がいるだろうか……
いや、いない。
「全く、せめて身を清めてから出てこんか……汚らしい」
「いやあ悪い悪い。
近くに若たちの気を感じたもんだから待たせちゃいけねえと思ってさ!
あ、若。拠点にピッタリの場所見つけたぞ!」
「ふーん。……じゃあとりあえず案内してくれ」
「おいおいなんだその、
「どうせ適当な場所を見つけて戦闘に明け暮れてたんだろ」
とでも言いたげな目は!」
「「「(その通りだよ(です))」」」
誰が血塗れホクホク顔で出てきた人間を期待できるんだか。
こうして俺たち四人は無駄話もほどほどに、
各国が放棄せざるを得なかった魔界、
深魔大樹海へと入っていった。
ありがとうございました。