最強種vs最強
十分後、動きやすい服装に着替えた俺たちは結界の外縁部、森の手前に来ていた。
着替えたと言っても、着流しから羽織袴に変わっただけだが。
「さて、森に出る前に二人はこれを」
そういって姉妹に霊符を渡す。
これは結界の護符で、一日しか持たないがその分強度は折り紙付きだ。
何せ紫苑の全力攻撃でも三発は耐えるぐらいだ。
そこらの魔物では傷一つ付けられないだろう。
二人が手に取ったのを確認して印を組むとうっすらと全身が包まれた。
「うっし!じゃあ行くか!」
準備が整ったのを確認した紫苑の言葉を合図に俺たちは森へと入った。
案の定、森に入って数秒で魔物が襲いかかってきたが特に問題なく殲滅していく。
期せずして位相空間に魔物がどんどん溜まっていく。
そろそろ街にも行かないとなあ。
……あっ!
街を出る前に商会に寄るって言ってたの忘れてた。
ほんとに街に行かないと。
「さて、そろそろいいかな」
ー五法術 火ノ相ー
「『焔界』」
拠点から三十分程の場所で立ち止まり、
俺たちを中心に直径百メートル程の範囲にあった木々を一瞬にして燃え尽くす。
はい、即席広場の完成。
「……」
「ほわぁー……」
いくら信じているとはいえ、
凶悪な魔物が襲いかかってくるのは恐怖には違いないようで
終始ビクビクしていたアルマも、
一方であらゆる魔物が殲滅されていく様に大興奮だったエルナも、
この突然の周囲の変化に口を開けて呆ける。
ていうか今更だけど、
俺たちの手合わせなんて見ても高度すぎて何やってるのか理解できないのでは……
「それじゃあ、危ないから二人は少し離れててね」
「は、はい!」
「おー!」
俺の言葉に慌てたように離れていく二人を横目に、
俺たちも桔梗ら三人と俺の二手に別れて距離を取る。
久々の手合わせによる高揚からか、
特にキッカケがあった訳ではないが、
自然とその場の空気が張り詰めていくのを肌で感じる。
と、そこでアルマから疑問の声があがった。
「あ、あの!
まさかとは思うんですが、三対一で戦うんですか!?」
どうやら俺を心配してのセリフらしい。
ちょいとばかし心外。
たしかに俺が実際に戦った姿は見せてないし、
ここに来るまで戦ってたのは彼ら三人だったし、
そのせいで彼ら三人の強さが際立ってもしょうがないけど。
……まあいいや。
とりあえず心配そうにする姉妹……アルマに笑みを返しておく。
エルナは心配より楽しみの方が強いらしくニッコニコしてる。
かわええ。
そうしてある程度距離を取り、対峙したところで紫苑が口を開いた。
「んじゃ早速はじめるか!
いやぁ、若に手合わせしてもらえるなんていつぶりだ?
……滾るぜ!」
「妾は出会い頭の一度しかぬしさまと戦ったことはないのじゃ」
「私もです。
別に戦う必要もありませんでしたし……」
そう、実は紫苑とはたまに請われて手合わせをしていたが、
女子二人に関しては敵対して対峙した時以来なのだ。
そうして、
何やら桔梗と牡丹も穏やかな口調とは裏腹にやる気スイッチが入ったようで、
紫苑も含め、闘気の高まりに比例して空気がバチバチと音を立てていく。
別に俺は戦闘狂という訳ではないのだが、久々の強者の雰囲気に自然と頬が上がる。
……とりあえず三割でいいかな。
「参るっ!」
こちらの準備が整ったのを感じたのか、紫苑のその言葉を合図に三人が動き出す。
ズガンッという地を割る踏み込みで文字通り瞬く間に接近してくる紫苑。
前傾姿勢で柄に手をかけてるところを見るに抜刀術だろうか。
「フッ!」
刀術独特の呼吸と共に銀の刃が躊躇なく首に迫る。
どこぞの騎士さんとは比較にならない鋭さだ。
当然だが。
ひとまず右手に魂気を集中させ刀印を組み刀を受け流す。
ズバンッ
遠くの森が裂けた。
それだけで斬撃の威力が窺い知れる。
さて、やはりそこで手を止めるほど甘くは無く、
受け流されると直感した紫苑はすぐさま前方に踏み込み刀を翻す。
そこからは、斬り合いの応酬。
斬り付けては受け流しを超音速の世界で繰り返す。
一つ踏み込む度に地面はえぐれ、
一合斬り合う度に衝撃波が巻き起こり、
瞬く間にクレーターが出来上がった。
と、不意に紫苑が飛び退く。
同時、頭上から物凄い熱量を感じ見上げると、極めて白に近い大量の炎弾。
……まあ気付いてたんだけどね。
俺はおもむろに手を上空にかざし術を唱える。
ー五法術 火ノ相ー
「『焔界』」
ズガガガガガガガガッ
術が発動した直後、幾重もの炎弾が俺目掛けて降り注ぐ。
しかし、俺に被害は無い。
”焔界”は超高温の領域を展開する術。
さっきは広範囲に展開したこの術だが、
範囲を縮小し密度を最大限に高めた事で炎弾の熱量を超え、
結果完全に飲み込み防御を可能としたのだ。
そこまで高温じゃなければ水でもいいのだが、
白光するほどの高温だと逆に水蒸気爆発が起こりかねないしね。
数秒にわたる炎弾の嵐が止んだのを確認し、術を解く。
直後、背後に気配を感じ回し蹴りを放つと、
バヂィ!! という何かが弾ける音と共に芯に伝わってくる重い衝撃。
見ると、雷を纏った牡丹が蹴りを放ってきていた。
さらに間を置く事なく横から紫苑が斬りかかってきて、
左に牡丹、右に紫苑、そして合間に桔梗の炎術という形にもたれこむ。
家族としての絆のなせる技なのかめちゃくちゃ連携がうまく、
三割ではキツくなってきたため五割に引き上げて応戦する。
剣戟、蹴りの乱舞、炎弾。
全ての攻撃を凌ぎ、ほんの数瞬の隙が出来たところで掌底を喰らわせて弾き飛ばす。
「カハッ……ハッハッハッハッ!!
やっぱりいいなぁ若ぁ! そこらの魔物とは比べるのもおこがましいな!
…………さて、あったまってきた所でギア上げるぜ!?」
「うむ、久々に楽しいかもしれん」
「ふふふふふふ……」
ああ、ヤバイ。
さらにやる気になっちゃってるよ。
……といいつつ俺も頬が吊り上がるのを止められないんだけど。
エンジンのかかりと共に怪異組三人の容姿に変化が現れる。
桔梗は白光した九つの尾と、狐耳を生やし輪郭が陽炎のように揺らぎ、
紫苑からは至極色の気が立ち昇り、左右のこめかみに鹿の様な角を象る。
牡丹は例の如く瞳孔が割れ、さらに手足が人型の龍腕と龍脚に変化する。
やや本気モードだ。
という事で俺も一気に七割まで引き上げる。
ズンッ
「おぉふ。
こりゃあすげえな」
「「……」」
そういえばこの世界に来て力が相当上がってたのを考えると、
今の七割は禍神と戦った時の力と同等程度という事になる。
若干引きつった笑みを浮かべる三人にも納得だ。
だからどーしたって話だけどね。
「さあ、今度は俺から行かせてもらうよ」
ー五法術 木ノ相ー
「『雷霆』」
両の手の平に現れたバチバチと雷を弾けさせる黒球を握り潰す。
瞬間、カッと、目も眩む程の光と同時に幾筋もの稲妻が迸り三人に殺到する。
まあこれで仕留められる訳もなく対処されるが、無問題。
稲妻に意識を取られた刹那で桔梗の背後に接近し肘鉄を喰らわす。
「ッ!?ぐぅっ!!」
寸前で尻尾に防御されたが、
それでも即席の広場を軽く突き抜けて木々をなぎ倒しぶっ飛んでいく。
後衛を最初に狙うのは定石だよね。
「……らぁっ!!」
「……はぁっ!!」
桔梗を突き飛ばした直後、前後から二人が攻めてくる。
紫苑の上段を裏拳で受け流し、その勢いのまま回し蹴りで牡丹に応える。
その一合で広場の八割が砕けちり、
周囲の木々が吹き飛ぶほどの衝撃が辺りを蹂躙した。
しかしそれだけで留まらず、幾度もヒットアンドアウェイを繰り返し、
直径百メートルはあった広場はほとんど原型を無くしどんどん森が開拓されていく。
刀と気刀の剣戟の応酬は地に斬撃の跡を刻み、
牡丹による格闘術と雷撃や氷弾の乱撃は数多のクレーターを生み出す。
「クハッ!楽しいなぁ若ぁ!」
「ハハッ、たまにはこういうのもいいかも、ねっ!」
ギャリギャリと刀印から伸びる気刀と紫苑の刀を軋ませながら
獰猛に笑みを浮かべる俺たち。
互いに流石に全力では無いものの、
久しく忘れていた本気の闘争に本能が刺激される。
殺伐とした日々が嫌で平穏を求めていた俺ではあるが、
自身の力を存分に発揮するというのは得難い快感を与えてくれる。
覚えた知識を披露するのが楽しいように、
身に付けた能力を実践するのは殊の外楽しいものだ。
生物は本能的に闘争を求めているのだという事を肌で実感する。
やはり不幸の絡まない純粋な闘争は、心を満たす何かがある。
かと言って頻繁にやりたいとは思わないが。
何事も限度が大切だよね。
そんな事を考えながら武器を弾いて再度大きく距離を取る。
瞬間、足元が爆ぜ、大量の溶岩が噴出した。
◇
「すごいすごいすごい!
ドガーンって!ズバーって!
かっこいいね、おねえちゃん!」
「……」
眼前で行われている目を疑うような光景に、
エルナに返事をするのも忘れ言葉を失う。
正直私は皇女として、戦いや争い事から離れたところで生活してきたため、
実際に戦闘風景を見たことがあるのは
国から逃げるときに抵抗として放たれた魔法や人々の衝突のみだった。
だから実際は、世間にも死の森に踏み入るくらいの力を持った人が
他にもいるかもしれないなんて一瞬思ったけど。
…………いや、ありえないでしょう。
死の森で暮らす時点で実力者なのは理解していたつもりだったけど、全然だった。
私の想像なんてチンケなものだった。
だってそうでしょう。
誰が刀の一振りで遙か先の森まで切り裂けるなんて思いますか。
誰が遠くにいるこちらまで伝わるほどの熱量を持つ炎を
瞬時に大量に繰り出せると思いますか。
誰があんなに華奢で綺麗な人が
目で追えない速度で肉弾戦闘と魔法を自在に操るなんて思いますか。
そして誰がそんな化け物みたいな攻撃の嵐を平然と防ぎ、
あまつさえ反撃するなんて思いますか。
規格外。
化け物。
怪物。
超人。
私を救い、私たちを家族として受け入れてくれた、
尊敬し敬愛すべき方々はそんな異次元の存在でした。
そうしてこの後、
さらに激化する戦いに再び目を剥くことになるのは言うまでもない。
◇
ありがとうございました