四公と帝国
閑話みたいな?
ルミニア王国の西、元フレムローズ皇国の元皇城にして現在は四公の会議場。
フランバスタ城と改められたその城の一室で今、五人の人間が顔を合わせていた。
武門のクラウス・ソル・アマン公爵。
魔導のデリス・ソル・ゲルマン公爵。
内務のアヒム・ソル・リシュテン公爵。
外務のダミト・ソル・エキダン公爵。
そして報告をするダークエルフの男。
「ーーー以上が調査報告になります」
ダークエルフの報告を聞き終えた四人の反応は様々だった。
アマン公爵は感情の読み取りづらい表情で腕を組み瞑目。
ゲルマン公爵は呆れたような困ったような顔で乾いた笑いを零し、
リシュテン公爵は思い悩むように嘆息し眉間を揉む。
そしてエキダン公爵は焦りと苛立ちて肉厚な唇を噛み締めている。
なぜこのような事になっているのかといえば、
その内容が事実ならとんでもない事だからだ。
ことの始まりは元皇女に呪いの魔法をかけていた魔導師が
突然勢いよく吐血して死んだことが発端だった。
他国に逃げられ手を出しづらくなった元皇女ではあったが、
逃走中に破けたのであろう衣服とそれに付着した血液を入手できたため、
呪いをかける事に成功し命も残りわずかとなっていたタイミングでの謎の死亡。
原因は分からなかったが、
その死亡の二日後に元皇女姉妹を見張らせていたものから
行方が分からなくなったとの連絡が入り関係性があるとみて
調査させたところで浮上したのが四人の人物だった。
曰く、その四人は見たことも聞いたこともない服を着ていた。
曰く、うち女性二人は女神と見紛うほどの美女だった。
曰く、美女二人が貴族の子息を躊躇なくぶっとばした。
曰く、男性の一人が酒屋を潰そうとした。
曰く、幻の魔物に大量の深魔大樹海の魔物を商会に卸した。
など。
そして、そんな四人は元皇女姉妹と同じ宿に泊まり
二日後、何らかの魔法で姿を変え、
二人の子供を加えて、宿を引き払い街を出たというのだ。
後日調べると、その日と時を同じくして元皇女姉妹が宿から居なくなったことから、
その二人の子供がそうだったのだろうと。
上四つの情報はひとまずどうでもいいとしても、最後のが問題だった。
なにせこの世界において死の森とは、
外縁部ですらSランク冒険者パーティでギリギリ、
やっと生還できるレベルの魔境なのだ。
冒険者ギルドの最高ランクであるSSの三人、
三英傑と呼ばれている三人でさえも好き好んで行きたがらない場所なのだ。
そんな危険地帯の魔物を
大量に卸せるような人物が元皇女姉妹と一緒にいるのだとしたら 。
今後姉妹を狙うのはほぼほぼ不可能になったと同義なのだ。
「どんな人物なんですかねえその人達は。
冒険者ギルドには登録してないみたいだし、どこから来たのかも全くの不明。
死の森なんてアホみたいに危険な場所の魔物を倒し、恐らく皇女姉妹の呪いを解いて
例の魔導師を殺したのもその人達。
そんなの下手したら三英傑より強いんじゃないですかね?
スカウトしたらウチに来てくれませんかねえ」
報告を聞き終わり各々一息ついたところでゲルマン公爵がそんなことを発した。
彼は既に、元皇女姉妹に関しては諦めたらしい。
しかしそれで納得しない、いやできないものが一人。
ぶくぶくに太った中年、エキダン公爵だ。
「なっ!何を呑気なことを!
報復なんて来られたら
せっかく手に入れた権力が危ぶまれるかもしれないんですぞ!?
それに帝「エキダン公」……ぐっ、失敬」
彼は端的にいうと金と権力が大好きな典型的な傲慢貴族だった。
そのため今回のクーデターにも一番積極的動いていたのだ。
それなのに皇族の力が目覚めて報復に来られでもしたらと戦々恐々としているのだ。
そうして勢いで余計なことを口走りそうになったところをアマン公に止められた。
「まあ、結論を急くこともなかろう。
まだまだ不確定な要素が多すぎる。
それに例の件まであと半年はあるのだ。
ひとまずは情報収集を継続、タイミングがあれば暗殺という形でいく。
異論はあるか?」
「構いません」
「……ふんっ」
「まあいいですよ」
結局アマン公が締めくくる形で話し合いは終わり、各自退出していった。
そして部屋に残ったのが二人になったタイミングでエキダン公爵が口を開く。
「……タイミングがあればなんて呑気な事は言っておられん。
見つけ次第必ず殺せ。最悪我輩の元へ連れてくるだけでもよい。
いいな?貴様自ら動くのだ。
ようやく手に入れた我輩の権力がかかっておるのだ、不安要素は生かしておけぬ。
失敗は許されんぞ」
「いやしかし、不用意に手を出しては……」
「おいおい、契約しているはずだぞ?
貴様が我輩の駒になる代わりに家族は生かしておくと。
忘れたわけではあるまいな?」
「…………はっ」
「それならよい。
期限は二月だ」
そう言い残して耳障りな足音を立てて部屋を辞すエキダン公爵。
程なくして顔に苦渋の表情を浮かべたダークエルフの男、
二クスも影に沈むように消えていった。
ーーー
ミナトを召喚し、簡単に手玉に取られた翌日。
帝都バロンの中心、城下の街を見渡すかのように悠然と佇む帝城の一室にて今、
錚々たる顔ぶれが集結していた。
皇帝を始め、大宰相、宰相、法務長官、財務長官、軍務長官、外務長官という
帝国統制における要の面々。
さらに帝国が誇る最強の戦士である七帝騎士のうち
第一席以外の六名という総全十三名だ。
俗にいう御前会議である。
そんな一室で席に着く面々は皆例外なく表情を険しくしていた。
資料に目を通した一人がポツリと溢す。
「……行方不明、ですか」
あらゆるものが氷漬けにされてからきっかり一時間後に解放された帝城の人々は、
それはもう盛大にパニックに陥った。
というのも、
氷の牢に閉じ込められている最中もなぜか全員に意識が残っていたのに加え、
明らかに犯人と思しき人間が
城内を悠々と闊歩する姿を多数の人間が見ていたのだ。
全く動けないというのは生殺与奪の権利を完全に握られたに等しく、
それはもう恐怖でしかない。
ここまで大規模で規格外な事態を巻き起こした人間が目の前を歩くのだ、
いつ殺されてもおかしくないというその状況は、
囚われの人々の精神に絶大な負担を与えた。
それでも皇帝を始め上層部の人間達の奔走によって、
なんとか沈静化はできたものの当然楽観視はできない。
そのため、すぐに帝都内および帝国全域での指名手配を発令したのだが、
かろうじて帝都を出たという情報はあれど、
その後どこの街でも村でも目撃情報は上がらなかったのだ。
そして特に問題なのが……
「……この報いは必ず……」
そう言って静かに、しかしその黄金色に輝く瞳に滾るような闘志を露にするのは
七帝騎士第二席にしてグロリア帝国第一皇子、コークス・ディル・グロリア。
彼はその貴公子然とした端正な美貌を今は険しく歪めていた。
先に言ったように城にいた人間は尽くが氷に捉われたわけだが、
それは七帝騎士といえど例外ではなく、事実、
この御前会議に出席している全ての七帝騎士が回避も対処もできなかった。
その事実は強者の座に君臨する七帝騎士としては到底看過できないもので、
ひいては帝国の威信にすら関わる問題なため、
なんとしてでも汚名を返上しなければならない事案なのだ。
そんな訳で、各自資料に目を通し重々しい空気が蔓延する中皇帝が口を開く。
「……さて概要は理解しただろう。
かの稀人の帝国に対する無礼の数々は到底見過ごせん。
帝国の誇りにかけて、奴には必ず、なんとしてでも制裁を加える。
これは決定事項だ。
しかし今は手掛かりがないのも事実。
そこで、奴の居場所を突き止め次第七帝騎士から四人を向かわせることとする。
人選はコークス、主がやれ」
「はっ!
必ずやこの屈辱、晴らしてみせます」
「うむ。
して、それとは別に三ヶ月後、再び稀人召喚を行う。
奴の発言を信じるならば、
あの奇怪な術を使うオンミョウジとやらは他にいないという事にはなるが、
しかし油断して二の前を踏む訳にもいかぬ。
よって次は、一席を控えさせる事とした。
各自把握しておくように。
以上だ」
そう言って会議は解散となった。
さて皇帝が言うように、実は召喚の魔法陣は生きていた。
というのもよくよく考えれば当然ではあるのだが、
いわば赤の他人である稀人に
国を率いる立場の者が機密情報を馬鹿正直に話すわけがなく、
実際は陣の描き方の記された書物が別にあるのだ。
という事で、帝国は性懲りもなく再び稀人の召喚を画策したわけである。
これが結果として自身の首を締めることになるのだが、それはまた後の話。
さらに、この場にいない七帝騎士第一席。
彼は冒険者ギルドに存在する三人のSSランク、
三英傑の一人にして唯一国に属する人間だった。
通称、剣神。
その名の通り、剣を極めた者である。
こうして帝国は、
稀人への報復、
近々計画している他国への侵攻に備えた戦力の増強、
それに伴う稀人召喚に向けて動き出した。
ありがとうございますですました