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軌跡と奇跡

なんで男はお腹がゆるいのか……

「ふぅ……」

 

 

 夜。

 自由にしていいと与えられた、かつての城の自室とは造りも趣も全然違う、

 しかしどこか気分の安らぐような新たな自室のベッドに腰掛け一息つく。

 窓の外には見たことのない趣向の庭園と、

 この島を囲むように広がる月明かりに照らされた幻想的な泉。

 そして広大な森。

 死の森。

 

 

「はぁ……」

 

 

 いろいろあった。

 本当にいろいろ。

 

 幸せな家庭だった。

 皇族ではあったけど、どこか庶民的な生活や考えを尊ぶような、そんな温かい両親。

 そんな私たちを厳しくも温かく見守ってくれる従者のみんな。

 そんな平和志向の父だったからか、

 騎士や軍の方とは溝があったみたいだけど、

 それでも私たちは毎日を幸せに暮らしていた。

 

 突然だった。

 何の前触れもなくお父様が倒れた。

 最初はただ体調を崩しただけだと誰もが思ったけど、

 それから数日であっという間に死んでしまった。

 病気か、毒か、偶然か、仕組まれたモノなのか。

 何も分からなかった。

 何も分からないまま、心の整理をする暇もないまま、クーデターが起きた。

 ほぼ全ての貴族が反乱に賛同していた。

 当然かもしれない。

 多くの貴族は四公爵をトップに纏まっているのが現状だったのだから。

 残されたお母様は懸命に押し留めようとしたけど、やはり駄目だった。

 騎士が、軍が、近衛の者までもが、命令に従わなかった。

 

 どこまで仕組まれたモノなのか、どこから仕組まれたモノなのか。

 調べる暇はなかった。

 

 瞬く間に皇都は陥落したが、なんとかお母様と私たち姉妹、

 お付きの従者達で城から逃げ出すことができた。

 けどそれも途中まで。

 子飼の傭兵だろう柄の悪い男たちにすぐに追いつかれた。

 

 お母様は強い人だった。

 決して弱音を見せない、

 心の強い、

 美しい人だった。

 

 

「ーーーアルマ、よく聞きなさい。

 私はあの追手を足止めするためにここであなたたちと別れないといけない。

 だから、今からエルナを守ってあげられるのはあなただけ。

 いい?

 走りなさい。真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ、走りなさい。

 

 なにがあっても諦めず進みなさい。

 希望を捨てずに進みなさい。

 諦めなければ、希望を持ち続ければ、必ず……

 最後には、必ず救いは、ある。あるはずだから……

 ……さあ、行きなさい!」

 

 

 この時の私はどんな顔をしていたのだろう。

 この時のお母様はどんな顔をしていたのだろう。

 恐れ、悲しみ、苦しみ、怒り。

 いろんな感情で心がかき乱され、その辺りの記憶は曖昧で。

 この言葉を最後に、私はただただ前へ進んだ。

 心のどこかでお母様とも、もう会えないのだろうと理解していながら。

 それでも認めたくなくて、認めるのが怖くて、返事もせずに走り出した。

 途中、馬が駄目になりエルナを背負って走った。

 涙が枯れるぐらい泣いて、声が枯れるぐらい叫んで。

 魔物に襲われるかもしれないという恐怖。

 追いつかれるかもしれないという恐怖。

 先が見えない恐怖。

 それでも走った。

 

 

 どれだけ辛くても、体が痛くても、足を引きずっても走り続けて。

 二日ぐらいしたところで一台の馬車に出会った。

 それがあの各国に支店を構える大商会だと知ったのは後のこと。

 護衛の方々もフィムさんも優しくて、

 その温かさがどこか苦しくて、たくさん泣いて。

 

 泣いて泣いて泣いて。

 

 街で紹介された金狐の宮でもたくさん優しくしてもらって、

 お仕事までさせてもらえて。

 お母様の言う通りだと思うと、また泣いて。

 改めてお母様に会えなくなったのだという実感が湧いて来て、また泣いて。

 

 悲しみはなくならないし、

 最後にまともに声をかけることもできなかった後悔も消えないけど。

 それでも大事な妹のために、

 ボロボロだった自分たちを拾ってくれたフィムさんや、

 宿の女将さん、ご主人、ミラちゃんに恩返しするために、

 気持ちに一旦整理をつけられたというのに……。

 

 そんな最中(さなか)、体調が悪くなって。

 どんどん衰弱していって、仕事もできなくなって。

 私のために頑張ると言ってくれたエルナの言葉が情けなくて。

 どんな薬師も治癒士も治療どころか原因も分からず匙を投げられて。

 

 どうして。

 どうしてこんなに辛い思いをしているんだろう。

 どうして自分から幸せを奪っていくんだろう。

 どうしてこんなことになっているんだろうって、嘆いて。

 嘆いても、祈っても悪くなる一方で。

 息をするのも苦しくなって、身体中が痛くなって。

 立ち上がることもできなくなって。

 結局駄目なのかと諦めそうになった時に、

 お母様の言葉を思い出して、最後まで希望を持とうと足掻いてみたら……

 

 

 ……ミナトさんが現れた。


 突然の出会い。

 運命の出会い。

 何にせよ奇跡だった。

 

 てっきりただエルナを送りに来てくれたんだと思ったら、

 簡単に、魔法を使ったわけでもないのに、私の衰弱の原因を言い当てた。

 

 そして、どうして数々の薬師や治癒士たちが判別できなかったのか納得した。

 闇属性魔法に類する呪いは、その難易度から使用者が極端に少なく、

 逆に解呪にも相当な高位の光魔法使いしかできない特殊な魔法なのだ。

 いくら領都とはいえ、

 そう簡単に呪いレベルの魔法に精通した魔導師がいるわけがないのだ。

 

 そんな呪いを見抜いたのだ。

 それも一目で。

 

 そして軽々と、さも簡単そうに「治してしまうけどいいかい?」なんて。

 何の冗談かと思った。

 それでも、

 どこかこの方なら治してくれるかもしれないと、

 何の根拠もないけど、

 直感のようなものを感じたのだ。

 そして、治癒系の魔法には相当なお金が絡むというのに、

 何の条件も見返りも求めず、

 見たことも聞いたこともない魔法で治してしまった。

 

 あっという間だった。

 数秒前まで息をするのも苦しかったのが嘘のように治った。

 信じられなかった。

 あれだけ長い間苦しめられたのが、一瞬だ。

 信じられなかったが、現実だった。

 紛れもなく治ったのだ。

 

 泣いた。

 気持ちに整理をつけてから、エルナに心配かけまいと、

 どれだけ辛くても、

 苦しくても、

 嘆いても、

 決して涙だけは見せないようにしていたが、

 この時ばかりは。

 

 

 それからは怒涛の勢いで状況が変化した。

 再び狙われることを考え、匿ってくれると言われて。

 命を救うどころか、これ以上を望んではいけないと断ろうとしたけど、

 ボタンさんに言われた。

 妹を守るためでもあるのだ、と。

 その通りだった。

 私はエルナを、

 お母様に託された可愛い妹を、

 私のために一生懸命頑張ってくれた愛しい妹を、

 今度は私が、守らないといけないのだ。

 だから言葉に甘えることにした。

 そして、この方々には一生かけて恩返ししようと決めた。



 翌日。

 フィムさんには挨拶できなかったけど、

 宿の女将さんは私の回復を喜び快く送り出してくれて。

 必ず恩を返す約束をして、宿を出て。

 てっきり街の中のミナトさんの家に向かうものだと思ったら外に連れて行かれて。

 ボタンさんが、

 見たこともない大きさの、

 とんでもなく美しい魔物になったと思ったら、

 空を飛ぶなんて信じられない経験をして。

 さらに、死の森にお家があるなんて。

 あの死の森。

 手を出さないのが暗黙の了解となっている禁忌の森。

 一瞬だけついて来たのを後悔したのは秘密。


 案内された場所には死の森だという事を忘れさせるような幻想的な場所だった。

 そこだけ別世界のような空間。

 円形に切り取られたその中心には、泉に浮かぶ孤島。

 そこに佇むのは見たこともないような造りの、立派なお家で。

 

 不思議なことが多すぎてちょっと暴走しちゃったけど、

 ミナトさん達のことも教えてもらって。

 異世界って聞いた時は驚いたけど、納得もできて。

 

 ……ほんとうにいろいろあったなぁ。

 

 

 でも、

 この温かくもとんでもなく強い方達となら、

 また幸せを築けるかな。

 

 

「……よし。まずは、家事を覚えないとっ」

 

 

 早く覚えて恩返ししていこう。

 それに、ボタンさんは優しいけどたまにちょっと怖いから。

 

 

 

 

 

 お母様。

 

 お母様の言う通りでしたよ。

 

 諦めなかったら救いはありました。

 

 希望は確かにここにーー





意外と読んで頂けているようで感涙……

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