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デートの準備

 私は自分の数少ないドレスの中から、ポールさんとの夜会デートに相応しい物を選んでいました。


 私の髪は紺色なので、寒色のドレスは少し冷たい印象を与えてしまいます。どうせなら楽しみたいので、瞳の色と同じ、緑系のドレスを選びました。


 濃い緑の内側に薄緑のフリルが重なっているドレスです。神様チョイスに間違いはありません。鏡の前で合わせて見てもいい感じです。


 ブルーに採寸してもらった情報を元に、ポールさんの夜会服を【創造】します。私が緑なので、合わせて緑系の落ち着いた色合いの正装を創ります。ポケットチーフやタイはドレスと共布にして作り上げたのは、中々良い出来に思えます。


 ポールさんは柔らかい雰囲気の方なので、多少地味に見えても本人の雰囲気がうまくかき消してくれる事でしょう。茶色の革靴も一緒に創り、ベッドの上に置いてみます。うん、いい出来です。


 さっそく出来上がった服を持ってポールさんの客間を訪ねました。ノックのあと、はい、と返事を待ってドアが開きました。


「これ、創ってみたんです。どうでしょうか?」


「これはこれは……都のお針子も裸足で逃げ出すいい出来ですね。これを着て一緒に出かけるのが楽しみでさ」


 ポールさんは仕立てた服をまじまじと眺めて褒めてくださいました。私はほっとして、彼に服と靴を渡します。


 そこでハッと気付きました。馬車がありません。


 いえ、ポールさんの仕事用の幌馬車はありますが、夜会に行くのに幌馬車は無いです。マナー的に。


 幸い馬はいます。シェルさんじゃありませんよ、ポールさんの幌馬車を引いている馬が二頭います。


「大変。馬車を作りませんと」


「知り合いに頼もうかと思ってましたが、創りますかぃ?」


「あら、準備してくださってたんですか?」


 居心地悪そうに頭をかいたポールさんは、私をまじまじと眺めます。


「さすがに正装のマリーさんを幌馬車に乗せるのは憚られますからねぇ……」


「なら、お願いしてもいいですか? 創っても、たぶんその後使う事はないと思うので」


 言っててちょっぴり悲しくなりました。まさかシェルさんに引かせる訳にもいきませんし、創ったものを一回きりで壊してしまうのも偲びないです。


「もちろん。ちゃんとした伝手でご用意させてもらいます。便箋とペンをお借りしても?」


「はい、勿論です」


 私は自室に戻ると簡素なレターセットとペン、インク壺を持ってポールさんにお渡ししました。すると、封筒は要らないと言います。


 レターセットの便箋を小さく切って、細かな文字で文を認めると、ポールさんは幌馬車に戻りました。


 ……幌馬車の中に鳩がいます。全く気付きませんでした。


「前に来たときはちょうど手紙を届けてもらってたんでさ。今は火急の用もありませんし、ちょっと飛んでもらいましょう」


 脚についた筒に先程の手紙を丸めて入れると、ポールさんは鳩を籠から出して飛ばします。鳩は行き先が分かっているらしく、まっすぐ東へ飛んで行きました。


「さ、これで準備はできましたね。さて、当日マリーさんの足を踏まないようにダンスの練習でもしますかねぇ」


「あら、それなら私と致しましょう? 私も暫く踊ってませんし」


「……練習中に踏んだら申し訳ねぇんですが」


「でも、お相手が必要でしょう? ね、私と踊りましょう」


「まぁ、そうですね。それが手っ取り早い」


 こうしてダンスの練習をする事になりました。


 私はワンピースの中からなるべく裾の長いものを選び、当日はヒールのついた華奢な靴を履くのでそれに慣れるためにもハイヒールを履きます。


 講師はブルーです。なんでもできすますね、この使用人。


 ポールさんも靴だけは先ほどお渡しした革靴に履き替え、普段使わないダイニングのテーブルを動かして場所を作り、ブルーの指導のもと、ダンスの練習が始まりました。


 ……開始から30分。そこには鬼がいました。


「マリー様、もっと笑顔で、背筋は伸ばして。ポールさん、足取りが悪いです、ステップはもっと脚を上げて」


 指導の声がビシバシ飛んできます。拍子に合わせて踊り続ける事この後2時間。私とポールさんは床にへたり込みました。


「仕方ありませんね、休憩にしましょう。夜会まで練習しますよ、お二人ともマナーで習ったでしょうに、鈍りすぎです」


 今は行商人のポールさんも、追放された私も元は貴族です。ダンスの基礎はできていますが、まさかスローライフでここまで鈍っているとは思ってもいませんでした。


 ブルーの煎れてくれた冷たい紅茶と、シェルさんのお菓子で少し回復しましたが、ハイヒールは足が痛いです。私の足に合わせたサイズではあるのですが、ここ数ヶ月は平底のブーツばかり好んで履いていたので慣れが必要です。


「ポールさん……頑張りましょうね」


「マリーさんに恥をかかせるわけにゃいかねぇですからね……死ぬ気で頑張ります」


 リビングで向かい合ってぐったりしたまま、私たちは来る夜会に向けて決意を固めました。


 はて、今少し妙な引っ掛かりを覚えました。ポールさんの言葉……死ぬ気で頑張る、という言葉。


(……そっか。ポールさんは死ぬんだ。遠い先だとしても、老いていくんだ)


 対して私は不老不死です。老いもしなければしにもしません。これは、ポールさんには言っていない事です。


 なんだかそれを告白する勇気がでず、私は言葉を飲み込みました。


(今はまだ……、いい)


 ぎゅっとスカートを握ります。そういえばブルーにも言っていませんね。彼は村の方から聞いて知っているかもしれませんが。


 ポールさんに私が不老不死だと言うのは、私の口から言いたいです。でも、まだもう少し。


 18歳の私は言いたくありません。前世の私も、まだいい、と思っています。


 この心のもやもやは、夜会が終わるまで蓋をしておきましょう。


 ……まだ私は、この時、ポールさんへの淡い恋心にすら気付いていませんでした。

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