寂しい? 寂しい。
次の日の私はなんだか朝から気持ちが下向きでした。シェルさんに起こされるまで布団の中で微睡み、せっかくの晴天に鬱陶しさを感じ、服も何だか気合いが入らず一番着回しているワンピースを身に付けます。
お客人の相手で知らず緊張でもしていたのでしょうか?
ウッドデッキのソファでぼんやりと朝ごはんのサンドイッチを食べ、お茶を飲み、そのままソファに横になります。
屋根のあるウッドデッキなので日差しはあまり射し込まず、心地よい風が吹き抜けていくのを頬に感じます。
無気力な私の足元にアオイさんが近づいてきて、私は寝転んだままその頭をやわやわと撫でました。毛並みが心地よいです。
思えば引っ越してきてから、休む間もなく色々と頑張ってきました。
五月病というものかもしれません。私はこの家の方々に甘やかされているので、自分が働こうと思わなければいくらでも休んでいられます。今日一日だけ、皆さんに甘えて休みましょう。
(私、国外追放されているのに……こんなに怠けてしまっていいのかしら……)
別に強制労働という訳ではありませんが、もし私一人だけがここに住んでいたら、とてもこんな風には過ごせなかったはずです。
ドラゴンを助けて、ペガサスを助けて、フェンリルを助けて、監視役と言いながらもなんだかんだアニマルが好きで甘いブルーが来て、神様という友達がいて……。
充実してます。なのに、なんでしょう、この胸に感じる虚脱感は。
ぼんやりとソファから横向きに庭を眺めていると、イグニスさんがやって来るのが見えました。
私の頭の横にどかっと腰掛け、ポンポンと、何も言わずに頭を撫でてくれます。
「寂しいか、マリー」
「寂しい……」
寂しい。聞かれて、口に出して、私は寂しいという気持ちを実感しました。
ポールさんは、初めて何のしがらみもなく、私と一緒に過ごした方です。好意を向けるとか、向けられるとかもなく、助けられたとか助けたとかでもなく。
私はその心地よさを知ってしまいました。
「はい、寂しいです……そうですね、私、寂しいみたいです」
贅沢な悩みだと思います。私の周りには素敵な方が何人もいらっしゃるのに。でも、誰にしても誰の代わりにならないように、ポールさんは誰も代わりになりません。
アオイさんが頭を上げて私の手に鼻先を擦り寄せます。温かい。
「ならば、気晴らしに我と出掛けないか?」
イグニスさんの提案に、少し考えました。
ポールさんが戻ってくるのは二週間後です。その間、こうやって腐っているのも勿体ない話です。
「ですが、ブルーが何と言うか……」
「ドラゴンに拐われる者を咎める奴はおるまいて」
イグニスさんの顔を見上げました。優しく笑っていますが、瞳は悪戯っぽく煌めいています。
つられて笑った私は体を起こすと、イグニスさんの顔を見上げました。
「では、拐かしてもらえますか? 何か支度するものがあれば持っていきます」
「そうじゃの、特にはいらんが……着替えと、大きめのタオル、毛布を持ってくるといい」
毛布は何に使うのでしょう? ですが、今この家にいるのは私の精神衛生上よろしくありません。外泊どんとこいです。
私は立ち上がってさっそく支度を始めました。やる事ができると動けるならまだまだ大丈夫そうです。
アオイさんも付いてきたそうにしていましたが、今回はイグニスさんとの二人旅です。
台所で仕事をしていたブルーとシェルさんに「ちょっとドラゴンに誘拐されてきます!」と告げて、私は早々に庭に出ました。
ドラゴンの姿で待っていたイグニスさんが、背中に毛布を広げよ、と言って合点がいきました。前に乗った時にお尻を痛そうにしていたのに配慮してくださったんですね。
「マリー様?!」
私の伝言に慌てて出てきた二人と、諦めて見送る姿勢のアオイさんを見ながらドラゴンの背に乗り込むと、翼の一振りであっという間に空の上まで登りました。家が小さく見えます。
「では行くか。これからいく場所は我のとっておきじゃぞ、他に場所を知るものはおらぬ。せいぜい野生動物くらいじゃ」
「どんなところかワクワクしてきました!」
ワクワクと……、ほんの少し残っている寂しさ。でも今は寂しさには蓋をして。
「行こう、マリー。お主は笑顔の方がよい」
「あら、ふふふ。ありがとうございます」
ドラゴンの力強い羽ばたきに、体にしっかりとしがみついて空の旅を楽しみます。
流れるように背後へと消えていく空、大地、山を越えて、どこの国かも分からない場所に着いたのは1時間程過ぎた頃でしょうか。
森の中の開けた場所に着地したイグニスさんは、人型をとりました。こちらの方が満喫できる、とのことですが、一体何のことでしょう?
そして広い背中についていくと、そこには幻想的な場所が広がっていました。
淡く緑色に光る湖面、真ん中に突き立つ大岩、立ち上る湯気。
「温泉……!」
「そうじゃ。息抜きじゃからな、存分に体を休めるがいい。あの家は居心地がいいが……お主には少々、息苦しい事もあるじゃろうて」
源泉掛け流しです! しかも独り占め!
イグニスさんはどうされるのでしょう? さすがに殿方と二人で入るのは(アニマルとはいえ)抵抗がありますが。
「我は食糧を手に入れてくる。暫くくつろいでいるがよい」
「わ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
「うむ、小一時間程で戻る。また後でな」
小一時間もあったらのんびりつかれますね。
私は早速服を脱いで、掌で水面を撫でてみました。少し熱いくらいですが、外で入るにはちょうどいい温度です。
爪先からちゃぷ、とお湯に入り、肩までつかって岩肌に体を預けます。
(……ポールさんにこの話をしたらどんな顔をするかしら)
……寂しい。会いたい。一人になるとどうしようもなくそう思ってしまいます。
(この気持ちは何と言うの……? 嫌じゃない、けど、会いたくて仕方ない)
冷たい風が上空を吹き抜け、静かな辺りが木々のざわめきで満たされます。
イグニスさんに連れてきてもらった温泉で、私は思う存分体と心を休めると、お湯からあがって体を拭い、服を着ました。
入る前よりはずっと気分がいいです。この温泉には薬効もあるようで、後で瓶を作って持ち帰ろうと思いました。ちょっと調子が戻りましたね。




