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どうもありがとう短編集

大荷物

作者: しろきち

真夏のお話です。

7月最後の金曜日、今日はハンパなく暑い!

エアコンの効いた部屋から、一歩たりとも出たくないくらいだとというのに、

主任の郷田さんが、室温を上げるほどのテンションで叫ぶ。


「ぬぅわぁぁー! このクソ暑いのに、なんだってんだ!」


「郷田さん、余計に暑くなるから、落ち着いて下さいよ。どうしたんです?」


「静香ちゃん聞いてくれよ! 今、受けてるゲームの販促のウチワな、

 絵柄差し替えになったとかで、新しいのになるんだそうだ。」


「ということは、新しい物が届くと。そういう事ですか?」


「そう。しかも、明日からのイベントで配る分と、

 各駅で配る分が一気に全部来るんだよ。今日!これから!」


「えっ? イベント分はクライアントが持ち込むって話じゃなかったですか?」


「向こうさんの都合なんて、説明しちゃあくれないよ!

 とにかく、もう発送されてんだってよ。ウチあてに!

 受け取らないといけないんだよ。100箱!」


「ひゃ、100ですか!? どこ置きます? 入り切りませんよ。」


「俺、これからレンタカー屋で、箱トラ借りてくるから、荷物届いたら、

 静香ちゃん、受け取っておいて。」


「受け取っておいてって、そんな簡単に言われても…

 どこに置けばいいんですか。」


「俺がトラック借りてくるまでの間だから、駐車場にでも降ろして貰え。

 じゃ、俺行ってくるから。」


郷田さんもパニックなんだね、さっさと行ってしまった。

残った私は、どうすれば…


配送の業者さんに、明日の会場まで届けてもらう?

いや、どのみち、今日、スタッフに配る分は必要だし…


「ちわー! 毎度、イスカンダル便でーす。

 いやぁー、今日は凄い量きましたよー。」


いつもの軽快な挨拶で、宅配業者のお兄さんがやってきてしまった。

はぁ、あのテンションはいつもどうやって上げてるんだろう。

今日は、あの陽気さが、なんかムカツク…


「深沢さん、いつもすみませんね。100箱来たんでしょう?」


「えぇ、おかげで今日は助手付きですよ。持ってきていいですか?」


「それなんですけど、裏の駐車場に降ろしてもらえますか?

 さすがにここまで運ぶの大変でしょう?」


「ホントですか!? いやぁ、助かります。覚悟してたんですけどね。」

 

配送業者の深沢さんと一緒に1階に降りる。

ウチの会社が入るビルはオフィスビルと呼ぶには小さいが、

雑居ビルと呼ぶには小ぎれいなところを、私は気に入っているが、

配送業者の深沢さんは、トラックを停める場所が無い為、不満らしい。


「山口、喜べ! 4階まで運ばなくて良いって、

 こちらの加藤さんが言ってくれたぞ。感謝しろよ。」


「マジッすか。ありあとざーす。」

このお兄さんはラーメン屋さんなのかな?


三人で、ビルの裏の会社が契約している駐車場へ、

「ここが、ウチの会社のスペースなので、ここへ全部降ろしてもらえますか?

 私、ちょっと日傘取ってきます。」


日頃から重い荷物を運び慣れている二人の作業は、とても早く、10分程度で、

100箱の段ボールの山と、汗の滝が出現した。


「じゃあ、加藤さん、5×5×4で、100箱、間違いないですね?」


「はい、確認しました。深沢さん、暑い中ごめんなさいね。はい、差し入れ。」

お茶とお水のペットボトルを渡す。


「いやぁーうれしいっすね。じゃあ、またよろしくお願いします。」

配送業者の二人は休憩もせずに去って行った。


そして私はというと、ひとり荷物の番をしながら、トラックを待つ。炎天下で。


「暑過ぎる… あの二人は倒れないで、よく、これ降ろしたな…」


約20分、日陰が無くなった…


郷田さんが出て行ってから、そろそろ、1時間は経つ。もう来るかな?

来たのは別の物だった。ぽつり。ぽつり。


「えぇぇぇー!! うそでしょぉぉぉ!」


周りの視線が集まって来るが、そんなことは構っていられない。

段ボールの中に水が滲み込んで、中身が台無しになったら、賠償問題だ!

とにかくビルの中へ運ばなきゃ!

段ボールの山に飛び付いて、運ぼうとするが、


「なんでこんなに重いのよぉぉ!」


一番上の箱を降ろすには、ずらしてから、一旦、肩に担がないと降ろせない。

肩にズシリと重みが乗る。こんなのをひょいひょい運んでたあの二人は、

バケモノなのかな。

やっとの思いで1個を運び終える。あと99回もこれやるの? 死んじゃう…

ふぅふぅ言いながら、2つ目の段ボールを抱えようとした時に、


「お姉さん、もしかして、それ全部運ぶの? ひとりで?」


振り向くと、背の高い制服姿の男子高校生が、驚いた顔で私を見ている。


「応援の熊みたいな男性が来るまではねっ、と。」

段ボールを抱え、歩き出す。


「手伝いますよ、お姉さん!」


あぁ、申し訳ないけれど、緊急事態だものね。


「ありがとう! すっごく助かる!」


高校生君は、それはもう、マンガに出てくるような顔で、ニコっと笑うと、

段ボールを山から切り出した。そしてなんと、2個まとめて持ち上げた。

さらに、高校生君は、走り出したのだ。

ビックリしたけど、重くて声も出ない。


すごい! 男の子って、あんなに力があるの!?


同じ物を持っているから、余計にわかる。

私はひとつ運ぶのにも、ヨタヨタしているというのに、

あの子は走ってる!2個持って!


感動してしまった。が、今はそれどころじゃない。私も急がなきゃ。

せめて戻る時くらい走ろう。

戻ってみると、高校生君は、3,4段目の箱を持ち上げている。


「お姉さん、上のは俺が先に運ぶから、その下の奴運んでね。」

仕切られてしまっている… 

仕方がないんだけど、年上の社会人としては、これでいいのだろうか。


「ありがとう!」

高校生君の方を向くと、もういない… はやい…

本当に凄い。


高校生君の力強さに圧倒されながら、数往復しているうちに、

雨が強くなってきた。


「もう少しくらい待ってくれてもいいじゃないのぉぉ!」


私が雨雲に文句を言っていると、


「すいませーん! どなたか助けてくれませんか! 濡れるとマズイんです!」


なんと、高校生君は、周囲の人に助けを求める大きな声を上げていた。

それは、私が言いたくて、言えない思い。『たすけてください。』

私達の姿を見た、2人の男性が駆け寄ってきてくれた。


「よし、手伝うぞ。どこへ運ぶんだ?」


「ありがとうございます! ついてきて下さい!」


私の頭と心の中は、もうグチャグチャだった。

高校生君の力強さと、助けを求める行動力と、素直さと、

手伝いに来てくれた人の優しさと、自分の非力さと、


そして、ありがたさで。


30分ほどかかって、すべての段ボールは運び終えることができた。

もう私の腕と足は、震えてしまっていて、立っているのも辛かった。


男性たちは、満足そうな笑顔で、お互いを称え合っている。

全員が、雨と汗でびしょ濡れなのに。

私はもう、泣きだしてしまっていた。


「皆さん、本当にありがとうごさいました。後日改めて、

 お礼をさせていただきたいので、連絡先を教えて頂けないでしょうか。」


最年長と思われる男性が、笑いながら、


「俺たちはいいよ。その栄誉は君の物だ。学生君。」


「そうそう、栄光は君に輝け。だ」


「それを言うなら、栄冠は君に輝くだろ。」

どうやら二人は知り合いらしい。


「いや、自分、ラグビー部なんで。」


「おぉ、じゃあ、まさにヒーローじゃないか!」


「と、いうわけで、あなたを助けたヒーローは彼です。彼氏、名前は?」


「杉山武蔵と言います。」

高校生君改め、杉山武蔵君は、照れながら名乗ってくれた。

そういえば、私も名乗ってなかったな。


「私は、加藤静香と申します。杉山武蔵君、本当にどうもありがとう。」


「お二人もありがとうごさいました。」


「One For All」

年長の男性が、武蔵君に笑いかける。


「All For One」

武蔵君は照れながら答える。なんでこの二人は通じ合ってるの?


「お二人とも、せめて傘を…」


「ここまで濡れたら変わりませんよ。戻れば着替えあるんで、いいですよ。」


「あ、じゃあ、せめて、これを、武蔵君、ごめん、これ開けてもらえる?」

段ボールを開けてもらい、ウチワを取り出す。


「こりゃあいいや、これで、涼しくなるな! どうもありがとう!」


ふたりは笑いながら、走って行った。


「じゃあ、俺も…」


「ダメ! 君は帰さない! お礼させてよね。」


雨女…

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― 新着の感想 ―
[良い点] 郷田さんに静香ちゃん、ですか。 人柄良くて能力高くて素直に助けを求められる出来すぎな少年も居ることですし。 はい。 何も言いますまい。 [気になる点] 本当に困ったとき、誰かに助けを…
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