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第2話『放課後ドウ場ロッケンロール』

 わずか八メートル四方の場で相対する二人がいた。五人の審判が周囲を固める中、空手道着を着込み、頭部保護のための練習用ヘッドガードをつけた両者の間には緊張が張り詰めている。

 青のヘッドガードをつけた選手が肩で息をしているのに対し、赤のヘッドガードをした選手──秋葉(あき)はただ静かに息をし、気を練り上げている。試合開始から既に制限時間の半分、一分が過ぎようとしているが試合の優劣は誰の目にも明らかであった。


 勝敗を目的とした組手試合だが、別に難しいルールがあるわけではない。ようは繰り出した技で相手よりも先にポイントを満たせば良いのだが、そうそう上手くいくものでもない。事実、これまで青の選手が繰り出した技は全て、秋葉によって綺麗に捌かれている。


「はあっ!!」


 ストレート負けはしない、せめて一撃だけでも。意気消沈するどころか、気概十分で床を蹴って一気に距離を詰めた青の選手は、駆けた勢いそのままに胴狙いの中段蹴りを放つ。

 まさに教科書通りに放たれた蹴りは気合いもスピードも十二分。必中のコースを辿っていた。いける! 確信が電撃的に全身を駆け抜ける。


 が、予想とは裏腹に空を切った蹴りは、放たれた勢いそのままに振り抜かれていた。見ると、中段蹴りの間合いの外に、青が蹴りのモーションを取った時点でその間合いとスピードを見て取ることで躱し切った秋葉の姿があった。

 足技は比較的読まれやすい技とはいえ、必中を期した技を躱された。それは相手に一挙手一投足が看破されていることと同義。


 技量の差をこれでもかと突きつけられた形だが、それでも怯まずに再度距離を詰めるや、突きを連続して繰り出す。鳩尾などの急所に当たらない限り、決め手には欠けるが、今は拳の一発でもまともに当てることが先決であり目標だ。


 鋭い連撃が襲いかかってくるにも関わらず、秋葉は静かに佇んだままで、飛んできた拳は命中する前に前腕の動きのみで払ってしまう。


「くっ……!」


 攻防は放っておけばいつまでも続きかねない様相を呈す両者の攻防だったが、その幕はあっさりと降ろされる事になる。

 息を詰めて連撃を繰り出していた青の選手の肺活量がついに耐えかねて呼吸を整えるために後退を図った、刹那。バックステップを踏んだ青に追従して、半歩前に出た秋葉が持ち前の脚の長さを利用し、奥足からの上段回し蹴りを放つ。

躱すか。腕でかばうか。意表を突く奥足からの蹴りに一秒にも満たないわずかな時間、だが思考が乱れた青の選手に蹴りを決めるには十分な隙となり──


「一本! そこまで!」


 主審の宣言が響くと、緊張の糸が切れて座り込んだ青の選手に周囲の審判や、試合を見守っていた人影が駆け寄っていく。


 人垣の中でゆっくりと上体を起こしている試合相手の様子を見、怪我はないと確認した秋葉はひとつ息を吐きながらヘッドギアを脱いだ。すると押し込めていた長い黒髪が無造作に広がり、思わず顔をしかめる。

 ヘッドギアを被る前に結っておいたのだが、どうもゴムが外れてしまったらしい。やっぱり髪は短く切った方が楽だろうか。


「穂積先輩! お疲れ様でした!」


 考えているうちに後輩が数人固まってタオルを持ってきてくれていた。

 彼女らは皆、四月に入ってきたばかりの新入生だが、どうやらたったの一ヶ月で懐かれたようだ。隠されないまま向けられる羨望の眼差しはどこかくすぐったいが、嫌われているわけではないのだから悪い気はしない。


「お! ありがと」


 受け取ったタオルで額に浮かんだ細かな汗を拭ってから、茜は試合相手──二瀬モモに歩み寄っていく。

 未だ座り込んでいる彼女を取り巻く部員も秋葉に気づくや、素早くモモの前を開けてくれた。退いた部員たちに礼を言っていると


「あ、穂積先輩!」


 と若干上ずったモモの声が上がる。


「ごめんね二瀬さん、力入り過ぎたかも……大丈夫だった?」


 秋葉の言に、あぐらをかくように座っていたモモは濡れた犬のように勢いよくかぶりを振るや「全っ然、大丈夫です!」と正座で姿勢を正した。


「悔しさはもちろんありますけど、実力差がある中でスパーをしてくださって感謝です!」

「そんな、大した実力差なんてないよ! 二瀬さんの攻めの姿勢は気迫が伝わってきてとっても良かったし、これからどんどん練習を積めば私なんかよりも強くなれるって!」

「いや、それは流石に……」

「ほんとほんと!」


 そもそも秋葉とモモとでは空手に浸かっている期間が違う。秋葉は幼稚園から中学二年の今まで続けているが、聞けばモモは小学五年の頃から現在の中学一年までだという。

 期間の差がこれだけあった上で、モモの繰り出す攻撃の中にはいくつかひやりとさせられるものがあった。荒削りな感が否めない節もあるが、これから経験を更に積むことを考えれば充分な実力といえる。


「さあさ! みんなも二人に負けないようにね! 今年も大会には出場するんだから!」


「じゃあ今日はこれまで、各自片づけとクールダウン忘れずにね」


 審判を務めていた三年の先輩と顧問が場を締めた所で、部活動終了時間の十分前を知らせるチャイムが鳴った。

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