第1話『昼休みのチャイムがなりました!』
とん、とん、とん、とん、とん。
高めに結んだサイドポニーを揺らしながら、細身の水筒を片手に軽やかに階段を降りていく。昼休みに降りていく姿は自分一人だけで、人の流れは下から上へと向かっている。半分は売店目当てで、もう半分は最近改装工事が終わって開放されたばかりの屋上目当てだろう。
他の学年の生徒も屋上に向かっているから、この子達の大半は教室に戻ってくることになるはずだ。
なんともなしに考えながら穂積秋葉は外履きに履き替えて、校舎をぐるりと半周する。
秋葉が通う中学校は校舎がコの字を左右反転させた形になっていて、校舎で囲まれた土地には小さな野菜園や綺麗に整備された花壇、東屋なんかも作られていて、さながら小さな公園といった雰囲気を醸し出していた。
建築材としての木材が綺麗な木目を見せて、手入れが行き届いていることがわかる東屋は秋葉のお気に入りのお弁当スポットだ。
先客が「お疲れさま。鬼頭先生の手伝い大変だったでしょ」と言って迎い入れる。
「ほんとだよー。回収した小テストのプリントを職員室に運ぶだけって言ってたのに、結局、資料室まで教材の片付け任されちゃって」
「お疲れの秋葉ちゃんはサンドイッチとおにぎり、どっちが良い?」
「ありがとう、毬名。うわ〜、どうしよっかなー」
購買で買ってきたものをビニール袋の口を開いてみせる、毬名と呼ばれたセミロングの少女は秋葉と同じ中学二年で、クラスメイトの友達だ。一年でも同じクラスだった二人は、友達になって以来、一緒にお昼を食べている。
二人の通う中学は私立で給食が出ないため普段はお弁当なのだが、月に月に数回は気分転換も兼ねて購買で買うことにしているのだ。
うーん、と一分と少しの間悩んだ末に秋葉はツナマヨおにぎりを選び、毬名はトマトサンドになった。
「いただきます」
毬名とは中学に入学してからの友人で、この春で丸一年の付き合いになる。時折歳似合わない落ち着いた雰囲気をみせる毬名と、しばしばクラスのムードメーカーになる秋葉は意外と言うべきか、不思議と馬が合った。
もうひとつ意外と言えば、お淑やかな毬名の特技はスポーツで、特に球技が得意な毬名はフットサルやらバレーやらの部活動に、助っ人として試合に参加することも間々ある。
「そういえば今度はバスケ部だっけ、助っ人」
問われた毬名は、サンドイッチの二切れ目を口に運ぶところで、「そうなの。メンバーに欠員が出るからって。次の土曜日に西中の女バスとね」と困ったような、照れ臭いような笑みを浮かべた。
「戦術とか立ち回りとかは当たり前だけど、やっぱりチームみんなの呼吸とかも確認しないといけないし。ここ二週間は、放課後バスケ部に入り浸っちゃって」
「わかってはいたけど大変なんだあ」
「私は飛び入り参加だからそうでもないよ。本当に大変なのは、私みたいな飛び入り参加を混ぜたチームをまとめるキャプテンさんだよ」
確かにねと相槌を打った秋葉だが、それでも毬名は凄いと思い返す。なにせ普段は美術部の身ながら、持ち前の運動能力の良さが体育の授業で露見すると、一年の内からじわじわと噂になって広がり、今となっては運動部のあちこちから助っ人を頼まれているのだ。
秋葉も女子空手部に入っているが、突然別の部活の助っ人を頼まれてもふたつ返事で請け負うことはないだろう。
友達贔屓をするつもりはないけれど、二週間でチームの雰囲気を掴んで他校との試合の場に出るのだから、他の部で助っ人を頼まれた経験があるとはいってもやっぱり大変なことだ。
「そんなこんなで、最近は一緒に帰れなくてごめんね」
感心していた秋葉を他所に、真剣な顔で拝む毬名を見て、思わず吹き出してしまった秋葉は、「え? なに?」と状況を理解していない様子の毬名を手で制す。
本当に、毬名はどこまで人を案じるのか。こちらが心配になるほど、底抜けに人が良い。
「毬名は気を配り過ぎなの。わたしならだいじょーぶだから。とゆーか、無理したらダメだよ。毬名に限ってそんなことはないだろうけど、本番前に身体壊しちゃいました、なんてことになったら元も子もないんだし」
「はい。教官どの!」
「うむ。分かればよろしい」
敬礼する毬名に、秋葉が尊大に頷いてみせる。少しの沈黙の後、互いに目を見合わせた二人が笑い声を上げたのは同時だった。
お腹がよじれるほどに込み上げてくる笑いはなかなか止まる事がなかった。長椅子に突っ伏して笑いの波が凪ぐのを待ってから、秋葉は「そうだ」と言って横になったまま、「今度の試合の時、お弁当作っていっていい?」と問いかける。
「お弁当! 嬉しい!」
キラキラさせた目で見つめ返してくる毬名に、なんだか気恥ずかしくなるのを頬をかいてごまかす。
「毬名のお母さんがお弁当作る予定だったらまた別の機会にしようと思うんだけど……」
「ううん。ちょうど、お父さんもお母さんも前日から仕事で出かけてるの。だから秋葉が作って来てくれるんなら、とっても嬉しい! でも秋葉は部活大丈夫なの?」
「部活は休みだからヘーキ。じゃあ頑張って作らなきゃ! リクエストはある?」
「んー、パッと思いつかないけどさっぱりしてるものがあると助かるかも? 動くし!」
「さっぱり系かー」
頭の中でレシピ帳をひっくり返して適当にいくつかリストアップ。身体を動かすからビタミンにミネラルが補給できるのが良いだろう。
とすると、豚肉が一番だけど唐揚げでは胃が重たくなってしまうから、肉巻きがちょうどいいかもしれない。お味噌汁か野菜スープがあれば水分補給をしながら、ビタミンとミネラルを補給できると聞いたこともあるから作っていくことにしよう。
さっそくアレコレ考え始めたが、昼休みの終わりを告げるチャイムが秋葉の思考を遮った。
「えー、もう終わりー?」
「残念。楽しい時間はあっという間だね」
「むう……じゃあ毬名、試合の前日までになにか一品でもリクエストしてね」
唇を尖らせた秋葉を見てクスクス笑いながら、「ん、分かった」と立ち上がる毬名に追従して、椅子から離れた秋葉は、ひとつ伸びをする。
「3限てなんだっけ」
「もう。おじいちゃん先生の古文でしょ」
「うへぇ、厳しー」
昼食直後に受けるにはやや重い難敵を思うと、今からまぶたが重いようだった。




