プロローグ
頭痛が酷い。心臓の拍動に合わせて押し寄せる痛みの波に耐えているのは、いつからだったか。攻防両面に長けた構えで相手と正対しながら、少女は張り詰めた思考の片隅で吐きそうになった弱音を呑む。
相対する怪人は山のような体躯と太い四肢でもって、鋭い徒手空拳を繰り出してくる。ただの一撃でビルの壁に破孔を穿ち、アスファルトの路面にクレーターを作り出す拳の威力は生半なものではない。
少女は左腕に盾を装備していたが、盾で正面から受ければ最後、攻撃に転じる隙を永久に失うばかりか、完全な持久戦となる。
そうなってしまえば、体力を大きく消耗した今の少女が、一条の勝機の光すら拝めなくなることは必至。結局は、拳撃の豪雨を紙一重で躱し続けながらカウンターの機会を待つしかなかった。
炎のカタチを取った魔力を全身に纏わせることで筋力増強をしているから、多少なりと防御性能も向上しているはずなのだが、それでも擦過する怪人による攻撃の痛みが『腕が吹き飛ぶほど』から『腕の骨が粉砕されるほど』に変わった、つまるところ焼け石に水程度でしかない。
そのくせこちらの攻撃は一切効いていない様子なのだから、少女の戦意は既にバキバキに折れていた。
(これ以上はダメだ! 一旦引いた方が──)
「ダメ、ここで引いたらダメだよ!」
(根性論でどうにかなる状況じゃない。ここは一旦引くんだ。仮に勝てたところで身体が壊れたら元も子もない!)
使い所がなく、デッドウェイトと化した盾──武具に姿を変えている少女の精霊が叱責を飛ばす。
パワーは向こうが上で敵の攻撃を一度でも受け止めれば致命傷になりかねない。拮抗していたスピードも、蓄積する疲労によって少女の動きは徐々に鈍化している。凄まじい威力と手数で圧倒されているなら、一発形勢逆転のカウンターを狙うしかないが、敵に攻撃が通じる可能性は現状無いと言っていいこの状況は、客観的に見ずとも最悪だと評し得る。
今の少女では勝てる確率はきっと一%にも満たない。勝てもしない戦いに飛び込むのは愚策。なら、なぜ? なぜわたしは立ち向かい続けるのだろう。
拳が醜く腫れている。腕や顔には擦過する拳撃で切り傷ができている。もう身体中が痛くて痛くてなんで痛いのかも分からない。こんなに痛い思いをしているんだ。もう、ここらで止めても良いのかもしれない。痛いのは嫌いだから……きっとここで諦めても誰も咎めはしない。そうだ止めてしまおう。逃げて、家族のところへ、友達のところへ……。
「──行けるわけ、ないッ!!」
危なかった。もう少しで諦めてしまいそうだった。内心で吹き出した冷や汗を、弱い自身への怒りで荒々しく拭い去る。今ここで私が引けば、私の世界は破壊されるのだ。私の家族がいて、大切な友達がいる世界。その世界をどうして捨てられる? 大切な人たちをどうして見捨てられる? 戦意は折れたが、潰えたわけではない。
「わたしが! 守るんだから!」
鬼気迫った気迫にたじろいだのか、怪人の乱撃にわずかな間が生じる。無論、その隙を逃す少女ではない。全身全霊の咆哮と共に拳を繰り出す。
全身に纏っていた炎を拳に集約させ、蒼炎へと変化した炎で包み込んだ。燃え盛る蒼炎を推進力に、拳はドンと加速。瞬間的に音速を超えて放たれた鉄槌が、形成されたマッハコーンすら追い抜く鋭さをもって怪人の肚を打ち据える。
直撃と同時に爆撃もかくやと思わせる衝撃波を周囲に押し広げた一撃は、不動とさえ思えた怪人をも吹き飛ばした。威力のほとんどは怪人に向けられており、周辺に広がった衝撃波は余波というより残り滓だったが、林立するビルの窓を枠ごと打ち破り、岩盤には致命的な地割れを生んだ。
しかし少女にとってこれは明らかな過剰出力だった。そして過剰出力を押して放った一撃の後、平気でいられるほど現実は甘くない。振り抜いた瞬間、腕の中で爆発じみた衝撃が起きる共に、右腕から肩甲骨の付近でぶちぶちと嫌な音がしていた。筋繊維が切れる音だったのか、神経が切れる音だったのか。
いずれにせよ。体内で爆竹が次々と破裂したと錯覚するほどの衝撃に、膝をつき仰臥した少女は絶叫していた。もはや原型を留めていない、粉砕された骨の白いカケラが腕の所々から飛び出している。
もはやゴムにすげ変わったような感覚すらない右腕を庇いながら、喉を壊すほどに叫び声を上げる。痛みで涙腺が緩んだのか涙が溢れて止まらない。
怪人が次に取るであろう行動、それに対応した少女の動き、そして自身の身体状況と魔力残量。そこから推測される限界活動時間。考えなきゃならないことはごまんとあるのに、痛みで散り散りになった思考はもう捕まえることすらままならない。
厚い粉塵のベール。その切れ目に怪人の影がやおら立ち上がる。少女の一撃で吹き飛ばされた脇腹からボタボタと血を流しながらも、その目には揺るぎない闘志と殺意があった。
「貴様、何なんだ」
誰何の声は掠れていたが、やけに明瞭で、少女の耳はその声をしっかりと聞き届けていた。無視することは簡単だった。けれど粉塵の向こうで仁王立ちする敵の姿を、歪んだ視界の中で見た少女は奥歯を噛みしめ、痛みを押して雄叫びと共に立ち上がり、応える。
「わたしは──」
2年ぶりの新作です…至らない点が多いと思いますが、読んで頂ければ幸いです!!




