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(8)

 先輩から目が離せずにいると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「きゃっ」

 驚いて振り返ると、兄が不思議そうに私を見ている。

「春香、なんでここにいるんだ?」

 肩を叩いた人物の正体が分かり、私はホッと胸を撫で下ろした。

「なんでって、お兄ちゃんがお弁当を忘れたからでしょ。わざわざ届けに来てあげたんだから、感謝してよね」

 私はバッグの中からお弁当の包みを取り出し、兄に差し出す。

「おお、そうか。ありがとな」

 受け取った兄はニカッと笑い、大きな手でバフバフと私の頭を叩く。

「ちょっとやめてよ!」

 バッグを持っていないほうの手で振り払うけれど、兄はそれをヒョイっと避けてはまた私の頭をバフバフと叩いてきた。

 そんなやり取りをしていたら、周りに人が集まってくる。

 皆、兄の友人なのか、男子ばかりが私たちを取り囲んだ。

 そのうちの一人が、兄に話しかける。

「おい、小橋。この可愛い子は誰だ?」

 すると兄は私の肩をグイッと抱き寄せ、またニカッと笑った。

「俺の妹だ。この学校の一年だぞ、めちゃくちゃ可愛いだろ」

 兄は私のことをよくからかってくるけれど、基本的には私に甘くて優しい。おまけに、けっこうシスコンだ。

 兄の言葉を聞いて、周りの人たちが「小橋と似てなくて可愛い!」と騒ぎ出す。

 自分より背が高い人に囲まれるのも、可愛い可愛いと連呼されるのにも慣れていないので、心臓はドキドキするし、顔だけじゃなくて耳まで熱くなる。

 どうしたらいいのか分からなくて、私は俯いてしまった。

 すると、そんな私を見て、また周りが「すげぇ可愛い!」と騒ぎ出す。

 

――可愛い人なら、あそこにいますよ。モデルにもなるくらい、ものすっごく可愛い人たちが。


 ジッと足元を見つめながら心の中で呟いていたら、「春香ちゃん」と名前を呼ばれた。

 反射的に顔を上げると、先輩が微笑みを浮かべてこちらにやってくるのが見える。

「お、おはよ……ごさい、ます……」

 ペコッと頭を下げたら、「おはよう」と優しい声であいさつが返ってきた。

「おっ、なんだ。安堂は小橋の妹を知っているのか?」

 周りにいる一人が先輩に尋ねると、先輩は形のいい目を細める。

「知ってるよ。何度も会って、話もしたことがあるし。ねぇ、春香ちゃん」

 同意を求められ、私は無言でコクコクと頷いた。

 そんな私を見て、またしても周りが「小動物みたいで可愛い!」と騒いでいる。


――私なんて、可愛くないよぉ。


 いたたまれなくてオドオドしていたら、先輩が私の横にスッと立った。

「春香ちゃんが驚いているから、静かにしたほうがいい」

 穏やかだけどはっきりとした口調に、皆が一斉に口をつぐんだ。

「ごめんね」

 そう言って、先輩が私の頭を撫でてくる。

「い、いえ、大丈夫です……」

 プルプルと首を横に振ったら、今度は小声で「やっぱり、可愛い!」と囁かれる。

 それはそれでいたたまれない。

 恥ずかしさで泣きそうになっていたら、ある一人が先輩に近付いてくる。

「安堂は宮永と前沢がいるんだから、小橋の妹は俺たちに譲れよ。可愛い子を独り占めしてズルいぞ」

 宮永さんと前沢さんというのは、さっき先輩と話していた読者モデルの美人さんたちのことだ。

 それにしても、『私は譲れ』というのは、冗談にしても恥ずかしい。

 これ以上ここにいたら、私の顔が火を噴いて溶けてしまいそうだ。

「お、お兄ちゃん、私、もう行くから! し、失礼します!」

 ペコっと頭を下げてから、私は小走りで自分の教室へと向かった。


 その日の放課後、先輩はいつも通りにやってきた。

 宮永さんか前沢さんのどちらかと出掛けたかと思っていたのに。

 マルと追いかけっこをしていた私は、先輩の登場に足を止める。

「春香ちゃん、朝振りだね」

 いつものように穏やかで爽やかな笑顔を浮かべ、先輩がこちらにやってきた。

 私は固まったまま、先輩を見上げている。

 そんな私の様子に、先輩が軽く首を傾げた。

「なに? 俺の顔がどうかした?」

「……えっ!? あ、あの、なんでもないです!」

 私は我に返り、プルプルと首を横に振った。

 先輩はクスッと笑うと、私の頭に右手を乗せる。

「そんなに首を振ったら、痛くなるよ」

「いえ、それは……、はい」

 なんだかよく分からない返事をしたら、先輩はプッと噴き出した。

「可愛いなぁ、春香ちゃんは」

 肩を小刻みに震わせて笑う先輩の顔は本当に楽しそうで、朝に見た寂しそうな笑みは微塵もなかった。


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