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(7)

 バッグを持って兄たちのところに戻ると、二人は仲良く話をしていた。

 上品で紳士な態度で接してくれる先輩と、賑やかなお調子者といった兄との組み合わせはすごく意外に思っていた。

 けれど、先輩の表情がリラックスしているように見えるから、本当に仲がいいのだろう。

 今も兄の右腕が先輩の肩に回され、顔を寄せてなにかおしゃべりしている。

 邪魔をしたら悪いと思って少し離れた場所で見守っていたら、先輩が私に気付いてくれた。

「春香ちゃん」

 兄よりもやや低くて柔らかい声で私の名前を呼ぶ。

 おまけに微笑み付きだから、妙に照れくさい。

 とりあえずペコッと頭を下げたら、兄が先輩の腕をバシバシと叩き始めた。

「いつの間に、春香を名前で呼ぶようになったんだ?」

 先輩は兄の手首を掴み、苦笑いしながら叩くのをやめさせる。

「二週間くらい前、裏庭で子猫と遊ぶ春香ちゃんと会ったんだよ。それ以来かな」

「ほぉ。二週間かそこらで、ずいぶんと親しげじゃねぇか」

「夏輝の妹を小橋さんって呼ぶのは、なんだかおかしいだろ。それくらい、許してくれてもいいと思うが」

「まぁ、下手に手を出していないみたいだから、許してやらないこともないけどな」

 私には分らない会話が、二人の間で繰り広げられる。

 首を傾げて見守っていたら、手首を解放された兄が私のほうへ歩いてきた。

「さてと、玉子を買いに行くぞ。じゃあな、龍也」

 兄が軽く手を上げ、先輩にあいさつをする。

 私は改めて先輩に頭を下げた。

「失礼します」

「春香ちゃん、またね」

 ニコッと笑って小さく手を振る先輩の姿は、さりげないのに、それがまたかっこいい。

 うっかり見惚れてしまいそうになるのを我慢して、兄と並んで歩き出した。




 駅までの道も、スーパーからの帰り道も、兄はあれこれとしゃべり続けていた。

 最近流行っているゲームやスイーツ、それに芸能情報やスポーツのことなど、次から次へとよく話題が出てくるものだと感心する。

 人と話すことがあまり得意ではない私からしたら、話し上手な兄のことが羨ましい。

 流行りにはそれほど敏感ではないから兄の話題についていけないものの、それでもちゃんと相槌を返す。分からなかったら、素直に質問もする。

 そんな私を兄は笑顔で見守ってくれていた。

 こんな風に賑やかな人だけど、私にはすごく優しい。

 困ったことがあったら、必ず誰よりも先に助けに来てくれる頼もしい兄なのだ。

「今、タピオカミルクティーって流行っているだろ? あれさ、男だと買いに行きにくいんだよなぁ。美味そうなものって、なんか女子向けって感じじゃね?」

「そうかもね。お店もおしゃれで可愛いし」

「そうそう、店構えが男にはおいそれと近付けない雰囲気でさ。……ところで春香、龍也のこと、どう思ってる?」

「……は?」

 不意打ちで訊かれ、私は唖然とした表情で兄を見た。

 兄はこれまでと同じようになんでもない顔をしているから、きっと深い意味なんてないのだろう。

 世間話と同じレベルで、私に尋ねてきたのかもしれない。

 自分の友達と妹が一緒にいるところを見たから、なんとなく訊いてみたといったところか。

 私は急いで気持ちを立て直し、なんでもない素振りで口を開く。

「すごく大人びているなって思うよ。話し方とか、仕草とか、落ち着いているよね。それなのに、子猫と一緒に遊び回っているのが、いい意味で驚いたかな」

 マルが飽きるまで、先輩は羽根が付いた紐を持って走っていた。

 その時の先輩は本当に楽しそうで、私はズッと目が離せなかったのである。

 先輩の笑顔を思い出してニヤけそうになったため、私は慌てて言葉を続けた。

「あとは、尊敬もしてる。先輩って三年生の中でも、成績がいいんでしょ。それなのに鼻に掛けたところもないし。私が言うのも生意気だけど、人間ができてるって感じだよね」

 当たり障りのない感想だけど、それ以上は言えない。

 兄だって、そこまで詳しく聞きたいなんて思っていないだろう。

 ところが、兄はさらに話を続けてきた。

「そうなのか? たとえばさ、いいか、たとえばの話だぞ。春香は龍也のこと、好きになったりしないのか?」

「……え?」

 まさかそんなことを訊いてくるとは、考えもしていなかった。

 私は少し驚いてしまったものの、思ったよりも取り乱さずに済んだ。

「だって、先輩はあんなにかっこいいんだよ。私みたいな平凡な子と釣り合わないから、恋愛対象に思えないっていうか。先輩のことは、猫好き仲間って感じかな」

 マルがいるからこそ、私と先輩は顔見知りになったのだ。

 先輩からしたら、それ以上でもそれ以下でもないだろう。


――うまく誤魔化せたかな?


 前を向いて歩きながらも、隣にいる兄に意識を向ける。

 兄は「そうか」と口にしただけでなにも言わなかったのだから、きっとうまくいったのだろう。

 私はコッソリと息を吐き、続いて兄が口にした話題に相槌を打った。

 



 翌日、私は登校してすぐに三年生の教室へと向かう。

 用事があっていつもより早く家を出た兄が、うっかりお弁当を忘れたのである。

 母がせっかく作ってくれたし、届けるのもそんなに大変なことではないので引き受けた。

 とはいえ、三年生のエリアに足を踏み入れたことがないので、ものすごくドキドキしている。

 当たり前だけど、廊下にいる生徒は三年生ばかり。

 私と二つしか変わらないのに、どの先輩も大人びて見える。


――落ち着かないなぁ、早く自分の教室に行きたい。


 早足で廊下を進み、兄がいるはずの教室を覗き込んだ。

 キョロキョロと兄の姿を探していたら、窓際にいる先輩の姿が目に入った。

 そして、先輩の前に女子が二人立っているのも目に入る。

 三人の雰囲気は、仲良くおしゃべりしているという感じではなかった。

 なんというか、グイグイ迫る女子二人に戸惑っている先輩といった構図である。

 気にしてはいけないと思いつつも、どうしたって視線が行ってしまう。

 私は兄にお弁当を届けに来たということを忘れ、三人の様子をコッソリ窺っていた。

 すると、ストレートの黒髪が腰の辺りまである女子が一歩前に出る。

「ねぇ、今日こそは、どっちか選んでよ」

 そこで、明るい栗色をしたショートカットの女子も負けじと前に出た。

「そうよ、いい加減はっきりして」

 先輩に詰め寄る二人は、読者モデルをしているという噂の人物だろう。確かに、二人とも綺麗でスタイルがいい。

 二人のどちらが先輩と並んでも、文句なしに絵になるはず。

 先輩は二人の顔を交互に眺め、静かに口を開く。

「どうして、君たちのどちらかを選ばないといけないのかな?」

 その言葉に、今度は二人揃って前に出た。

「そんなの、分かっているでしょ。私たち以外、この学校で安堂君に相応しい人がいないからよ」

「私たちの他に、安堂君と見た目が釣り合う人っている? 顔もスタイルも、バランスがいいじゃない」

「ごめん、俺はそういった理由じゃ選べないよ」

 早く選べと詰め寄る二人に対し、先輩は困ったように笑う。

 ううん。困っているのではなくて、寂しそうな笑い方だ。

 そんな表情を見て、なんだか私まで胸が苦しくなってきた。



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