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春を迎えるまで:1

先輩視点になります。お約束の展開ですが、よろしかったらお付き合いくださいませ。

 中学校に入るまで、俺は体の線が細く、顔立ちは母親に似ていた。

 まして純日本人ではないことが、受け入れてもらえない理由になっていたことは、早々に気付いていた。

 小学校に通っていた間は、男子からは『女男おんなおとこ』とからかわれ、女子からは貧弱で頼りないと思われていたのだ。


 ところが、成長期を迎えると、体格も顔立ちもぐんぐん男らしいものへと変わっていった。


 すると、状況がこれまでとは一転する。

 驚くほどに、好転したのだ。

 いや、俺自身としては好転とは思っていない。


 これまでクラスメイトから遠巻きにされていた俺が、いつも人に囲まれるようになっていた。

 ただ、見た目が成長期と共に変わっただけ。自分の中身は、なに一つ変わっていないのに。

 その変わった外見によって周囲の反応も変わったことに、言いようのない空しさを感じていた。

 おかげで、人間不信に陥った。

 見た目が変わっただけで、手の平を返したかのように笑顔で近寄ってくる彼らが、どうしても胡散臭く思えてしまう。

 高校に入るとさらに身長が伸びた上に大人びた顔立ちになったため、より一層人に囲まれることになる。

 毎日のように、女子から告白されていた。

 同じクラスの女子だけではなく、別のクラスの女子、そして学年が違う女子からも。

 告白は校内の女子だけにとどまらず、通学途中でもしょっちゅう声をかけられていた。


――俺のなにを知って、好きだと言ってくるんだ?


 同じクラスの女子ならともかく、ほとんど面識がない女子からの告白は、俺の人間不信を加速させていく。

 俺がどういう人間かも分からず、顔だけで好きになってくる女子に対して、嫌悪さえしていた。

 とはいえ、あからさまに感情をむき出しにするほど、俺は子供ではない。

 余計な波風を立てないよう、愛想笑いをするくらいはできる。

 そんな毎日を送っている中、笑ってしまうほどまっすぐな人物と親友になった。

それが、小橋夏輝だ。

 彼は見事なくらい裏表がない人間で、一緒にいて嫌な気分になることがない。

 一見すると雑な言動が多いが、実はさりげない気配りの天才だと思う。

 夏輝と馬鹿な話で盛り上がり、放課後は二人で遊びに行く。

 俺は彼といる時は、本気で笑っている。

 やっと、俺は人生が楽しいと感じることができるようになった。


 そんな彼は、事あるごとに自分の妹の話をしてくる。

「ウチの妹は、すげぇ可愛いんだぞ。素直で健気でさ。ちょっと憶病なところも、また可愛いんだよ」

 スマートフォンに撮りためている画像を俺に見せながら、夏輝はいかに妹が可愛いのかを熱弁していた。

「ほら、見ろよ。特に、この顔。ホント、春香は可愛いよなぁ」

 あまりに妹を自慢してくるので、俺は時々画像を見せてもらい、「ワンピースが似合ってるね」とか、「目が優しいね」などど、それとなく褒め言葉を返していた。

 夏輝が大切にしている妹とはいえ、俺の中では『友達の妹』という位置付けであり、どんなに夏輝がベタ褒めしても、それ以上の意味合いで見ることはなかったのだ。


 それが変わったのは、高校二年の秋のことだった。


 その日は母に頼まれ、夏樹の家の近所にあるケーキ屋でチーズケーキを買ってくることになっていた。

 なんでも、口コミで評判らしい。

 こっち方面に来るのは初めてのことなので、夏樹に案内してもらっている。

「それで、春香がさ……」

 相変わらず、夏樹の口から出る話題の七割は妹のことだ。

 俺は白々しいと思われない程度には、相槌と笑顔を返していた。


「この道をまっすぐ行って、一つ目の角を曲がったところにケーキ屋があるから」

 まもなく夏樹の家だというところで、彼がケーキ屋の場所を教えてくれた。

「ありがとう」

 お礼を言うと、夏輝がニカッと笑う。

「じゃあな、また学校で。……春香?」

 笑顔で手を振った彼が、ポツリと名前を呼んだ。

 彼が見ているほうへ視線を向けると、ある家の玄関先に一人の少女が座り込んでいる。

 夏輝は勢いよく走りだした。

 俺もなんとなく気になり、後をついていく。

「春香、どうした?」

 妹の前にしゃがみ込んだ夏樹は、ハッと息を呑む。

 彼女は、痩せた白い猫を抱っこしていた。

「お兄ちゃん、シロが……」

 真っ赤になった目からはボロボロと大粒の涙が溢れ、柔らかく丸みを帯びた頬を濡らしていく。

「わ、私が、学校から、帰ってきたら、横になっていたシロがちょっとだけ目を開けて……。それで、一回鳴いたら、また目を閉じて……。それから、もう、目を開けてくれないし、鳴いてもくれなくて……」

 ヒック、ヒックとしゃくり上げながら、彼女は泣き続ける。

「シロは、玄関で日向ぼっこをするのが、好きだったから……」

 彼女なりに、飼い猫の死と向き合おうとしているのが伝わってきた。

 俺の家にも何匹か猫がいて、死に別れた経験もある。

 だけど、俺はこんなにも飼い猫の死を悲しんだことがなかったかもしれない。

 そんなことを思いながら、彼女の膝の上で動かなくなった白猫に視線を落とす。

 その時、俺は猫の顔に釘付けとなった。


――こんなに優しい死に顔は、今までに見たことがないな。


 とても安らかで、口元は微笑んでいるかのようだ。

 その表情で息を引き取るほどに、この猫は彼女と幸せな時間を過ごしてきたのだろう。

 ここまで猫に信頼されるのなら、夏樹が言ったように、素直で健気な人柄なのかもしれない。 


――俺が慰めてあげたい。


 涙で頬を濡らして猫を抱き締める彼女に対して、そんな感情が突如として湧き上がった。

 俺の視線の先では、夏樹が彼女の頭を何度も何度も撫で、優しい声をかけて励ましている。

 その役目を俺に変わってほしいと、真剣に思う自分がいた。

 誰かに対して、特に異性に対して自分から関わりたいと思ったのは、彼女が初めてのことだ。


 優しくして、甘やかして、この腕で守ってあげたい。

 俺の名前を呼んで、俺を見つめて、俺に笑いかけて。 


――俺だけが、彼女の特別になりたい。


 これが、彼女に恋をした瞬間だった。


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