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 私にはどうすることもできないし、私が口を出したら余計にこじれそうな気がしたので、改めて三人に頭を下げて歩き出す。

「春香ちゃん、待って!」

 先輩が私を呼んだけれど、振り返って会釈をするだけにしておいた。

 トボトボと廊下を歩きながら、私はポツリと呟く。

「宮永さんも前沢さんも、すごく可愛かったなぁ」

 間近で見たら、その可愛さは話に聞いていた以上だ。

 それなのに、どうして先輩は二人のお誘いを断るのだろうか。

 ロングの黒髪が特徴的な宮永さんは、大人っぽい印象。

 ふんわり柔らかそうな茶色い髪の前沢さんは、キュートな印象。

 どちらも甲乙つけがたい魅力がある。

「……私も、あんな風に可愛い子に生まれたかったなぁ」

 ため息を零しつつ歩いているうちに、用務員室に到着した。

「失礼します、小橋です」

 声をかけると、中から沼田さんが扉を開けてくれる。

「おや、今日は一人かい?」

「はい、先輩は、その……、忙しいみたいで」

「まぁ、人気者は色々あるだろうしなぁ」

「そうですね」

 苦笑いを浮かべる私の手から、田沼さんがマルを抱き上げる。

 無事に任務を終えた私は頭を下げ、用務員室を後にした。

「先輩は、本当に人気者だよねぇ」

 宮永さんや前沢さんに限らず、先輩に想いを寄せる女子は多いだろう。

 この学校に入ってから、学年問わず告白されてきたと思う。

 それなのに、今の先輩には彼女がいないそうだ。なにかの話の流れで、兄が言っていた。

「もしかして、相当理想が高いのかな?」

 そうだとしても、納得できる。先輩はどこを取っても素敵な人だから。

 それなら、なおさら私の片想いは叶わない。

「やっぱり、早いうちに諦めたほうがいいってことかなぁ」

 自嘲気味に呟いた私は、自分の教室へと入っていった。


 バッグを持った私は、昇降口へと向かう。

 先輩たちの姿はそこになかったので、どこかで話をしているのかもしれない。

 もしくは、あの二人の内のどちらかを選んで、放課後デートをしているのかもしれない。

 高校生になったら、学校帰りにデートするのが憧れだった。

 二人で本屋に寄ったり、ドーナツやクレープを食べに行ったり、すごく楽しそうだ。

「いいなぁ、デート」

 校門を出たところで呟いたら、「じゃ、俺とデートしようか」と後ろから声をかけられる。

「え?」

 振り返ったら、先輩よりもちょっと背が高くて体格がいい男子が立っていた。

 今朝、兄の教室にお弁当を届けに行った時、私を取り囲んだ中にいた一人だ。

 その人はキョトンとする私に歩み寄り、にっこり笑う。

「俺のこと、分かる?」

「はい、兄と同じクラスの人ですよね」

 私が答えると、その人は笑みを深めた。

「そう、井上いのうえ篤史あつし。バスケ部のキャプテンをしてるよ」

 どうりで体の厚みがあって背が高い訳だと納得しながら、クラスの女子が口にしていた噂話を思い出す。

 この井上さんも、女子たちの間で人気があるそうだ。

 目つきが鋭いのでちょっと怖い感じがするけれど、笑ったらとたんに優しい印象に変わるとのこと。そのギャップがいいらしい。

 また、バスケ部のキャプテンを務めるくらいだから運動神経は抜群だし、周りからの信頼も厚い人だと言われている。

 たしかに、見た感じでは噂通りの印象を受けた。

 それにしても、どうして井上さんが私に声をかけてきたのかが不思議だ。

 首を傾げたら、「うわっ、可愛い」と彼が囁く。

 これだけ背が高い人から見たら、小柄な私はなにをしても可愛く見えるのだろう。

 曖昧な笑みを浮かべていると、井上さんがコホンと小さく咳払いをした。

「それで、俺とデートしてくれるの?」

「……へ?」

 言われたことが呑み込めなくて、私は間抜けな一言を発する。

「さっき、デートしたいって言ってたよね。だから、その相手に俺はどうかなって。今日は顧問の都合で部活がないから、時間はあるんだ」

「は、はぁ……」

 またしても、間抜けな声を発してしまった。

 さっぱり状況が理解できない。

 どうして、井上さんが私とデートをするのだろう。


――お兄ちゃんの友達だから、きっとノリってことかな。


 私の独り言を聞いて、それでそんなことを言ってきたのだ。

 ふざけることが好きな兄の友達なら、十分に考えられる理由である。

 とはいえ、私は制服デートができるなら、相手が誰でもいいという訳ではない。

 そこはちゃんと、『お付き合いしている彼氏』とデートがしたいのだ。

「美味しいソフトクリームのお店があるんだけど、そこってけっこう穴場で知ってる人が少ないんだ。一緒に行かない?」

 とても魅力的なお誘いだ。

 でも、ほんの少し顔を合わせただけの人と出掛けるなんて、人見知りの気がある私には無理だ。

「ご、ごめんなさい」

 申し訳ないと思うものの、こんな私と一緒に出掛けたら、間違いなく時間の無駄になるだろう。

 兄の友人と言うなら、明るく楽しく会話ができる女子がお似合いのはず。

 私が断りを入れると、井上さんがフッと息を吐いた。

「俺が嫌い?」

 問いかけられて、私は首を横に振る。

「いいえ。嫌いになるようなことは、今のところされていませんので。ただ、一緒に出掛けるのは、ちょっと……。私、人見知りなところがあるので……」

 兄の友人だし、相手は先輩なので、一応私なりに気を遣って言葉を返す。

 すると、井上さんがニコッと笑う。

「そっか、嫌われている訳じゃないならよかった。今日は急な誘いだったし、断られても仕方がないか」

 爽やかな笑顔で告げてきた言葉には嫌味が感じられず、私もホッと安堵の息を吐いた。

「ごめんね、呼び留めちゃって」

 フルリと首を横に振り、私はちょこっと笑って見せた。

 いきなりデートに誘われて驚いたけれど、噂通り、井上さんはいい人だと分かったから。

 そんな私を見て、井上さんが右手でガバッと自分の口を覆った。

「……可愛い、やっぱり可愛い」

 ボソボソと呟いているけれど、完全に口が覆われていないため、私にも聞こえてしまう。

「か、可愛くはないですよ……」

 照れくささを笑って誤魔化しながら答えたら、井上さんの顔が真っ赤に染まった。

「照れている姿が、また可愛い」

 再度可愛いと言われ、照れくささが増す。

 このままここにいたら、私の顔も真っ赤になってしまいそうなので、ペコッと頭を下げてパタパタとその場から走り去った。


 ある程度進んだところで走るのをやめ、息を整えるためにゆっくりと歩き始める。

「はぁ、ビックリした……」

 胸を撫で下ろした私は、苦笑まじりに呟いた。

 たとえ冗談でも私がデートに誘われるなんて、明日は槍でも降るのではないだろうか。

「あー、今日はビックリすることが多すぎたよ」

 驚きの大半は、先輩によるものだ。

 やっぱり、先輩の影響は良くも悪くも大きい。

 そう考えた時、昇降口での光景が脳裏に浮かび、胸の奥がチクンと痛んだ。


――叶わない片想いを忘れる魔法って、誰か使えないかなぁ。


 ありえないことを心の中で呟きながら、私は駅の改札をくぐった。


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