不朽紅葉とヤキイモ・ゲリラ
焚き火で焼いたヤキイモの旨さは格別だ。
寒風吹きすさぶ中、両手の中に幸せの塊があるような気持ちにさせてくれるヤキイモが、子供のころから大好きだった。
だが、私が今ヤキイモを焼く理由は別にある。
不朽紅葉。
英語では通称エバーレッドと呼ばれる、遺伝子改変モミジが自然環境で広がり始めたのは10年前のことだ。
このモミジの特徴は、その名の通り「朽ちない」こと。
通常モミジは秋に紅葉したあと落ち葉となり、落ち葉は微生物に分解されて腐葉土となる。
しかしこの「不朽紅葉」の葉は、微生物によって分解されない。鮮やかに色付いた後、プラスチックのように半永久的に環境に残存し続けるのだ。
手触りもほとんどプラスチックのようで、知らない人がこのモミジの葉を触れば、プラスチック製のイミテーションだと思うだろう。
このモミジが産み出された目的は、地球温暖化の抑止である。
植物は光合成を行うことで大気中の二酸化炭素を取り込んで成長する。植物内に取り込まれ固定された分だけ、空気中の二酸化炭素が減るのだ。そして二酸化炭素は温室効果ガスなので、空気中の二酸化炭素が減れば、地球温暖化対策になる。
しかし、植物内に固定された二酸化炭素は、その植物が燃えたり、分解されたりすると、再び大気中に放出されてしまう。例えばモミジの葉は二酸化炭素を取り込み大きくなるが、落ち葉となって微生物に分解されると、せっかく葉に固定された二酸化炭素が空気中に戻ってしまうのだ。
恒久的に大気中の二酸化炭素濃度を下げるためには、二酸化炭素を植物内に固定されたままにしなくてはならない。
そこで研究の末、二酸化炭素を固定したまま自然環境では分解されないモミジが産み出された。
研究室内での実験用だった「不朽紅葉」が自然環境に流出した経緯は定かではない。政治的、経済的な理由で失敗は隠蔽され、正当化された。
政府が「不朽紅葉」を強力に後押しした理由は、儲かるからである。
深刻化する地球温暖化対策として、近年では国家間における温室効果ガスの排出量取引で莫大な金額が動くようになっていた。この「不朽紅葉」によって削減した排出量を諸外国に売ることで、日本は国家予算の30%を賄うまでになっている。
つまり、温室効果ガス排出量削減の優等生である日本は、排出量の多い国々から徴収した「罰金」によって生活しているのだ。
排出量取引によって崖っぷちの国家財政が延命した一方で、地方では「不朽紅葉」が人々の生活を侵食しつつあった。「不朽紅葉」が繁殖した地方では、処理しきれず降り積もったモミジが道路を寸断し、街を分断していたのだ。
旺盛な生命力によって山を埋め尽くした不朽紅葉が街中まで繁殖していく。赤く染まった落ち葉が年中降り注ぎ、しかもその落ち葉はなくならず堆積していく一方。堆積するほどこの樹木の背丈は伸びていくため、落ち葉の「地層」が高さ10メートルを超えるようになった。
当然、住民たちはまともに生活できない。
しかし「不朽紅葉」が広まった地域には、国が「モミジ交付金」をばら撒いたため、自治体による抗議は尻すぼみとなった。
残念ながら、不朽紅葉によって失われた土地が生み出していた富よりも、排出量取引で手に入れる富の方が大きいのは事実だ。経済合理性に則れば、この「不朽紅葉」は間違っていない。国全体として考えたとき、より儲かるのは「不朽紅葉」に頼って温室効果ガスを削減し、排出量を売ることだ。
だが、いくら金を稼いだって、国土を居住不可能にしては本末転倒ではないか。
長時間労働で残業代を稼いでおきながら、身体を壊したり家族に負担をかけて家庭崩壊するようなものではないか。
このままでは列島は紅葉の絨毯で埋め尽くされてしまう。
赤一色で染まっていく故郷の町を眼前にして、私は戦う決意をした。
戦うと言っても、私には権力も財力もない。軍事力だってあるわけがない。
そこで私はヤキイモを焼くことにした。
「不朽紅葉」は自然に分解されることはないものの、火を着ければ普通の落ち葉と同じく燃える。当然燃えれば二酸化炭素が放出されるため、「不朽紅葉」を焼くことは法律で禁じられている。
禁じられているが、いや禁じられているからこそ、効果があるのだ。
私は「不朽紅葉」を集め、焚き火をし、ヤキイモを焼いて食べる一部始終を撮影し、動画サイトにアップした。
動画のタイトルは「ヤキイモ・チャレンジ」だ。
日本政府の「不朽紅葉」政策に批判的な諸外国において動画はヒットし、再生数が伸びた。
私は「不朽紅葉」が侵食した地域を飛び回り、各地で「ヤキイモ・チャレンジ」を行い、そのことごとくを動画にした。
賛同する仲間も増えて動画投稿をし続けていたある日、警察に見つかって追跡される事態となった。
私たちはスノーモービルを改良して、堆積したモミジの葉の上を高速で移動できるようにしていた。そのスノーモービルならぬモミジモービルで逃走する最中も撮影していた動画は、投稿と同時にスマッシュヒットとなり、私たちは「ヤキイモ・ゲリラ」と呼ばれるようになった。
「ヤキイモ・ゲリラ」に賛同する人々が落ち葉で焚き火をしてヤキイモを焼くのが一大ブームとなり、「ヤキイモ・チャレンジ」「ヤキイモ・ゲリラ」が世界的にトレンドワードとなった。
私たちの戦いは今も続いている。
「ヤキイモ・チャレンジ」などしょせんパフォーマンスであり、直接的に「不朽紅葉」政策を止められないのは承知している。
それでもいつか、私たちの訴えが良識ある多くの人々に届くと信じている。
そのいつかが来る日まで、「ヤキイモ・ゲリラ」は落ち葉で焚き火を熾し、ヤキイモを焼き続ける。




