俺は魔王だけどこの展開はどう考えてもおかしい
この世界はふたつに分かれている。
豊かな大地に太陽が輝くヒトが統べる光の世界、荒れた大地にどこまでも続く闇が広がる魔王が統べる闇の世界。
光は闇を拒絶し、闇は光を憎む。相反するこのふたつは長きに渡り争い続けていた。
闇は光の世界を襲い、光は闇の世界に侵攻しようとしている。
闇の魔族の脅威を守るべく勇者は魔王を倒す旅に出たのだ。
***
「えっ!?もうちょっとで勇者来ちゃうの!?」
魔王城の最奥。豪華な玉座の前で俺は叫んだ。
金や宝石の装飾が施された黒の服に黒一色のマントが恐ろしく似合わない黒髪金目のごく平凡な顔つきの男、それが俺だ。
その隣には黒曜石のような艶のある深い闇色の髪に赤い目の人形のように美しい側近の青年が控えている。俺達が並ぶと月とスッポン、揚羽蝶とミジンコ、黄金と石ころだ。言いたくはないがもちろん俺が石ころである。
「落ち着いてください、魔王様。ちんくしゃなお顔がさらに酷いことになっていますよ」
「何さらっと俺をディスってんだよ、俺魔王ぞ?魔族の長ぞ?」
そう言って詰め寄れば、なら魔王らしくしなさいよ、と側近にデコピンされた。
その勢いで俺は凄い勢いで後ろに吹っ飛んで壁にめり込む程に激突した。
めちゃくちゃ痛い。デコに穴開いたかもしれない。
地面にべしゃっと崩れ落ち、ウゴゴっと痛みに悶えていると何事もなかったように側近が話を続ける。
お前の上司なのだからもう少し労ってほしい。
「そんなことより、勇者はもう人食いの森を越えて最後の荒野まで来ています。今回の勇者は歴代の勇者に比べてとても優秀そうですね。中ボスたちをちぎっては投げちぎっては投げですよ」
側近は遠見の玉でその様子を見ているようだ。感心したように、ハッハッハッと笑ってた。その表情はどこか諦めが見えている。
諦めたらそこで終わりですよ。俺達の命が。
最後に勇者がやってきたのは俺の父が魔王をやっていた500年前だ。
父が100年刻みで律儀にやってくる勇者達を見事なジャイアントスイングで投げ飛ばしていたのを幼かった俺は今でも覚えている。
一瞬で勇者は空高く飛ばされ、星になった。
強かった父。その父も50年前に餅を喉に詰まらせて亡くなり、魔力も微か、物理的な力も人間並、突出した能力も歴代魔王のような美貌もない俺が急遽魔王を就任するはめになって、今までは優秀な側近が手となり足となり働いてくれ何とかなっていたが今回はもう駄目らしい。勇者マジ強すぎらしい。
「どどどどうするんだよ!!このままじゃ俺達滅ぼされちゃうぞ!?」
「そんなこと言われましてもね。勇者、私より強いですし」
「駄目じゃん!お前より強いっつったら俺粉微塵じゃん!謝る!?土下座とかする!?それで許して帰ってくれないかな!?」
「魔王ともあるお方が何を情けない事を…。こんなこともあろうかと秘策を用意してあるのですよ。私はただ貴方と毎日釣りをして魔界昆虫採集して遊んでるだけじゃないんですよ。勇者やそのパーティーをこの素晴らしい頭脳でリサーチしていたのです」
「結構遊びを満喫してるじゃないか。まあ、とにかく秘策!!さすが側近!それはどんな呪文だ!?」
「ええ魔王様、まずはこれをお召しになってください」
そう言って渡されたのは珍しく黒くない服だった。
広げてみると、まずは白の襟つきシャツ。サスペンダーの付いた赤いプリーツスカートに白いハイソックス。黄色いつばのある帽子に赤いストラップの付いた靴。
ご丁寧に《1ねん2くみ まおう》と書かれたチューリップ型の名札もついている。
「…側近、俺知ってるぞ。これ、ヒト族の幼女の服だよな」
「何を言いますか魔王様。これは対勇者魔王専用強化スーツ、その名も【闇に染まりし深淵の鎧】でございます」
「なんかやたら格好良さげな名前ついてるけどこれ幼女服だよな!?闇にも染まってないよな!?嫌だからな!!こんなの着るの!!お前が着ろ!!」
「ええい!ゴチャゴチャ言わずにさっさと着なさい!!」
「ギャアーーーッッ!!」
非力な俺は抵抗むなしく容赦なくマントを剥がされ、服をひん剥かれ、パンツ一丁にされた。
そして手早く脛毛を剃られ、どこから出したのか赤いボンボンのついた髪ゴムで髪をおさげにされ、テキパキと服を着させられる。
そしてまたどこから出してきたのか全面鏡で自分の姿を確認させられるとそこにいたのはまごうことなき幼女の服を着た変態であった。
「あとは勇者が来たら私がカンペを出します。一言一句違わずにそれを勇者に向かって唱えるのです。
そうすればとりあえずは勝てます」
「えええ…勇者この部屋来た瞬間に多分俺確実に粉微塵にされるパターンだってコレ…」
どう見ても変態だし…とぶちぶち言う俺に側近は「さっさと玉座に座る!」と蹴り、渋々玉座に座ると勇者が来るのを待つしかなかった。
「魔王様、勇者が来ます!!」
側近がそう言うやいなや、大きく重厚な魔王の間の扉が凄い勢いで開かれた。
そしてその向こうから現れた勇者とおぼしき金髪碧眼の美しい青年、そして筋骨隆々の戦士の男。女二人は魔法使いと僧侶だろうか、がぞろぞろ入ってきた。
いずれも全員タイプは違えど美形揃いである。俺は一人、顔面格差社会を痛感し、絶望した。
「よく来たな愚かな勇者共よ、この魔王城にたった4人とは余程命が惜しくないようだな」
世界共通顔面格差社会に落ち込んでいる間にも側近が隣で勇者一行に向かってそう叫んでいた。
それって魔王の台詞じゃないの!?
慌てて側近を見ると、やはりどこから出してきたのかカンペのスケッチブックをこちらに向けて、さあ読めとばかりにバンバン叩いている。
「えっ…えっと…?ハワワ、オニイチャンタチダァレ?」
呪文じゃなかった!これ呪文じゃない!!
萌えアニメの幼女の台詞だよな!?
側近を見るとまた新しい文字が書かれている。
「フェェ、コワイヨウ」
いやいや、怖いのは勇者達だろう。
魔王城に攻め入ってそこにいたのは勇者じゃなくて変態で、しかもよくわからんことを唱えているのだ。
何故に俺は幼女の格好でこんな台詞を勇者に向かって叫ばなければならんのだ。
世界を賭けた勇者との死闘だぞ。
恐る恐る勇者たちを見れば全員ポカンっと口をあんぐりと開けて呆然としていた。
やっぱりこれは土下座パターンだろうか。それで許してくれるだろうか。
俺は玉座から腰を上げ、約束されし勝利の土下座体勢に入ろうとしたその時、まだ呆然としている仲間からひとり、勇者が先に硬直から戻るとツカツカとこちらに向かってきた。
これは殺られる。確実に殺られる。
勇者をすぐ目の前にして俺は死を覚悟して目を瞑った。
「名も名乗らぬ無礼をお許しください」
ものすごく良い声が耳元をくすぐる。
そして目の前に組まれた両手をぎゅっと握られる感触。
驚いて目を開けると目の前に勇者がいた。
しかもあろうことか片膝をつき、ぎゅっと手を握り、熱っぽい目で俺を見上げていた。
「私は光の世界の27代目勇者、アーサーと申します。それにしてもこのようなか弱く愛らしい方が魔王とは…」
うん、コイツ頭おかしい。
握った俺の手の甲を筋に沿って指でなぞりながらこの勇者サマは頭のおかしい戯れ言をほざいてらっしゃる。
助けを求めて側近を見ると、側近は盛大にガッツポーズをしていた。
そしてまたカンペをこっちに向けてきた。
上等だ、とことんやってやろうじゃないか。
この時既に自棄糞半分、俺の頭もおかしくなっていたようだ。
「オニイチャン、マオウノコトイジメルノ?」
「苛めるなど!!勇者の名にかけても貴方に危害をくわえることはいたしません!」
「オニイチャンヤサシイー。マオウ、ヤサシイヒトダイスキー」
「なっ…初対面でプロポーズだなんて…魔王殿は大胆なのですね!私も未来永劫この命が尽きようと貴方を愛すと誓いましょう!こうしてはいられない、お前たち、光の世界に戻って祝言の準備をするぞ!」
「ワ…ワーイ…マオウウレシー…」
「一時も離れたくはありませんが…祝言の準備が出来たらすぐに貴方を迎えに参ります!丘の上に赤い屋根の一軒家、庭には白い犬!子供は3人です!!」
そう言うと勇者達はまた凄い勢いで魔王城から出ていってしまった。
「やりましたね魔王様、貴方様のお力で勇者共を追い返しましたよ!」
「よくねーよ!!いつの間にか勇者と結婚することになってるじゃねーか!!」
「戦いには多少の問題も付き物です」
「問題だらけだよ!!」
この3日後に逃げる俺を白いタキシードを着た勇者はプリンセスホールドで颯爽と捕まえ、気付けば教会の神父の前で永遠の愛を誓わされていた。
側近はハンカチを手に「ご立派になって…」とおいおい泣いていた。
勇者と魔王の最終決戦だったはずがどうしてこうなった。
蛇足だが連れていかれた新居は魔王城の近くの荒野の丘の上にいつの間にか建っていて庭に犬がいた。