マルティン・ルター
随分、彼の話も止めてしまっている。
基本は、この話の設定は単純だった。
次話の失敗で急遽作った話だから、軽いものにした。
基本、憑依された剛を通して、500年前の時代と繋がり、マルティン・ルターの話の生涯を見て行き、彼の生涯が終わる頃に憑依が解ける…と、まあ、迷う話ではないのだ。
ルターは、何度か書いてるが、急な雷に打たれ、助けてくれたら聖職者になると誓いをたて、そして、その通りに行動したり、悪魔に生涯付きまとわれたりと、ノストラダムスよりなんだか、オカルト風味のする人物だったりする。
まあ、この悪魔を奈美にやってもらいながら、彼の一生を体験する不思議な話で終わるはずだった。
時は丁度、500年前。ルターが腐敗したカソリックにもの申した事から始まるのだから、それらしい話をつけるだけで格好もつくはずだ…
が、彼の作ったドイツ語の聖書がドイツ語に影響を与えた…なんて聞いてしまうと、どんなに素敵な言葉なのか、ドイツ語を調べてみたくなったり、
讃美歌を作ったと聞いたら、どんな曲かを知りたくなったりで、混乱したのだ。
だって、ルター、なんだか恐ろしい人のような印象しかない。
歴史の教科書の肖像画は、薄く真一文字に閉じられた唇と、なんだか冷たそうな瞳の固そうな男なんだから。
しかし、この人、結婚はするわ、教会にたてつくわ、讃美歌をつくるわの、なんとも自由人な気がした。
この辺りで、私は、瞳に星の輝くような柔らかい印象の青年ルターを頭に作り上げていた。
私にとって、ルターは、宗教の偉い人ではなく、母国語を愛した作家のイメージがつよくなっていた。
母国語の編成をしたなら、きっと、ドイツや北欧のおとぎ話や昔話にも耳を傾けていただろうし、そのイメージで甘く作り出していたのだ。
が、疑問がわくのは、免罪符の話を作ったあたりからだ。
私は、免罪符とは、金持ちから金を搾り取る、ろくでもないシステムで、拝金主義の汚いものだと昔も聞いたし、そう思っていた。
がっ、これをノストラダムスの話が邪魔をしたのだ。
この話は12月に書いていたので、クリスマスのエピソードを考えていた。
で、華々しいパーティ会場で、ノストラダムスの父親が、大金はたいて買い求めた免罪符を高らかに見せつける場面を思い浮かべて、考えを変えたのだ。
そう、ノストラダムス家、爺さんの時代にすっかりキリスト教に改宗している。
90年代、いろんな予言本で語られたような、カバラやら、医術の話も眉唾ではないかと、wikipediaは語っていて、私は、そのせいで現在も混乱のただ中にいるわけだ。
こうなると、なんだか、踊らされた自分も、経歴を盛られたノストラダムス家の人々も可愛そうになってきた。
そして、良くも悪くもユダヤ人だった事実は、500年の月日を経てもなお、彼らにとりつくのかと考えると、改宗したユダヤ人の生活も大変だと思い始めた。
で、考えたのだ。
免罪符って、ある意味、本当に来世を…子供たちを守るために、必要だった人たちもいたのではないか?と。
テンプル騎士団を調べたときも、金の無くなったフランス王は、はじめに裕福なユダヤ人からお金を絞り上げている。
世の中に不満が溜まり始めると、ピンチに陥るそんな人たちからしたら、民衆に分かりやすく、不満を向けられないようなパフォーマンスとして、免罪符は有効だったのではないか?
と、この仮説にとらわれると、今度は腐敗一辺倒で叫んでいるルターを全面的に支持できなくなり、頭が混乱したのだ。
多分、北欧ヨーロッパと、南欧ヨーロッパでは、事情が違う気がする。
こうして、後回しにするうちに…エタり街道をまっしぐらに進んでいるわけだ。
しかし、1518年、今からちょうど500年前に、ルターは、真っ直ぐに闘っている。
はじめに書いた「95カ条の論題」は、ラテン語で
仲間内へのルターの意見でしかなかったものを、ドイツ語に訳して、市民がルターを支持したんだそうだ。
その時のルターの気持ちを考えると、なんだか、感動してしまうのだ。
だって、ローマ教皇と、自分の所属するカソリックに反旗を翻したのだ。
キリスト教と聞くと、なんだか優しげに聞こえるが、ひと度異端やら、異教徒のレッテルが貼られたら、容赦ない。
それは、魔女狩りひとつ見ても…ゾッとする。
ルターは、そんな心細い気持ちの中で、ワザワザ自分の意見書を訳してまで知りたいと願い、そして、支持してくれる人間を間近に見て、心が震えたに違いない。
多分。
だから、きっと彼の作り出した聖書には、母国を思う気持ちがつまっているんだと想像した。
読んでみたいとも考えた。
がっ。
私にそんなものを処理できるCPUは搭載されてないし、メモリーもない。
ほんと、いっぱいいっぱいだ。
ついでに、題名の予言の書を何とかしなければいけない。
多分、来年も続けている気がする…
ので、とりあえず、500年前のこの年が終わらないうちに、彼について書いてみた。
まあ、1521年に破門されて騎士ゲオルグとして一年過ごしているらしいが、それまでにはなんとかなるかなぁ…。
なかなか、彼は面白い人物だ。
世界史の教科書は薄くなるけれど、機会があれば、調べてみるのも良いと思う。
私も、騎士として放浪する彼をいつか書いてみたい。
そして、ドイツ語の挨拶くらい書いてみたいものだ。




