第8話 昔の記憶
今話はユーマの村での日常生活の一コマを回想シーンで盛り込みました。
このエピソードは少し後の章で繋がっていくことになります。
第一章で張った伏線は今後少しずつ回収されていく予定です。
俺にはマーレイという名の幼馴染みがいた。栗色の長い髪の可愛い女の子。将来は村で一番の美人になるだろうと皆が噂をしていたほどの、俺には勿体ないぐらいの女の子だった。
「ユーマは学校を出た後の進路は決まったの?」
教会に隣接された村の集会場からの帰り道、マーレイが突然そんなことを訊いてきた。村の子ども達は14歳になるまで集会場に集められ、様々な知識を学び合う。その後は村に残って家業を継ぐか、街へ出てハイスクールに通うか。
幼い頃には冒険者になるか動物学者になるかを迷っていた。所詮は農民の子は農民に。それが村での常識なのに。
「私はハイスクールに通うの!」
「えっ……!?」
突然の話だった。俺はマーレイも村に残って家業の薬屋を継ぐものだと思い込んでいた。
「ハイスクールって、どこの? そこで何を学ぶんだ? 実家の薬屋はどうするんだ? もちろん卒業したら村へ戻ってくるんだろう?」
俺は矢継ぎ早に訊いた。マーレイは一瞬眉根を寄せて困ったような表情になるが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「王都高校よ。ほら、春にジロスさんに招待されてユーマの家族と一緒に王都へ遊びに行ったでしょう? その時に色々とお話を聞いているうちに一緒に住まないかと誘われて――」
俺の心臓がどくんと締め付けられた。
ジロスは5歳上の俺の兄。王都高校を主席で卒業して大学にはトップ合格したエリートだ。そんな兄が今年の春、マーレイの家族と俺を王都の家に招待した。まるで俺はその付き添いみたいな感じだったので不思議に思っていたのだけれど……
「マーレイは……ジロスが好きなのか?」
「――えっ!?」
マーレイは立ち止まる。
俺は彼女の肩に手を乗せて、問いただす。
マーレイの顔に夕陽の赤が差し込み、柔らかな風が栗色の前髪を揺らした。
「私は――――」
――――
――
―
目をゆっくりと開けると、長い髪の女の子が俺をのぞき込んでいた。
それは幼馴染みのマーレイ。
俺は随分長い夢を見ていたようだ。
俺は彼女の首に手を回し、そっと抱き寄せる。
「大好きだよ……もうどこにも行かないで……」
頬と頬が触れ合い、互いの体温を交換し合うこの時間が何よりも愛おしい。
もう夢のことは忘れよう。
18歳になったらプロポーズをして、家業を手伝うんだ。
何なら、農作業の傍ら、薬屋の手伝いをするのも良い。
ああ、マーレイの髪の毛はさらさらしていて気持ちが良いな。
銀色の髪がまた……
銀色の……
あれ……?
魔王の娘アリシアの言葉にならない罵声が浴びせられ、俺の体は何度も何度も蹴られ、宙に浮いた。
俺らを取り囲むように兵士や獣耳メイドたちが遠巻きに見ている。メイドたちは何か汚らしいものでも見るような視線を俺に浴びせてくる
「キサマ、アリシアお嬢様に手を出すとは良い度胸だな。剣を取れ!」
執事服を着た、アゴが突き出た魔人が刃を向けてそう言った。