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第55話 帰還(最終話)


「ユーマ……」


 タロス兄貴がローブのフードを後ろへ外しながら近づいてくる。

 緑色の髪に少し尖った耳。

 俺とは違って母さんから受け継いだハーフエルフとしての特徴。

 

 カルバスが剣を構える。

 しかし兄貴はそれを無視するように無表情のまま、


「お前らを襲った者たちは魔導士部隊の斥候隊、言わば傭兵部隊のようなものだ。本来はおまえたちをこの村に押しとどめるのが任務だったのだが、手柄を早まるあまり村の者たちにも迷惑をかけてしまったようだ」


 斥候隊の生き残りは、呆然と立ち尽くしている。その向こう側にいる村人たちは身を寄せ合って、未だに去らぬ恐怖にうちひしがれている。

 

「いやな予感がしたので、俺だけ先に村に到着して正解だったな。何とか間に合ったようだ」

「間に合ってなんかない。家が……木っ端みじんに飛び散ったよ!」

「えっ!? 母さんはどうなった? 無事なんだろうな!」


 兄貴が焦りの表情を見せた。

 そうか、兄貴は母さんがエルフであることを知らないんだ。


「兄貴によろしくって言っていたよ」


 俺は母さんとの約束を守った。 


「よかった、無事なんだな!」

「母さんは兄貴が思っているよりもずっと強い人だよ」

「確かに……おまえとジロスの兄弟げんかを母さんが指先一本で止めたのは今でも時々思い出すよ。フッ……」


 昔の記憶を懐かしんでか兄貴の口元がその一瞬だけは緩んだ。

 そして、俺達に背中を向けた。


「夜明けと共に本隊が到着する。撤退するなら今のうちだな……」


 兄貴は独り言のように呟き、斥候隊と村人の元に歩き出す。


「なぜそれを……?」


「村の皆を助けてくれた礼だ。それに……」


 兄貴は立ち止まり、振り向きざまに――

 

「あんな熱烈なラブシーンを目の前で見せられたら何も言えなくなるだろ!」


「はっ!?」


 俺の声と同時にアリシアが吹き出した。

 カリンとフォクスは睨んできた。


「たが……次に合ったときは殺す。おまえが魔族にいる限り……」


「俺は魔族の救世主になったんだ。どんなことがあっても魔族を守りきって見せる。相手が兄貴であっても容赦はしない!」


「フッ、口だけは達者になったな……」


 俺は兄貴の背中を見ながら決意する。

 絶対に強くなって、兄貴を見返してやると。


 教会の建物は骨組みがわずかに残り、その向こうに広がる空が少しずつ紅を差し始めている。


「城へ帰ろう!」


 俺が呼びかけると、仲間たちが頷いた。




 *****



「お父様はその時からお母様を好きになったんですね!」


 サラが群青色の瞳を輝かせて俺の顔をのぞき込んできた。

 魔人の血を半分受け継いだ娘は今年で6歳。

 人間でいうところの思春期の入口にさしかかっている。

 母親譲りの銀色の髪が肩まで伸び、もうすっかりお姉さんだな。


「うーん……どうだろうか。父さんと母さんは城に戻ってからも、いろいろあったからなぁ……その時から好き……だっかのかな?」


「10年経っても相変わらず優柔不断なのですね、旦那様は――」


 フォクスがため息混じりに言った。

 メイド長になってから、彼女は時々俺に冷たく当たるようになってきたが……どうしてだろうか。


 俺の部屋にぞろぞろと獣耳メイドが入ってきて、着替えの準備を始めた。

 

 今日は歴史的な一日になるだろう。

 魔族代表のアリシアと新国王が調印式に顔を合わせる。

 平和条約を結ぶために。


「サラ、母さんの様子は見てきたのか?」


「はい、今日もお綺麗でした。優柔不断なお父様には勿体ないのです!」

 

 俺が曖昧な返事をしたからか、サラのご機嫌が斜めになってしまったようだ。

 それにしても、最近のサラの言動がフォクスに似てきたのは気のせいだろうか。

 俺の知らないところでフォクスにいろいろと吹聴されていなければいいが。


 ドアの向こう側がやけに騒がしい。

 何者かがどたどたと走ってくる。

 そしてバーンと勢いよく扉が開いて、


「サラ、ここにいたのね。あなたアタシの部屋からペンダントを持ち出さなかった!?」


 血相を変えてアリシアが部屋に部屋に入ってきた。

 獣耳メイドたちは一斉に頭を下げる。

 サラは群青色の瞳を小刻みに揺らしている。

 そして、はっと思い出したようにドレスのポケットから何かを取り出し、


「これでしょうか? テーブルに置いてあったのでメイドの誰かの物だと思って持ってきていました。ごめんなさい。お母様の物でしたか?」


 小さな手のひらには、8年前に交易都市マリームの雑貨屋で買った木彫りのブローチがあった。


「あー、よかったぁー……。それ無くしたらアタシどうしようかと思ったわぁー」


 と言いながら、アリシアはサラの頭と肩に手を乗せ、膝立ちになった。

 メイドたちが慌ててスカートがしわにならないように広げた。


 全身白で統一したアリシアのドレス姿。

 血で塗られた魔族対人類の歴史を繰り返さないという決意を表している。


「おまえまだそれ持っていたのか。それ、安物だからもう処分したと思っていたけれど……」

「はあーっ!? ユーマがアタシに初めてくれたプレゼントでしょう? 捨てるわけないでしょう。今日はこれを付けて調印式に行くの!」

「そう……か……」


 昔の事を思い出して何だか急に恥ずかしくなってきた。

 俺の顔を見て、アリシアも頬を染めて目を逸らす。


「何年経ってもこの二人は変わらないのです」

「娘として恥ずかしいのです」


 フォクスとサラがそっくりな口調でため息混じりに呟いた。




 城の外では城内で働く魔人たちが総出で待っていた。


「これはこれはユーマ殿。魔獣の子にも衣装とはこのことですな」


 執事服のバラチンが口の端を上げて声をかけてきた。

 相変わらず口が汚い彼は俺の剣術の師匠でもある。

 もうすっかり慣れてしまった。


「留守中は魔王の面倒を頼んだぞ!」

「御意に」


 バラチンは魔王の若き頃からの戦友。

 彼に任せておけば城の平和は安泰だ。


「ユーマ殿、今日は馬の機嫌が悪いゆえに拙者では扱えそうにないでござる」

「いいよいいよ、いつも通り俺が御者台で手綱を引くから」

「かたじけないでござる」


 カルバスは護衛隊長として12人の精鋭部隊を率いる立場になった。

 副隊長のカリンがアリシアの手を取り、馬車の荷台に誘導する。

 懐かしいメンバーが揃って、フォクスも一緒に来たがっていたのだが、彼女には城に残ってサラの相手をしてもらうことにした。


「では、ユーマ様とアリシア様が無事にご帰還される願って、祈りの消毒ですゾウ――!」


 エレファンの長い鼻から霧のようなものが馬車に降り注ぐ。

 それが太陽の光の屈折を起こし、七色の虹を出現させた。


「うわぁ、まるで魔法のようです」


 サラが手を叩いて喜んだ。

 魔法か……調印式から帰ったら、サラにもそろそろ魔法を教えてやるか。

 戦いのためではない、皆を笑顔に変えるような魔法を……

 

「さあ、王都に向けて出発するぞ!」


 馬車はゆっくりと前進する。

 城前広場に一面に咲き乱れる花々が我々の門出を祝福してくれていた。


これにて本編は完結です。ご愛読ありがとうございました。

評価・感想をいただけると嬉しいです。


しばらく期間を空けて、アリシア視点のサイドストーリーを公開する予定です。

その時はまたよろしくお願いします。


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