第53話 アリシアの涙
俺は【鉄壁のドーム】で隊長の体を閉じ込めた。
それは、咄嗟に考え出した方法。
中で暴れる隊長には、もはや意識はないだろう。
ただ苦しみもがいているだけだ。
しかし、その凄まじい力で押し返されてしまう。
「うおぉぉぉ――――!!」
俺と隊長のうなり声が混じり合い、もうどちらが声を上げているか俺自身にも分からない。それほどのパニック状態だ。
ハリィと共有する魔力の全てを使っても押さえきれそうにない。
ドームの中で放出されている魔力量は尋常ではない。
圧倒的に魔力が足りない。
村人たちは恐怖に震えている。
「もう間に合わない! 魔導士部隊の生き残りはバリアで村人を守れ!」
隊長がこうなった以上、彼らだって無駄な犠牲を増やしたくはないはず。
「おまえらは退却しろ! アリシアを死なせるな!」
近づいて来ようとする仲間に指示を出す。
「おい、聞こえないのか!? おまえらは退却だぁぁぁ――!」
俺の指示を無視してこっちに向かって来やがった。
何だよ。
最後の最後で俺を無視しやがって……
考えろ。
考えるんだ。
魔族存亡の危機を乗り越える方法を!
「【魔力吸引】スキルを【リメイク】! 俺自身の生体エネルギーを魔力に変換してくれぇぇぇ――――!」
『ユーマ、そんなことしたらー……』
「いけぇぇぇ――――ッ!!」
ハリィには悪いが最後まで付き合ってもらうぞ。
悪魔はこんなことで死んだりはしないだろう?
俺は力を込めて【鉄壁のドーム】を押さえ込む。
その手から緑色の光が漏れ出で、やがて全身を覆っていく。
魔力が溢れる感覚。
生まれて初めての感じる万能感。
ドームの中で暴れ狂う男はこの感覚に取り憑かれてしまったのか。
隙間から漏れ出る赤い光は更に勢いを増していく。
「まだいける! もっと魔力に変換してくれ――!」
俺の体から発せられる緑色の光により風が舞い上がり、竜巻のように周囲の地面をめくり上がらせていく。
緑色の光はハーフエルフである俺の生体エネルギー。
魔人である仲間たちは近づいて来ることはできないようだ。
そう、それでいいんだよ……
万が一にもアリシアがいなくなるようなことがあってはならない。
魔族の未来のために――
それは俺の望みでもある。
いいぞ。
ドームの中から漏れ出る赤い光が薄らいでいる。
あと少し。
あと少し……
なのに……
俺は意識を失いかけている。
生体エネルギーの全てを魔力に変換しちまったのか。
相変わらず駄目な男だ。
「ユーマは詰めが甘いんだよ。おまえはいつまでもお子様だな」
俺の手に誰かの手が被さった。
それは包み込むような大きな手。
白いローブを纏う緑色の髪の男――タロス兄貴だ。
「状況はよく分からないが、おまえは魔族側についたんだな。しかし、今は村を守ろうとしてくれている。私も力を貸そう――」
タロス兄貴から出る緑色の光が俺の体に広がり、ドームを抑える力が戻った。
そのまま押さえ込むと、ドームが小さくなり……
やがて跡形もなく消滅した。
良かった。
これで安心して……死ねる。
鈍い音がして、俺の死体が転がった。
*****
人は死ぬと魂が体から抜け出るというのは本当だった。
俺の体をアリシアが抱き上げ、激しく揺り動かしている。
俺はその様子を空中に漂いながら見下ろしているのだ。
フォクスが地べたに座り込みアゴを上げて泣いている。
「私の弟は、なぜおまえたちと共にいた。おまえら魔族のことだ。どうせ汚い手を使って丸め込んだんだろう。答えろ魔王の娘よ!」
タロス兄貴がアリシアに迫った。
「お嬢様にそれ以上近寄るな、人間の分際で!」
「お嬢様には指一本触れさせはしないのです!」
カルバスとカリンが間に入った。
「答えろ魔王の娘! ユーマは魔力をもたないただの出来損ないだ。それを仲間に引き入れたということは、私を恐れていたということか? 私がおまえらに攻撃できないように弟を盾にしようと――」
「拙者たちはそのような卑怯な真似はしないでござるよ」
「それに……ユーマ様は出来損ないなどではありません!」
カリンがタロス兄貴のローブを掴もうとしたその時、パチンと弾ける音と共にカリンの体が吹き飛ばされる。
「こ、この――ッ!」
カルバスが短剣で斬り掛かる。
タロス兄貴は無反応。
短剣が兄貴の眉間に突き刺さるかに見えたが――
そこにあるのは白いローブのフードのみ。
勢い余って前方によろけるカルバスの真横にふわりと兄貴が出現。
カルバスの後頭部に手を当てる。
緑色の光線と共にカルバスの体は吹き飛ばされた。
地面に落ちたローブをゆっくりと拾い上げる兄貴は表情一つ変えない。
いつの間にこんなに強くなったんだ?
明らかに他の魔導士とはレベルが違いすぎる。
俺が生きていたら……ハリィのスキルで鑑定してみたかったな……
そのハリィも、今やアリシアに抱きかかえられた俺の足元に転がっている。
悪魔ルルシェの依り代としての使命を終えたということか。
「ユーマは……あんたなんかよりもずっと強いよ……」
アリシアは俺の顔にぽたぽたと涙を落としながらそう言った。




