第5話 魔王の娘
魔王の娘アリシアの群青色の瞳。
それが俺に向けられている!?
な、なにがどうなっているのぉぉぉー!?
その時、俺の首元でピクンとハリィが反応した。
これまで一切動くことのなかったけれど、今は何だかそわそわしている。
俺は確信する。
魔王の娘が見ているのは俺ではなく、首飾りの格好をしたハリィなのだと。
ミュータスさんは振り向いて俺の顔を見てきた。
状況が分からない俺は、首を傾けることしかできない。
そんな俺らにお構いなしに、乱暴な巨漢男ジャンがぐいっと間に入ってきて――
「帰ってくれって言われてもよー、お嬢さん。我々もここまで来たからには手ぶらで帰るわけにはいかねぇんだ。ひょっとしてお嬢さんが我々の相手をしてくれるのかな?」
さらにメガネの中年男ホルスが――
「何なら、場所を移して儂ら一人一人の相手をしてくれても構わんがな、時間をかけてたっぷりとなぁ-、ふひひひっ!」
と、最低なことを言い放った。
アリシアは軽く舌打ちをして、二人のセクハラ男を交互に警戒しながら、1歩、2歩とよろけるように下がっていく。
彼女は手を後ろに回しているため身体のバランスがうまく取れないようだ。下がるたびに腰の辺りが左右に揺れ、それをなめ回すように見ながら、ジャンとホルスがじりじりと歩み寄る。
俺はミュータスさんの顔をのぞき見る。彼ならこの状況を変えてくれるのではと期待したのだ。
しかし……
そんな彼も……
嗤っていた――
俺は自分の判断力が低下していたことに気付く。そう、彼女は魔族。人間ではないのだ。俺ら人間は生きるために動物を狩る。だから動物に感謝もする。しかし、魔族は殺さなければならない存在。何の役にも立たない。
――人間に害をもたらすモノ。
俺はこの隙にアリシアを【鑑定】してみる。
――――――
[名称]アリシア
[種族]魔人
[職業]剣士
[状態]焦り
[攻撃力]剣:S 槍:S 弓:S
[魔法]黒魔法:―― 白魔法:――
[魔力量] 0/0
[耐久力]耐物理:A 耐魔法:C
[スキル]【魔王の娘の加護】
――――――
魔力量がゼロ!? 魔王の娘なのに?
祭壇の端に追い詰められたアリシアは、その場で姿勢を低く身構える。
そして隠していた両手をシャキッと前に出して身構える。
左右の手には片手剣。
それらは彼女の体に沿って内側に大きく反った形をしている。
いわゆる三日月型の片刃式の剣である。
タンッと地面を蹴り、巨漢ジャンの胸の高さにジャンプする。
空中でくるっと身体をひねりながら斬り込む。
ジャンはそれを斧の腹の部分でいなす。
ジャンのいなしの勢いを利用するように、アリシアは更に高く舞い上がる。
くるくる身体を回転させながら両脇に構えた2本の三日月型の剣で斬り込む、斬り込む、そして斬り込む!
それをジャンはいなす、いなす、そしていなす!
アリシアは祭壇からそびえ立つ柱に足をかけ、巨漢ジャンに向けて飛び込む。
ジャンは斧を振り上げてアリシアを剣もろとも切り裂こうとするが、彼女は体をひねり寸前の所で躱した。
着地したアリシアはすぐに体勢を整え、ジャンの足元から一直線にジャンプして斬り込む。
ジャンは斧を振り下ろす。
剣と剣が激しくぶつかる金属音が反響する。
一瞬、巨漢の目にはアリシアが消えたように見えただろう。
アリシアの身体は祭壇の床を滑り、ジャンの股下をくぐり抜けていた。
そして次の瞬間、ガッと踏ん張り、ジャンの背中に剣を押し当てた。
「おっと、いけねぇ、油断したぜ。降参だ降参!」
巨漢は剣を離して両手を挙げて降参のポーズをとる。
『カツーン……』と長剣が床に落ちた。
アリシアとジャンが戦っている様子を、ミュータスさん達が手を貸さずに見ていたことは意外だった。相手は魔族だけれど、魔王の娘ということで一対一の戦いに手を貸すことを嫌ったのかもしれない。
やっぱりこの人達はいい人だ。
アリシアの表情も緩み、まるで人間の女の子のような優しい表情になった。そして、祭壇のずっと奥の玉座にいる魔王に向けて笑顔を見せる。
先ほどまでの緊張感が嘘のように柔らかな空気が流れはじめている。
ああ、これで今日の戦いは終わったんだ……
俺はほっと胸をなで下ろした。
巨漢ジャンは両手を挙げたままの姿勢で、
「今日の戦いはこれまでだ。みんな、退散するぞ!」
と、皆に言った。
俺はその言葉にちょっと違和感を感じた。それは、まるでジャンが皆のリーダーみたいな感じの言い方だったから。
皆は『おう!』と返事をするが、動こうとはしない。
アリシアは三日月形の剣を下ろし、俺の方へ歩いてくる。
その背後に、メガネの中年男ホルスの口の端を吊り上げた顔が迫り――
「ほら、捕まえた!」
すっかり油断していたアリシアの背後から胴体と腕を巻き込むように抱きついた。
「おりゃあー!」
次の瞬間には巨漢がアリシアの手を両手で弾き、彼女が持っていた2本の剣をはたき落とす。2本の剣は祭壇の床をくるくる回転しながら、滑っていった。
「よし! よくやったぞみんな!」
ミュータスさんは拳を振り上げ、嬉々として声高に叫んだ。
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