第41話 すれ違い
夜明け前。馬車は華やかな街を背に草原をゆっくりと走っている。交易都市マリームの高い建物の先端が地平線へ沈んだころ、異様な空気感を感じた。
仲間達は馬車の上で一斉に身構え、俺は手綱を引いて馬を止めた。
「今の感じは何だ?」
俺は隣のアリシアに尋ねる。
「索敵魔法を感知したわ。すごく強力なやつだった」
「索敵魔法?」
「そう。アタシたち魔族を警戒して無差別に送ってくる人間側の魔法よ」
「そうか……あの異様な感じは魔法だったのか……」
俺は今、ハリィと同化している。
体は人間の俺でも、この状態だと感知されるのだろうか。
「人間の軍隊がこの道の先にいるのです」
「お嬢様。念のために幌の中に――」
カリンとカルバスが声をかけた。
「……そうね。フォクスの偽装スキルで探知されることはないと思うけど、一応アタシは後ろへ行くわ。ユーマ、あなた一人で大丈夫かしら?」
「ああ、俺はハリィと離れれば見た目も能力もただの人間だ。問題ない。ハリィ、俺への寄生を解いてくれ!」
『だいじょーぶだよユーマ。ボクの存在はフツーの人間には分からないからー』
首飾りに擬態しているハリィが俺の意識に直接答えてきた。
ハリィの正体は悪魔ルルシェ。
その存在は魔力をもつ人間にも感知できないというのか?
ハリィの言う『フツー』の定義が分からないから少し不安ではある。
東の空がオレンジ色に染まり、夜明けが近いことを知らせている。
馬はゆっくりと歩き始め、馬車の車輪がでこぼこ道を転がっていく。
時折吹く冷たい風が俺の体温を奪っていく。
先程までは感じることがなかったこの寒さは、緊張からくるものなのか。
それとも、御者台に俺一人が残された寂しさか。
やがて周囲が霧に包まれていく。
これも魔法によるものだろうか。
『そーだよ-、霧の中では魔族の魔力が弱くなるのー』
ハリィの声。
ここまで大がかりなことをする魔力をもった集団となると……
いやな予感がする。
前方に馬に乗った人影が見えてきた。
先頭は旗を掲げた体の大きな騎兵隊員。
王家の鳥の紋章にクロスした剣。
王立魔導士部隊の旗だ。
最悪のタイミングだ。
カルール村まであと一歩というところで出会ってしまった。
先頭の騎兵隊員がすれ違う。
そのすぐ後ろには2列に並んだ騎兵隊員が総勢12名。
続々と俺たちの馬車とすれ違っていく。
彼らは交易都市マリームへ向かう途中なのだろう。
後ろの幌の中では仲間達は剣を構え臨戦態勢となっているはず。
しかし、今回は相手が悪すぎる。
魔導士部隊は魔王軍の主力部隊を相手にできると言われているぐらい強敵だ。
最後尾の騎兵隊員がジロリと俺を見た。
俺は思わず目を逸らし、馬の尻を見て気持ちを落ち着けるように努める。
寒さを感じていたはずの俺の額から汗が滲んでくる。
騎兵隊の続いて馬6頭立ての大型馬車が近づいてくる。
御者は腰に短剣を差している他は軽装備な男。
その後ろはカーテンを閉め切っているので中は見えない。
ガタガタ道を2台の馬車がすれ違う。
その瞬間――
カーテンが僅かに開き、ガラス窓の向こうに男の顔が見えた。
「タロス兄貴!?」
俺は息を飲み込んだ。
確かにその男はタロス兄貴。
母さんの耳にそっくりな尖った大きな耳。
母さんとお揃いのダークグリーンの髪色。
俺が何一つ受け継がなかったその特徴ある顔立ち。
タロス兄貴は母親譲りの大きな目を見開いて俺を見ていた。
「どうしたのユーマ、何かを感づかれてしまったの?」
「いや、大丈夫……だと思う。ちょっと知り合いが馬車の中にいただけだ」
「あの馬車の中に?」
俺の戸惑いに気付いてアリシアが幌のすき間から顔を覗かせていた。
タロス兄貴を乗せた馬車はどんどん離れていく。
「何とか無事に通り過ぎていったでござるな。まあ、戦闘になっても拙者は構わなかったのではござるが」
「さすがはお兄様。頼もしいのです!」
「ユーマちゃま、フォクスは頑張りましたです!」
中の3人は緊張から解放されて一気にしゃべり始めた。
「えらいぞフォクス! さすがにこのメンバーで王立魔導士部隊を相手にするのは無謀だからな。フォクスの偽装スキルが上達していて助かったよ!」
「えへへー、ありがとうなのでちゅっ!」
交易都市マリームで俺が警備隊に拘束されていた夜、偶然のたまたまだけれども偽装スキルが上級にレベルアップしたらしい。それがすぐに役に立つとは、幸運の女神に守られているのだろうか。
いや、幸運の悪魔……か?
『ユーマ、ボクを女神なんかと一緒にしないでー』
ハリィに怒られた。




