第36話 女占い師メイビス
「まあ、今夜一晩寒くて臭いところで寝てりゃあ、色んなことを思い出すだろうよ。じゃあ小僧、また明日な!」
取調官のオヤジが俺の肩をポンと叩き去って行く。
俺は警備隊員に引き渡され、暗い廊下を歩かされる。
結局、あれから取調官のオヤジとの話は平行線を描くばかり。
時間の無駄だとばかりに取調べは早々に終了し、明日続きをするらしい。
しかし明日の取調べはないだろう。
仲間達が今夜中に助けに来てくれる。
そう確信している。
俺には頼れる仲間がいるのだ。
警備隊員が『留置室A』と書かれた部屋のドアを開けた。
「メイビス、新顔が来たぞ。仲良くやってくれ!」
室内の誰かに向かって声をかけた。
まずいな、他の誰かと同室になるのか。
俺の仲間が助けに来たときに騒ぐような奴でなければ良いのだが。
そう思いつつ中を覗いた俺は――
心臓が口から飛び出そうになった。
「あーあ、今夜は独り流星観察としゃれ込もうと思っていたんだけどねッ」
二段ベッドの下段に座るメイビスは――
赤い髪を掻き上げ、小窓を見つめてそう呟いた。
切れ長の目に長いまつげ。
瞼にはラメ入りのムラサキ色のアイシャドー。
胸元が大きく開いた黒いシャツからは豊満な胸が覗いている。
「お前はメイビスと同室だ。さあ、中に入れ! 朝食のデリバリーの希望は明朝7時に受け付けるので注文書と金をそこの小窓に投げ込んでおけ。念のために言っておくがこの部屋は監視カメラがあるから変なことはするなよ!」
そう言い残し、警備隊員は外から鍵をかけて行ってしまった。
呆然と立ち尽くす俺の顔を、メイビスがじっと見つめてきた。
女子と同室なんてこの街の警備隊は何を考えているんだ?
い、いやまて!
メイビスは……本当に女なの……か?
「あんた、とっても失礼なことを考えたわね。私は女よ」
考えを読まれた?
「私は占い師のメイビス。私の占いは何でも当たると評判なのよ? そのせいで敵も多くてね」
それでこんなところに入れられているのか。
きっと気の毒な人なんだ。
何歳ぐらいなんだろうか。
見た目の派手さに対して、すごく落ち着いた感じの女性。
母さんと同じぐらいか?
いや、俺の母さんは見た目はすごく若いからな。
タロス兄貴の大学の卒業式に出席したら、学生と勘違いされたって喜んでいたぐらいだからな……
「女の年齢を探るもんじゃないよ、えっと……キミは……」
「俺はユーマ。カルール村の出身だ」
「ユーマか。良い名だね。まあ、一晩だけの付き合いだけどよろしくね、ユーマ」
そう言って、彼女が握手を求めて来たように見えたので俺は右手を出した。
しかし――
彼女は俺の右手をぐいっと引っ張り、俺はバランスを崩して前のめりになる。
勢い、ベッドの下段に座っていた彼女の上に覆い被さるような体勢となる。
あろう事か、彼女はそれを受け入れるように、ベッドに横たわる。
俺の顔が彼女の豊かな胸の谷間にすっぽりと収まっている。
慌てて起き上がろうとするが、俺の背中に手を回した彼女に強く抱きしめられてしまった。
そして――
俺の耳元で――
「ユーマ……お前は本当に人間かい?」
低い声で言った。
彼女から解放された俺はベッドから滑り落ちるように下りた。
そして手と足をじたばた動かして、白い石壁に背中を付けて立ち上がる。
慌てふためく俺の姿を愉しむように、メイビスは濃艶な瞳で俺を見つめながら、露わになった肩にシャツをゆっくりとした動作で持ち上げた。
一体メイビスは何者なんだ?
本当にただの占い師なのか?
ここにハリィがいれば【鑑定】スキルで正体を突き止められのに!
いや、そもそもハリィと一緒ならばこんな所に来ることもなかったのだ。
すべては自業自得ということか。
俺は全く機能していない天井からぶら下がる監視カメラを睨みつけた。