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第30話 ちっぽけな希望

 目を開けると、天井からぶら下がる蜘蛛と目が合った――ような気がした。相手は8つの眼をもつ生物なので、あながち嘘ではない。俺は元の宿屋に戻ってきていた。テープで補修されたひび割れたガラス窓から、朝日が差していた。


 隣のベッドにはカルバスが着ていたであろう黒装束がきれいに折りたたまれているが、本人の姿はない。その代わり、ベッドサイドにはイスに座ったフォクスが茶色いフサフサの耳を揺らしながら、こくりこくりと眠っていた。


 俺は魔獣サイエーナを倒すために2つの新しいスキルを使った。その際、ハリィと共有された魔力のほとんどを使い切り、俺は気絶してしまったのだ。俺自身には魔力がないせいで、能力(ちらら)のコントロールもうまくできない。


「駄目だなぁ…… 俺は何をやってもうまくできない」


 今度はどのくらいの時間、眠っていたのだろうか。ハリィに確かめようと首元を手で触ると、そこには何も付いていなかった。首飾りの擬態を解き、どこかへ行ってしまったのか。そのとき、フォクスの『むにゃ』という声が聞こえ、目をぱっちりと開けた。


「皆さん! ユーマさまが目覚めましたでちゅよッ!」


 フォクスはイスから勢いよく立ち上がり、叫ぶような大声で言った。

 フサフサの茶色い尻尾が上下左右に揺れている。


 ドアの向こう側からどたどたと足音と話し声が聞こえてくる。

 これはアリシアたち。……そしてニットの声もするぞ!

 バーンと勢いよくドアが開く。


 ニットにフォクスの獣耳メイド姿を見せる訳にはいかない!


「ひ……いゃゃゃゃ――!」


 部屋に入るなり、カリンが聞いたこともないような悲鳴を上げて両手で顔を覆った。


「に、ニイちゃん……何をやっているんだい?」


 これはニットの声。うん。その反応はよく理解できるぞ。ちょうど俺の股間の辺りで布団をかぶったフォクスがもぞもぞ動いている。何をやっているのか不思議に思うよな。俺はただ猫耳メイド姿のフォクスを隠そうと、必死でベッドに引きづりこんだだけなんだけど……

 そっと布団の中をのぞき込むと、フォクスは人間の女の子にちゃんと偽装しているので安心した。しかしなぜか真っ赤な顔をして口をあわわわと動かしてる。女子の反応は時々理解できなくなるよ。


 俺が布団をめくってやると、フォクスはベッドからずり落ちるように下りて、


「ア、アリシア様……申し訳ありません!」


 なぜかアリシアに平謝りしているぞ。

 フォクスは何か悪いことでもしたのか?


 アリシアは微笑んでフォクスの頭を撫でる――かと思えば違った。フォクスの小さな頭をガッと鷲掴みにして持ち上げようとした。その手をカリンが両手で包み込むように被せ、頭を左右に振った。アリシアは思いとどまったようで、フォクスの頭から手を離して、おでこにデコピンを食らわせた。


「あうッ!」


 フォクスは声を上げて、おでこに手を当てて痛がっている。

 女子3人の関係性はいまだに謎である。


「ユーマ、げんきになってよかったねー」


 アリシアの肩に乗っていたハリィがベッドに飛び降りて、後ろ足と尻尾で立ち上がって手を伸ばしてきた。俺が手を差し伸べると、とことこ腕を這い上がって肩にちょこんと乗った。


「ユーマ、この町にはもう用がないから、つぎいこー」


 ハリィが珍しく俺に指示を出してきた。 


 アリシア達から聞いた話をまとめると、俺が魔獣サイエーナを倒してからすでに丸1日が経っていた。

 気を失った俺をカルバスが馬車に運び込み、馬の手綱をニットの『師匠』が引き宿屋まで横付けしたそうだ。アリシアの『生かしておいて正解だったわね』というセリフが妙に生々しい。

 宿屋の主人が医者の手配とか薬の用立てとかで何かと声をかけてきたそうだ。人身売買の件が明るみに出ないように取り入ろうとしたのだろう。本当に腐っているぜ、この町は。

 


 *****



「もう行っちまうのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに……」


 昼下がり、俺を見送りに来たニットが寂しそうに言ってきた。


「ああ、いろいろと世話になったな。ところで……あの男ははどうした?」


「師匠かい? あはは、あいつは夜逃げしたぜ。でかい荷物を抱えていたから皆で一斉に飛びかかって身ぐるみ剥がしてやったさ!」


 そう言って笑うニットは一皮むけた男になったように見えた。

 その後ろに集まった幾人もの子供たちも笑っている。


「今度はお前がこの子らの師匠になるんだな。頑張れよ!」


「ああ。分かってるって!」


「盗みとかはもうやらせるなよ」


「ああ。昨日あいつらが店から盗ってきた物もすべて返して来たさ。そうしたらさ、どうせ置きっぱなしにした物だからってやるよって言う店主がいてさ。でもそれは物乞いになっちまうからオレっちは受け取れねえって断ったんだ。すると店番をする駄賃にするからって、こいつらを交代で雇ってくれることになってな」


「そうか、働き口まで見つけたか。やるなお前!」


 俺が肩をポンと叩いてやると、鼻の下を指で擦りながら『えへへ』と照れ笑いを浮かべた。


「あら、涙の別れになっているかと思ったら、随分楽しそうじゃないの」


 アリシア達女子3人組が帽子屋から帰ってきた。彼女の頭には白い布製の帽子。レース生地の花のような大きな飾りが付いている。それって、良く貴族の令嬢がかぶっているような感じだな。ますます誤解されるぞ。

 

「この麦わら帽子はもう不要ね、あなた達にあげるわ!」


 アリシアはそう言って、ひょいと子ども達に向けて麦わら帽子を投げた。まるで金持ちで世間知らずなお嬢様が恵まれない子供たちに恵みを分け与えるときのように……。

 なんだか、今までの温かな雰囲気が台無しになってしまったな。俺が呆気にとられていると、小さな女の子が帽子を拾い、トトトと駆け寄ってきてニッコリと笑ってアリシアに返した。


 俺が吹き出して大笑いすると、ニットと子ども達も笑い転げた。

 訳が分からないアリシアは呆然としている。


 他人からの恵は一時の命をつなぐことは出来るけれど、それが尽きれば元に戻ってしまう。


 だから――


 ずっと続けていける生活の手立てを手に入れなければ本当の富は得られない。

 それをニットたちはその小さな体ですでに理解したのだ。


「オレっち、修行を積んで今よりももっともっと強くなるからさ。そうしたら、いつかオレっちをニイちゃんの仲間にしてくれよ!」


「ああ、その時はよろしく頼むぜ!」


 俺はニットと握手を交わした。


 魔族の一員となった俺と勇者を目指すニット。両者がチームを組む日は永遠に訪れることはないだろう。


 しかし、そんなちっぽけな希望の一つぐらい、摘まずに残しておいても罰は当たらないはずだ。

お読みいただきありがとうこざいました。

今話で第一章4場が終了。次回から5場に突入します。


よろしければ感想や評価をいただけると嬉しいです。

次回以降もよろしくお願いします。

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