第29話 魔獣サイエーナと雷神召喚
4本足の魔獣は鎧のような硬い体に覆われ、頭の先までの高さは10メートルは優に超えている。鼻の先に付いた三角形の角から奥まったところに小さな目があり、赤く光っている。
鼻息が荒く、前足で地面をこすりいつ突進するタイミングを見計らっている様に見える。
――――――
[名称]サイエーナ/Lev.45・リーダー
[種族]魔獣
[状態]裂傷傷による凶暴化
[スキル] 生体エネルギーを群れで共有化
[特徴]異世界動物図鑑No.209クロサイ・No.124ハイエナの融合体
群れで死肉を漁る草原の掃除屋
鋭い牙と頑丈な奥歯で死肉を骨ごとかみ砕く
――――――
鑑定してみると、丘の上に現れた魔獣サイエーナは群れのリーダのようだ。魔獣は町を見下ろし、まるで俺たちを牽制するようにうなり声を上げた。
その声は空気の振動となり、家々の窓にヒビが入る。
そして――
群れの仲間が丘の上に姿を現した。
その数13頭。
町の警備隊では群れの数頭に手傷を負わせることが限界だったようだ。
「もう終いだ……オレ様もテメエらも、町の奴らもみんな終いだ……」
「師匠、まだ諦めないで! オレっち、師匠の家からありったけの武器を持ってくるんで、一緒に戦おうぜッ!」
「ニット……オレ様をもう師匠と呼ぶな……これ以上生き恥を晒したくはねェんだよォー」
男は地面を掴み、嗚咽した。
ニットはそれでも――
「大丈夫だから! ニイちゃんたちは急いで馬車で逃げてくれ! オレっちは武器を持ってくっから、その間に行ってくれ!」
ニットは男の家へ向かって走り出そうとする。しかし、音もなく移動したカルバスが彼の肩をそっと抱き止めた。
「少年よ、お主はもう充分活躍したでござる。後は拙者共に任せるでござるよ」
「お兄様の言う通りなのです。少年、先ほどの『ここはオレっちが食い止めるからぁぁぁー』のセリフは格好良かったのですよ」
カリンがニットの頭に手を置いて微笑んだ。
「ユーマ、魔獣サイエーナは厄介な相手よ。単独で傷を負わせても互いに回復魔法のような術を掛け合ってなかなか死なないの。アタシ達はフォクスを入れて4人。相手は14頭。どうする?」
アリシアがドレスのスカートから双剣を取り出しながら言った。
それぞれの手をくるっと回して、2本の剣をシャキンと鳴らして構えた。
彼女自身、かなりフラストレーションが溜まっていたようだ。
「ネ、ネエちゃん……それって……」
ニットはアリシアの双剣を見て驚いている。貴族の令嬢と思っていた女の子がいきなり武器を取り出したのだから無理もないか。
「ではカリンも遠慮なく行くのです。少年は安全な場所に下がっているのです」
カリンとカルバスも短刀や短剣を取り出して構える。
ニットは素っ頓狂な声を上げて地べたに座り込んだ。
魔獣サイエーナのリーダーの唸り声と共に群れが迫ってきた。
皆には悪いが……
「ハリィ、【剥奪】したスキルは【リメイク】しなくても使えるのか?」
『つかえるよー、呪文をとなえてみてー』
「【鎖創造】!」
俺が魔獣の群れに向けて手を振ると、指の先から何本もの鎖が出現し、魔獣へ向かって伸びていく。
それらが魔獣の首から胴体、そして足に絡みつき、次々に転んでいく。
魔獣の巨体が丘の斜面に転がる様は、大砲による一斉射撃を受けているような光景である。辺りが土埃にまみれて視界がすこぶる悪くなる。
「【雷神召喚】!」
俺は手を空に向かって突き上げる。
これはニットの『師匠』から剥奪した能力。小馬鹿にしていた相手にスキルを奪われ、それを目の前で再現される男の心境はどんな感じなんだろう。ふとそんなことを思ったが、下手な憐れみは痛みを長引かせるだけだ。俺は知っている――
白い雲しかなかったはずの空に、急激に黒い雲ができあがっていく。
それが雷雲に発達し、雲の中心がえぐれた。
大きなぎょろりとした目が地上を見下ろしている。
雷神が覗いているのだ。
俺は手を振り下ろす。
すると、轟音と共に稲妻が俺の手元に落ちた。
強大な電流が金属製の鎖を伝わり、魔獣の身体へと流れ込む。
俺の身体も落雷の衝撃で吹き飛ばされる。
高さ5メートルまで吹き上げられた俺は、落下地点に先回りして手を広げて待ち構えるカルバス兄妹と、走り寄るアリシアとフォクスの姿を捉えていた。
俺の意識があるのはそこまで。
やがて視界が暗転し、俺は眠りについた。