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第27話 スラム街の元勇者

 ニットが師匠と呼ぶ男は髪がぼさぼさで無精ひげが伸びている冴えない男だった。よれよれのカーキ色のズボンに茶色い革ジャケットを着て、およそ勇者と呼ぶには(はばか)られる風体である。


 そんな男が俺たちに馬車を寄越せと言っている。


 ニットは突然の『師匠』からの無茶振りに戸惑い、立ち尽くしている。

 大きな布袋を背負ったその男はニットには目もくれず、よろよろと俺たちの方へ向かってきた。朝から酒を飲んでいるのか?


「オレっち……師匠はもうとっくに魔獣をやっつけに行ったとばかり思っていたんだけど……」


 ニットが素通りしようとする『師匠』を見上げて声をかける。


「馬鹿かオメエは! 町には警備隊がいるんだ。オレ様一人が加勢したところで何の意味がある?」


 男は立ち止まり、ニットを見下ろして言った。


「オレっちも師匠と共に加勢するぜ!」


「本当に馬鹿だなオメエはよォ! オメエのようなガキが何人いても魔獣には歯がたたねェんだよ!」


「そ、そんな…… だって、オレっちは師匠から言われた訓練や試練を乗り越えて……相当強くなったというのに……それでも歯が立たないと言うのかい?」


 ニットは訴えかけるように男を見上げて言った。


「ガハハハハ……、本当に馬鹿馬鹿。この世界のガキ共は馬鹿だらけだぜェ。ニット、オメエに出した試練なんざァー、皆オレ様が適当にでっち上げたものだ。勇者になるための鍛錬法なんて物は最初から存在する訳がねぇーだろ! 勇者ってのはなァ-、何の努力もしなくてもある日突然になっているもんなんだよ」


「そ、そんな…… オレっちがやって来たことは……」


「そう、無駄な努力だったんだぜェー。まあ、お陰でオレ様にはもっと良い暮らしができる町へ行く金が出来たからよォー。そこでのほほんとスローライフを楽しむことにするぜ」


 ニットは力なく崩れ、地面に手を付いた。

 男は俺たちの馬車まで歩み寄り、


「オレ様はヨシキってんだ。貴族のお嬢さんよ、悪いがこの馬車はオレ様に使わせてもらうぜェー。なんたってオレ様はこの国を魔族の蛮行から守る勇者様だからなァー。貴族からすれば富を守る救世主みたいなもんだろ?」


 ドレス姿で馬車に乗るアリシアは、男の目には貴族の令嬢にでも見えているのだろう。

 男は黄色い歯を剥いて、ニヤリと笑った。

 アリシアの眼光が鋭く光るその瞬間に、俺は男に殴りかかった。

 しかし、男は軽い身のこなしでそれを躱した。

 俺は裏拳で追撃しようとするが、その手をつかまれた。 


「何だァー!? 御者の兄ちゃんが粋がってんじゃねェよ!」


 男は俺の腹を殴った。

 そしてうずくまる俺の顔面を横から殴った。

 俺は軽く意識が飛び、地面に倒れる。

 男の布袋は地面に落ち、中の物が飛び出した。

 

「チッ、面倒を増やしやがって……おいニット、荷物を拾って馬車の荷台に載せろ!」


「えっ!? あ……はい……」


 ニットは『師匠』の命令に反射的に従った。長年培ってきた主従の関係は簡単には拭い取ることはできない。


 男がニットの方を向いた隙に――


「【鑑定】!」


 ―――――― 

[名称]ヨシキ・シノヅカ/Lev.99

[種族]異世界人

[職業]詐欺師/元・勇者(魔導士)

[状態]泥酔

[攻撃力]剣:C 槍:D 弓:D

[魔法]黒魔法:―― 白魔法:――

[魔力量] 50/250

[耐久力]耐物理:A 耐魔法:A

[スキル]【雷神召喚】

 ――――――


 確かに男は勇者だった。電撃系の攻撃を得意とする魔導士である男は、スラム街の貧しい子供たちから搾取する人生を選択した。しかしこんな男の過去などには興味はない。


「ニット、お前の『師匠』はもう勇者ではない。今はただの詐欺師だ!」


「ニイちゃん、それは誤解なんだよ。師匠は見てくれは悪いし言葉も汚いけどよ……魔王軍との戦いが始まれば大活躍できる勇者なんだぜ!」


 ニットは男の荷物を握りしめる。顔は俯いたままで……。地面にはぽたぽたと目からこぼれた涙が落ちていた。


「ニット、魔王軍との戦いにお前の『師匠』が加わる日はもう来ない。目を覚ませ!」


「目を覚ますのはテメエの方だぜェー」


 男は俺の胸ぐらを掴み、


「よく見りゃテメエ、農民くさいただのガキじゃねえか。おおかた貴族の娘に取り入って御者に出世したというところだろうがよォー、庶民のガキが貴族の関係者気取りでオレ様に盾突く何ざァ、100万年早ぇんだよォォォ――!!」

 

 男は俺のボディーに正拳突きを入れ、アゴにアッパーカットを食らわせてきた。

 俺は軽く意識が飛び、後ろに倒れ込んだ。


「オレ様はこいつらガキの面倒を見る。ガキ共はオレ様に貢ぎ物を差し出す。ギブアンドテイクなんだよォォォ――!!」


 倒れた俺の腹を蹴る、蹴る、そして踏みつけた。

 

「やめてくれ師匠! これ以上やるとニイちゃんが死んじまう」


 ニットが俺を庇うようにその小さな体を寄せてきた。

 俺の胸元にニットからこぼれ落ちる温かな涙が落ちてきた。




  

 俺はなぜこの少年の力になろうと思ったんだろうか。

 昨日出会ったばかりのこの少年に……

 なぜこうも惹かれたんだろう。




 ただ一つ、分かっているのは……




 ニットが『師匠』のことを自慢げに話すときの顔が瞼の裏から離れないのだ。




「もういいんだニイちゃん。もうオレっちのことは忘れて町から逃げてくれ!」

「ニット……」


 俺はニットの頬に手を当て、涙を拭いてやる。

 そして彼の肩に手を乗せ、ゆらりと立ち上がる。

 痛い。

 体中のあちこちが死ぬほど痛い。

 でも、ニットが受けている心の痛みに比べれば……

 この程度の痛みなど微々たるものに過ぎない。


 俺は男に殴りかかる。

 しかし、男は俺の弱いパンチを手で受け止め、ニタリと顔をゆがめる。


「なあ兄ちゃんよ。命だけは助けてやっからよォー、馬車とメイドをオレ様にくれるように貴族の姉ちゃんに交渉してくれよォー。オメエも命は惜しいだろォー?」

「ふっ、おまえも命が惜しかったらそれは止めておけ!」


 俺が吐き捨てるように答えると、男の渾身の一撃が俺の顔面にヒットした。

 派手に後ろに倒れるところを、何者かが俺の身体を柔らかく支えた。


「貴様、戯れ合いはいい加減にしろ! 貴様の能力(ちから)があればあんなカス男など一撃で倒せるでござろうが!」


 カルバスは俺を後ろから抱え込み、怒りを込めて言ってきた。本気になると俺のことを貴様と呼ぶんだな、こいつは……


 でも――


「奴が能力(ちから)を使わない限り俺も使わない。これは人間の世界の問題なんだ。魔族のお前らには関わって欲しくはないことなんだ。すまん――」


 カルバスは俺の肩をぐっと握った。そして――


「くッ……、勝手にしろ! しかしアリシアお嬢様をカリンがいつまでも留めていることは出来ないでござるよ!」


 俺の背中を押し出した。



『ブギャャャャャャ――――――』



 その瞬間、丘の向こうから魔獣の声。

 そして大地が揺れる。


 魔獣が丘を越えてこちら側へやってくる気配がした。

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