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第25話 カリン、服を買う


 王国の歴史を遡るとかつては奴隷制度というものがあり、他国の捕虜や貧困層を商品とした人身売買も盛んに行われていたという。しかし50年前のクーデターにより軍事政権へと時代が変わると、奴隷解放令が宣言され、奴隷制度はなくなった。

 その後、王国復活を求める王室直属の魔導士部隊との激しい戦争があり、20年前に王国の復活を成し遂げた。それが現在の国王である。


 国王は魔族の一掃をスローガンに掲げ、国民と抵抗勢力の目を魔族一点に集中させた。その政策は成功し、国民は一丸となり魔王討伐に躍起になった。


 人類対魔族の戦いは、各地に突発的に出現する『召喚されし者』によって人類の勝利が間近となった。そうなると人々の関心は足元に向けられ、富を得ようと躍起になっていく。


 富める者と搾取される者の二極化は、様々な弊害を生み出していく。人身売買の闇マーケットの台頭もその一つである。貧しい家の子は家族の糧のために売られ、一時の富を得るために女や子供は略奪される。





 ――この国は病んでいる。

 それが村の学校で学んだ国の歴史である。



 

 人身売買の4人の男たちを縛り上げ、俺たちは2階に向かう。カウンターの奥にドアがあり、宿屋の主人はそこで寝泊まりしているはず。


 ドアを叩くと、中から男の声がした。


「なんだなんだ? こんな夜更けに何だってんだ?」


 ドアが開いた瞬間に、カルバスが宿屋の主人の首を鷲づかみにして部屋へ押し入った。男はパンツ一丁の姿で、洗面所の壁へ背中から激突した。


 小さな部屋の至るところに酒瓶が転がり、アルコールと葉巻たばこの匂いが充満している。


 薄汚れたベッドの上には厚化粧の女が裸体をシーツで隠していた。女は俺たちの姿を見ると悲鳴を上げ、シーツを身体に巻いてたままの格好で部屋を出て行った。


「どうしたお客さん!? 物盗りが目的なら金目の物はここにはないぜ?」

「やかましいでござるよ。物盗りはキサマの方でござろう!」 

「な、なんのことだか分かりませんな」

「拙者の妹とお嬢様とメイドを誘拐しようとしたでござろう!」

「へ!? 今夜のターゲットは貴族の女そのメイドの2人のはずだが……あっ!」


 宿屋の主人はあっさりと関与を認めた。


 俺はカルバスの肩を叩き男の拘束を解かせる。

 そして男に尋問する。

 

「この宿は人身売買の取引も行っているのか?」

「いや……もう正直に白状しますが、ワシは上玉の女を見つけたら組織に連絡を入れるだけの役目で……相場価格の1割ほどの手当が入ってくるので……」


 それだけでも充分罪は重いはず。しかし、人身売買が行われている事実など、この町の影の部分のほんの一角に過ぎないことに違いない。


 そんなことよりも――


「一つだけ確認するが、この件に関してニットは知っているのか?」


「へ!? ニット……?」


 宿屋の主人は少し首をひねって考え込む。


「ああ、お客さん達をここに連れてきた小僧のことですか。あれはただの客引きですよ。連れてきたお客さんの人数によって駄賃を与えているのです」


「本当か?」


「ええ、今更ウソを付いてもどうにもならんでしょう?」


 男はため息を吐いて、葉巻に火を点けた。

 


 *****



「マジびっくりしたぜ。あんたネエちゃんだったのかぁー」

「ご、ごめんね、紛らわしくて……」


 メインストリートを歩きながら、ニットとカリンがしゃべっている。


「いいよいいよー。ネエちゃんは悪くないよ。オレっちが勝手に思い込んでいたんだからさ。それにしても可愛い顔が台無しだよな。せめてそのマスクと麦わら帽市ぐらい今すぐ外せよー」


「帽子は今は外せないけど……マスクなら……」


 子供相手には素直になれるのか、カリンが他人の前で初めてマスクを外した。幼さが残るふっくらとしたほっぺに、薄い柔らかそうな唇。およそ戦士には見えないほどに繊細な顎のライン。昨夜は顔を見る余裕もなくボコボコにされたわけであるが、改めて見るとやはり美少女だった。


 俺とニットは同時に生唾をゴクリと飲み込んだ。


 年格好からみると、ニットと同世代の感じだな。彼は頬を赤らめ、カリンに見惚れているようだ。


「カリンの服を買った後は、アタシの帽子を買いに行くんだからね! ねえ、ユーマはどんな帽子が好きなのかしら?」


 ち、近い! 顔が近い。

 カリンの顔を観察していたら、アリシアが急に割り込んできた。

 農民出身の俺にファッションのことを聞かれても何も答えられる訳がない。


 人間社会における帽子の種類などを適当に話しているうちに、ニットが勧める服屋に到着した。大きなショーウインドウに色とりどりの婦人服が飾られている高級店の店構えである。


 重い扉を開けると、カランとベルが鳴った。

 その音が俺の耳の奥、脳に届いた瞬間にズキンと痛みが走った。


『どーしたのユーマ?』

「いや、何でもない。ちょっと頭痛がしたけれど、もう大丈夫だ」


 ハリィには俺の感覚が突き抜けになっている。しかし他の仲間には気付かれなかった。その程度の頭痛だったから大して気にするようなことではない。  


「ユーマちゃま、初めてのお買い物、フォクスも連れてきていただいてありがとうございますです!」


 フォクスがちょこんとお辞儀をして、ニコリと笑いかけてきた。

 フサフサの獣耳と尻尾を偽装スキルで上手に隠している彼女は、こうやって見ると可愛らしいただの幼女だな。


「フォクスも服を買うかい? 使い切れないぐらい金はあるそうだから、買ってもらえるんじゃないか?」

「いいえ、フォクスはメイドでちゅ。メイド服はメイドの戦闘服でちゅ。だからいついかなる時でもこの服は変えないのでちゅ!」

「そ、そうか……すまん。余計なことを言ってしまったようだ」


 小さいながらも彼女には彼女なりの信念があるんだな。


 店の奥ではアリシアとカルバスがカリンの服についてあれやこれやと言い合っている。カリンは2人の間に入って、おろおろしているけれど……3人の関係性が今ひとつ俺には理解できていないのだ。


 店の入口付近のカウンターでは、ニットが店主と話している。そしてニットはまたここでも小銭を受けとっていた。


「ねえユーマ、あなたはどう思うの? カリンにはこっちの服が似合っていると思うのだけれど――」

「いいえ、こっちの服の方がカリンには似合っているのでござるよ。そうですよねユーマ殿!」


 アリシアとカルバスが俺に判断を迫ってきた。

 あー、もう世話の焼ける!


「お前らカリンの気持ちを考えてやれ! 自分で気に入ったやつを選ぶのが良いと思うぞ? アリシアはいつも俺に言ってくるじゃないか。自分で選択しろと!」


 俺が説教っぽいことを言うと、2人が持っていた服がぽろっと床に落下した。

 カリンは――

 つり目気味の目をまん丸に開いて、俺の顔を見つめている。

 そして、はっと何かに気付いたように動き出し――


「あの、あの…… カリンはこの服がいいのですが…… ユーマ様はどう思いますか? カリンにはやっぱり――」


「いいよいいよ、可愛いと思うよ。俺は好きだな!」


 カリンが選んだ服は白いシャツにチェック柄のジャンパースカート。彼女を12歳の女の子と見立てたら、ちょっと背伸びした大人っぽい感じになるはずだ。


「じゃあ、これにするのです。アリシアお嬢様……よいでしょうか?」

「もちろんよ、素敵じゃないカリン!」

「可愛いでござるよカリン!」

「はいっ、ありがとうなのです!」 


 戦いの日々から解放されたカリンは、幸せいっぱいの笑顔を見せた。

 願わくば、今日という日をずっと味わわせてやりたいものだ。



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