第22話 ホロロン町の少年ニット
道ばたに倒れていたその少年は、手足が擦り傷だらけではあったが大きな怪我をしている訳でもなく、俺たちが近寄るとすぐに起き上がった。そして――
「腹が減っちまってもう歩けないぜ。ニイちゃん達何か食う物持っていないか?」
そう言って、腹に手を当てて仰向けに倒れ込んだ。そのまま見捨てる訳にもいかず、俺たちの幌馬車に乗せていくことにした。
少年の名はニット。この先のホロロン町に住んでいるという。
「これ、食うでござるか?」
カルバスが干し肉を差し出す。するとニットは奪い取るように抱え込み食らいついた。
「がはっ、これ何の肉なんだい? すげーマズいぞー!?」
ニットはしかめっ面しながらかじり付いている。カルバスが渡したのは魔獣の肉。人間のニットの口には合わないのだろう。しかし、空腹には勝てないようで、文句を言いながらも食べている。
アリシアとフォクスが俺の顔をのぞき込んでいる。2人の言いたいことは大体分かっているが、それについては今は触れないでおく。
「ところでキミはなぜあのような所で倒れていたのでござるか?」
黒装束に麦わら帽という妙な格好をしているカルバスが干し肉のおかわりをニットに渡しつつ尋ねた。
ニットは2枚目の干し肉をかじりながら――
「師匠から幻のキノコを探せという任務を授かって山に入ったんだけど、山の中で遭難しちまってさぁ……ようやく道に出たところで力尽きちまったんだ」
「師匠からの任務……でござるか?」
「そうさ、オレっちの師匠はよぉ、魔王もビビるほどの強い勇者なんだぜ!」
「そ、そう……でござるか……」
カルバスが顔を引きつらせている。
アリシアは……オレのすぐ隣でニットを睨み付けていた。怖っ!
黒装束の魔人がアリシアからニットが死角になる位置に座り直した。彼は機転の利く魔人なんだな。とても助かるよ。
「そ、それにしても不思議な任務でござるな。幻のキノコとは……で、見つかったのでござるか?」
「ああ、ちゃんと見つけたよ。ほら、こんなに沢山あるんだぜ!」
「ほう、これが……」
ニットは腰にぶら下げた布袋からキノコを取り出した。
幻のキノコか……ちょっと興味があるな……
鑑定してみるか。
――――――
[名称]マッタケ/Lev.1
[種族]植物
[状態]切断死
[特徴]無毒/食用として美味
――――――
ん? キノコ料理でも作るのかな?
「傷の手当てをするのでちゅ。服をぬいでくだちゃいです!」
「えっ? 脱ぐの? ここで?」
荷台の荷物からくすりセットを取り出したフォクスがニットの服を慣れた手つきで脱がせている。ニットが照れて顔が真っ赤になっている。メイド服姿のフォクスはつーんと刺激臭のするクスリを擦り傷に塗り込んでいる。年格好が同じくらいのこの2人はなかなか良い雰囲気だな。
それにしても……隣のアリシアは爪を噛んでぶつぶつ言っているけれど、『魔王がビビるほどの勇者』というニットの言葉をまだ気にしているようだな。意外と根にもつタイプなのかも知れない。俺も気を付けないと。
*****
ホロロン町が見えてきた。
町の周辺は草原が広がり、所々に林があるぐらいでとても見晴らしが良い。
ホロロン町から先は山もなく、平坦な大地がひたすら続くようになる。
町の入口周辺は、二階建てや三階建ての建物が所狭しと建ち並び、1階のほとんどは店になっている。あまりに人通りも多いため、アリシアも荷台に戻っていく。そして入れ替わるようにニットが俺の隣に座った。
「ニイちゃんたちはこの町は初めてなんだろう? オレっちが案内してやるよ。その前に、師匠の所へ寄ってくれよ!」
「お前の師匠のところへ? まあ、いいけどさ。どこらへんなんだ?」
「このままメインストリートをずっと進んでいってくれ!」
まだ夕刻までには時間があるから良いか。
俺は人にぶつからないように注意しながら馬車を進めていく。馬は絶対に人にはぶつからないけれど、馬車本体のことは御者の操縦にかかっているからな。農民の子としての腕がなるぜ!
奥に進むと平屋建ての家が目立ってきて、簡易テントの下に商品を並べたこぢんまりとしたマーケットに替わってきた。色とりどりの野菜や土産物、古着などが所狭しと並べられている。
更に奥に進むと店はなくなり、住宅街へと移り変わっていく。地元の子ども達が道ばたで遊んでいる。ニットと同年代の子ども達だな。彼らは御者台に座るニットを見るが、不思議なことに無反応だ。
徐々に道が狭くなり、路面も石張りから土へと変わった。緩やかな坂道を登っていくと、広場に出た。馬車はここまで。これ以上は進めない。
ニットは腰にぶら下げていた収穫物を入れた布袋を手に持ち、御者台から飛び降りた。
「ありがとうニイちゃん! じゃあ、ちょっくら師匠に会ってくるから待っていてくれな!」
そう言い残し、建物の中に走って行った。彼の師匠はここに住んでいるというのか……
「ねえユーマ……ここって……」
アリシアが麦わら帽子を手で押さえて、身を乗り出してきた。
「ああ、ここはいわゆるスラム街だ。繁栄している町の裏側には必ずこういう場所が存在するのさ。それが人間社会だ。」