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第18話 偽装結婚?

 玉座の間へ続く通路――


 ここを通るのはこれで二度目。最初はミュータスさんの背中を追いかけていた。今回は執事服姿のバラチンとともに歩いている。こんな狭い通路を身長4メートルの魔王はどうやって通っているのだろう。そんなことを考えているうちに玉座の間へ続く扉が開いた。


 祭壇への階段手前中央にアリシアが立っていたけど、彼女は俺の姿を見るなり慌てたように背中を向けた。彼女は黒を基調として赤いラインが縫い付けられているドレス姿だ。頭から黒いベールをかぶっているから表情はよく見えない。


 バラチンに促されてアリシアの隣に立つ。

 横からアリシアの顔をのぞき込むと、ちらっと目が合った。

 彼女の顔は真っ赤だった。


「さあ、ゆっくり階段を上ってください」


 バラチンが言った。 

 足下にはカーキ色のカーペットが敷かれており、階段の上まで続いている。

 

「なあ、これ、何の祭典なの?」


 俺は小声で尋ねる。


「分かっているくせに……」


 アリシアはさらに顔を真っ赤にして俯いた。

 いや、分からないから聞いているのだけど……


 階段を上りきると、広い祭壇の正面奥の玉座に魔王の姿が見えた。彼もまた銀色の装飾品がちゃらちゃらと付いた正装をしている。

 カーキ色のカーペットは玉座のすぐ近くまで続いており、その先端――魔王の足下にフード付きのローブ姿の魔法使いらしき姿が見える。左から紺色、紫色、ベージュ色のそれぞれ色違いのローブである。


 口元のしわから察するに、彼らはかなりの高齢の老人のようだった。若干腰も曲がっており、本来は魔力を高めるための杖が、ただの体を支えるための杖に見えてきた。


「汝ら、ここに立たれよ」


 紫色のローブの老人がこちらに振り返り、俺たちに言った。

 言われたとおりに俺とアリシアは老人の前に並ぶと、俺らの背後に紺色とベージュ色の魔法使いがそれぞれ移動してきた。


 一呼吸おいて正面に立つ紫色の老人が――


「これより、魔王の娘アリシアと我らが救世主ユーマとの婚姻の儀を始める――」


 と宣言した。

 


「えっ? こ、婚姻の儀って……ああ――!!」


 すっかり記憶が飛んでいた。天井を見上げると、塔の先端からは真っ赤な夕陽が差し込んでいた。アリシアは今日の夕刻が期限であると言っていた。それが……今ということか!


 まずいまずいまずい! あれから何も考えていなかったぁぁぁ――! 


 俺の慌てように気付いたアリシアは、ベールを少し上げて、


「ユーマどうしたの?」

「忘れていた!」

「……何を?」

「……」


 俺が返答に困っていると……


「ま、まさかとは思うけど……アタシたちの結婚のこと?」

「……はい」


 アリシアは動揺を隠せないという感じで、口に手を当てて後ろによろけた。


「いかがなさいましたかな?」


 紺色ローブの老人がアリシアに声をかけた。


「ちょ、ちょっと失礼しますわっ! ユーマ、こちらへいらっしゃい!」


 アリシアは祭壇の隅の柱の陰へ俺を引っ張っていく。

 もの凄い力で。

 そして魔王と長老会のメンバーに聞こえないように小声で――


「昨日の今日でどうして忘れちゃったりしたの? 人間にとって結婚ってそんなに軽いことなのかしら?」

「そ、そんなことはないよ。そもそも結婚って、愛し合った者同士が一緒に暮らすものであって……それに俺はまだ子供だ。国の法律ではあと2年経たないと結婚できないし……」

「それは人間の法律でしょう? アタシたち魔族は思い立ったが吉日なのよ?」


 なにそれ。魔族の方こそ結婚を軽くみているじゃん!

 しかし、俺は人間だ。軽く考えることはできない!


「……そう。分かったわ。アタシはあなたが敵の大将を討ち取ったときに、魔族の救世主になる決断をしてくれたと思っていたけれど……それはアタシの早合点だったのね。ごめんなさい……」


 アリシアは顔を手で覆い、群青色の瞳から涙がぽろりと――


『アリシア、もういい。その男を串刺しにし、悪魔ルルシェ様に返品しようではないか!』


 玉座の間全体を振るわすビリビリとした空気の振動が起き、魔王の声が脳に直接メッセージとして届いた。魔王は怒り狂っている。俺らのひそひそ話も、魔王の耳に筒抜けだったようだ。


「ま、待ってくれアリシア!」


 アリシアがヨロヨロと魔王の元へ歩き出したので、俺は彼女の肩に手を置いて事情を説明しようとしたが――


 アリシアはその手を払いのけ、姿勢を低くして身構える。

 次の瞬間には、黒いロングスカートの生地が目の前を通過し、アリシアの回し蹴りが俺の側頭部にヒットしていた。

 柱に叩き付けられた俺は意識がぶっ飛びそうになるが、ここで意識を失ったらもう後がないと思い、すぐさま彼女の足にすがりつく。


「ちょ、ちょっと離しなさいよ。この手を離しなさい!」


 アリシアに顔や背中をガシガシ踏まれるが、死んでもこの手は離さない。離したら死んでしまうのだから……


「――守るから! 俺は君たち魔族の救世主になる覚悟はあるから!」

「えっ!?」


 俺の意図を察してくれたのか、アリシアは動きを止めてくれた。

 そう、俺はその覚悟はできている。できていないのは……


「俺はまだ15歳なんだ。どう考えてもまだ結婚するには早すぎるって!」

「じゃあ……どうすれば……」


 俺らがひそひそ話をしている間にも、魔王の怒りは増幅しているようだ。斧のような形をした巨大な剣を持ち、素振りを始めている。一振りごとに長老会の3人が風圧で吹き飛ばされそうになっている。きっと、俺がアリシアから離れた瞬間に()るつもりなんだろう――一度でも離れたら最期だ!


「そこで提案なんだが、この場だけでも結婚するふりをするのはどうだろうか?」

「ええっ――!? そそそ、そんな他者を騙すようなことを……!?」


 アリシアは驚愕の表情を浮かべた。アリシアは本当に素直で正直者なんだ。そもそも、魔族の人達って人間よりも純朴な感じがしてきたな……人間がこれまで抱いていた魔族に対する偏見を、人類を代表してお詫びしたくなってきたよ。


「大丈夫だよ。人間の(ことわざ)に『嘘も人の為ならついて幸せ』というものがあるから!」

 

 俺が努めて爽やかな笑顔で言うと、アリシアは酷く嫌そうな表情で応じてきた。

 アリシアは目を閉じて、気持ちの整理をしているようだ。


 やがて俺の首飾りに擬態しているハリィを撫でながら――


「アタシ他者を騙すのって初めてだからドキドキしちゃう。えへへ……」


 俺の顔を見上げて笑った。


「話はついたのですか? 魔王の娘アリシアよ――」 

「はい、婚礼の儀を続けてくださいベリー様」

「なんと! これで我ら魔族も安泰でありますな。いやはやこれはめでたい!」


 長老会の安堵の声が上がると同時に、地響きの様な振動が祭壇を襲った。見ると、魔王が斧の形をした巨大な剣を手からぽろりと落下させていたのだった。


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