第15話 敗者は殺される、それが戦場
4人の男の死体を見た俺は、直後に強烈な吐き気に襲われる。俺は地面に手を付き、口いっぱいに溜まったそれを吐き出す。髪の毛から滴る赤い液体と混じりながら、それはぼたぼたとこぼれ落ちる。
ひとしきり吐き終えた俺にアリシアが――
「行きましょう、皆の所へ――」
手を伸ばしてきた。その手は男達の返り血でねっとりと濡れている。
俺は応じようとした手を引っ込めた。
アリシアは両膝を付いて、俺の顔をのぞき込む。
俺はきっと酷い顔をしている。恐怖と絶望と、嫌悪感いっぱいの顔――
「ユーマ……」
突然、アリシアは俺の背中を思いっきり叩いた。驚いて立ち上がった俺に向かってアリシアは――
「しっかりしなさいユーマ! アタシたちは今、戦場にいるのよ? ここは勝者は生き残り、敗者は殺される場所なの。あなたは死ぬの? 生き残るの?」
「俺は……」
動かない四つの死体をもう一度見る。これは俺が自分で選んだ道。しかし、アリシアの剣がなければ死ぬのは俺の方だった。だから、俺はこの現実を受け止めなければならない。そうでなければ……ミュータスさんも浮かばれないのではないだろうか。
「さあ、行きましょう、皆の所へ――」
アリシアがもう一度手を出してきた。今度こそ、俺はアリシアの腕をしっかりと掴む。そしてアリシアも俺の腕を掴む。彼女は足を曲げてジャンプの姿勢になる。俺もそれに合わせて膝を曲げてジャンプに備える。アリシアが地面を蹴る振動波を感じた次の瞬間には、俺の身体は空高く引っ張られていた。
上空から見下ろすと、魔人たちが苦戦している様子が見て取れた。相手の兵士の数を200人と予想していたが、実際にはその倍の人数が馬車の中にいたようだ。
黒装束のカルバスは右手に長剣、左手に短剣の二刀流で襲いかかる敵を倒している。
もう1人の黒装束の魔人は短刀一本だが軽い身のこなしで敵を斬り、そのサポートに鼻の長いエレファンが付いている。彼は鼻から神経性の毒霧を吹き出して敵を無効化していた。
しかし、圧倒的に数が違いすぎる。斬っても斬っても、次から次へと新たな兵士が襲いかかってきている。
そして何と言っても誤算だったのは、バラチンの苦戦である。彼の左腕と両足に鎖が絡みつき、人間の兵士によって三方向に引っ張られ動きが拘束されていた。
「なぜバラチンほどの剣豪が……」
「援護に向かうわよ!」
アリシアと俺はバラチンのすぐ近くへ着地した。まあ、俺の方は派手に地面に激突したのだが。
すぐさまアリシアが鎖を引いていた兵士の一人の脇腹を斬り、もう一つの鎖に足をかけて前のめりになった兵士の首を刎ね、最後の一本はバラチン自らが払い落とし、斬りかかる兵士の剣を腕ごと切り落とした。
「お嬢様、かたじけない!」
「バラチンどうしたの? あの鎖は何だったの?」
「そ、それが――」
二人が話している間にも、次々に兵士が斬りかかってくる。それを迎え撃ちながら、バラチンは説明する。
「こうして戦っている間に、どこからともなく鎖が飛んでくるのです。まるで生き物のようにするするっと……」
「そんな不思議なことってあるのかしら? 見間違えではなくて?」
「また我が輩を老体と馬鹿にするおつもりでしょうか?」
「今は戦闘中ですよ、そんな軽口はたたく余裕はないわよ!」
二人は背中合わせになり、互いにチラリと目を合わせた。
一方、俺はというと一応魔剣を構えてはいるが、短剣よりもさらに短いナイフのようなサイズなのでまったくどうすることもできず、あたふたしている。
そんな俺に狙いを定めた兵士が二人同時に長剣を振り下ろしてきた。
「う、うわぁぁぁーッ!」
俺は魔剣を振り回す。するとズブッとにぶい音がして、目を開くとアリシアが二人の兵士を斬っていた後だった。俺は恐怖のあまり目をつぶってしまっていたのだ。
「大丈夫ユーマ? しっかり目を開いて剣を構えていなさい!」
「あ、ああ。分かっている……」
俺はアリシアにとって足手まといでしかないのだ。
しかし、彼女はそれでも俺を庇い、何かに期待している。
何を?
俺が魔族の救世主だから?
彼女の頭から足の先まで、戦闘による返り血で真っ赤に染まっている。ピンク色の派手な甲冑も、銀色のきれいな髪も、黒いブーツもすべて血の色でコーティングしたかのような惨状。少しでも気を抜くと、待つのは死の結末のみ。そんな状態で彼女は俺を気遣っているのだ。
くそっ!
「ハリィ、頼みがあるのだけれど……」
『なーに? ユーマぁ』
「この魔剣……再び造り替えることはできないだろうか?」
『それがユーマのせんたくならー』
ハリィは俺の首から肩に移動して、ハリィネズミの体型に戻る。
「やってみよー」
「ありがとう! アリシア、すまないがあと少しの間俺を守っていてくれ!」
アリシアに呼びかけると、彼女はニコッと笑いかけてきた。
肩に乗っているハリィがそれに反応して手をパタパタ動かした。
もう、迷わない。
魔剣を使いこなせるかどうかは関係ない。
俺自身が魔剣に合わせて変わるんだ。
それができなければ……魔剣もろとも地獄に堕ちてやる!
俺は……
魔族の救世主になる男だ!