第二章5 『怪人が現れる条件』
「それで、コバヤシさんとレガーナさんはどうしてこの飛行船に?」
なんとか俺が尋ねると、コバヤシさんとレガーナさんは待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「わたしは勇者コバヤシだ」
「わたしは魔女レガーナよ」
いや、意味がわからない。
俺が頭をひねると、凪がそっとコバヤシさんとレガーナさんに教える。
「この名探偵は、『おまえら何言ってるの? 意味わかんねーよ』と言ってるよ」
「なんだって?」
「うそでしょ? 名探偵に解けない謎が?」
「『謎なのはおまえらのクレージーな脳みそのほうだ、頭は大丈夫かい?』と言ってるぞ」
「おい凪! さっきから適当なインチキばっかり言うな!」
俺は凪につっこむと、くるりとコバヤシさんとレガーナさんに向き直る。爽やかな笑顔を浮かべて、
「ええとですね。別に俺は一言もそんなことは……」
「開さん」とコバヤシさんが俺に詰め寄る。
まずい、やっぱり怒るよね。
「開さん」とレガーナさんも詰め寄ってきた。
「ごめんなさい。違うんです。本当に俺はなんにも――」
コバヤシさんとレガーナさんは俺の左右から肩を組んで、
「いや~。もうそんな冗談を言えるくらいに親しく思ってくれてるなんてな」
「もうわたしたち、誰がどう見ても親友ね」
あはははは、と楽しそうに二人は笑う。
ふう、よかった。この人たちがおバカで人が良くて。
「ふう、よかった。この人たちがおバカで人が良くて。と、開は言っているよ」と凪がなにげなく言った。
俺は肩に回っている二人の腕をほどいて、凪の頭をガッとつかんで俺の後ろに隠す。
コバヤシさんはくるっと俺に顔を向ける。
「ん? なにか言ったかい?」
「いいえなんにも!」
俺はぶんぶんと頭を横に振った。コバヤシさんに続けてレガーナさんが首をひねり、
「確かになにか聞こえたような」
「気のせいですよ。あはは」
「そうよね、あははは」
三人でまた笑い合っている中、俺は後ろにいる凪に小声で釘を刺す。
「勝手に俺の頭の中を読むなよ! もう余計なこと言うんじゃねーぞ! わかったか?」
「あいよ~」
ホントにわかってんのか? この返事。まあいいや。
俺は切り替えて、コバヤシさんとレガーナさんに聞いた。
「それで、お二人はどうしてこの飛行船に乗ったんですか? 品森社長に呼ばれたんですよね?」
「ああ。ハウルには、轟さんに呼ばれたのだ」
「ええ。わたしたち、轟さんとは親友なのよ」
要するに、なんだ? 友達だから呼ばれただけの、勇者と魔女の恰好をした……ええと、まだなんだかわからないぞ。
「大道芸人さん、とかですか?」
さらに聞くと、二人は首をかしげた。
「大道芸人? なんの話だ?」
「ダイドー・ゲーニンさん? 誰?」
レガーナさんに日本語が通じなかったにしても、コバヤシさんの反応を見るに、どうやら大道芸人ではないらしい。
「わたしは勇者コバヤシだが?」
「そうねえ。コバヤシは勇者コバヤシだし、わたしは魔女レガーナ。ダイドーさんは知らないわ」
「違うぞレガーナ。ダイドーさんじゃなくて、大道芸人というのは、おもしろい技を持った人のことなんだ」
「なるほどね。絵皆さんみたいな人のことね?」
「だ」
「そういうことなら、わたしたちは違うわね。他の人と間違えてるのかしら」
「ふむ。だな」
別に人違いじゃないよ。なにがふむだ。でも、そうなるとまた別に大道芸人がいるっていうのかよ! うわー頭が痛くなる! どうかこの人たちみたいな人じゃありませんように。これ以上の会話も不毛に思えるし、一度部屋に帰らせてもらおう。
「逸美ちゃん、トイレはどこかな?」
この流れで逸美ちゃんが「それは確か――」と教えてくれたら、俺が「あ、それじゃあ俺たちはこれで。またお昼に会いましょう」とかなんとか言ってこの場を離れられる。うん、それがいい。
しかし。
「開さん、トイレか。それならわたしが案内しよう。付き合うぞ」
「逸美さんも行っといたら、トイレ。わたしもお付き合いするわ」
なんでこうなるんだ。
「えっと。じゃ、じゃあ、お願いします」
「任せてくれ、開さん」
風が吹くほどの爽やかな笑顔で答えるコバヤシさんである。
こうして、俺たち四人はコバヤシさんとレガーナさんに連れられてトイレに行くことになってしまった。
歩きながらもコバヤシさんとレガーナさんは自分たちがしてきた冒険譚を、聞いてもないのに身ぶり手ぶりも加えて話して聞かせてくれた。
それによると、二人は魔王を倒す旅を続けており、異世界では一年前に魔王を倒して封印に成功し、その世界での一年に渡る旅を終え、つい最近も別の世界で冒険をしてきたそうだ。
俺がゲームに詳しくないからどのゲームの話をしているのかわからなかったけれど、まるで自分たちもその世界にいたみたいな体感で話してくれた。
「で、その魔王退治の旅っていうのは、一年もかかるゲームなんですか?」
そんな俺の素朴な質問にも、コバヤシさんは真剣に答える。
「ゲーム感覚じゃないさ。本気だったんだ。あのときも、ハンスさんがいなかったら、どうなっていたことか」
「そうね。チカラを合わせてこそだったわ」
なんだろう。協力対戦とかするタイプなのか? やっぱり俺には、どこまで本気なのかわからない。
「あの冒険で、わたしも勇者として一皮むけたな」
「いまのわたしがあるのも、ミンナさんのおかげね」
「なんかコバヤシさんとレガーナさんの話って実際にあった冒険の思い出話に聞こえるな」
俺がそう感想を言うと、凪はその横で、
「たまにいるんだよね、ゲームと現実の区別がつかなくなる人って」
「むしろゲームのほうから飛び出してきちゃったように見えるぞ、この人たち」
俺が小声で凪に言うが、凪は「あはは。言えてる」とのんきなものだ。
「でも、本当に冒険をしてきたみたいな感じするよね。だって普通じゃないもん」
と、逸美ちゃんも言った。
「うん。そうなんだよね。これを言ってるのが普通の人じゃないからな~」
単に、彼らが嘘をつく人間には思えなかったというのもある――本当にそうだとは信じてないけれど、まるで自伝のような語り口なのだ。だから、ゲームの話というより、冒険家がつい先日してきた冒険譚を聞いている気分になってきた。
突然、コバヤシさんは大声を張り上げた。
「そうだ! すっかり忘れていたぞ」
「急にどうしちゃったのよコバヤシ! 様子が変よ」
コバヤシさんはさっきからそんなもんだ。
「マッドカッターだ! あのマッドカッターが現れるのだ」
「オーマイガー!」
レガーナさんが頭を抱えた。
「オイリーガール」
と、レガーナさんの口調をマネて凪が鈴ちゃんの頬を指差す。
「あたしはオイリー肌じゃありません! しっとりすべすべしてるでしょ」
鈴ちゃんが凪の手をつかんで自分のほっぺたを触らせ、ドヤ顔をする。
「しっとりすべすべ~。でも鈴ちゃん、昨日は寝不足だね?」
「そうなんです。準備もしないといけないし楽しみだしで眠れなくて……て、適当なこと言わないでくださいっ」
俺がなに言ってんだろうなという目を逸美ちゃんに向けると、逸美ちゃんが照れたように頬を染めて、俺の手を取って自分のほっぺたに当てた。
「触りたいなら言ってくれたらいいのに~。どうかしら?」
「ちがーう! そうじゃないでしょ」
俺は凪に向き直って、
「マッドカッターについてだけど、現れるのにどんな条件があるの?」
このマイペースな情報屋は、すらりと答えてくれた。
「マッドカッターという怪人が現れるのに必要な条件は、たった一つ。それは、空の上で死者が出ること。すると、死人を増やそうとするようにマッドカッターが現れるって聞いたぜ。死の風が吹くって言われてるのさ」
凪の説明を聞いたコバヤシさんとレガーナさんは、途端に元気になった。
「なんだ、それなら現れようがないじゃないか」
「そうよ、誰も死ななければハッピーなままじゃない」
なんだ。つまり、なにもわからず騒いでいたのか。なんて人騒がせな勇者と魔女だ。
「それにしても、どこでそんな話を聞いたんですか?」
「ハッハッハ。気にするな、開さん。マッドカッターは現れないのだ」
「細かいことは忘れましょう」
そうかい。要は自分でもどこで聞いたのか覚えてないってことなのかな。
「その積み重ねで、人はダメになっていくんだ」
なんか凪が妙に悟ったようなことを言ったぞ。
いや、それより。
待てよ。
俺は足を止めて、
「ところで、あの、どこへ向かってるんですか? ここ、二階の個室エリアですよね?」
二人は二階に個室があって、そこに俺たちを呼ぶつもりなのか?
「コバヤシさんとレガーナさんの部屋って、二階なんですか?」
「違うぞ」
違うのかよ。
「わたしたちの部屋は三階よ」
六人しかいない三階のゲスト、その残り二人って、コバヤシさんとレガーナさんだったのかよ。同じ階にいるのがこの六人か。先が思いやられるな。
「わたしが301号室で、レガーナが302号室だ」
さいで。
「じゃあどうして、二階の個室エリアなんですか?」
レガーナさんが当然のように言う。
「コバヤシが開さんたちを絵皆さんに紹介したいからよ」
「ああ、さっき言ってた大道芸人みたいな人か……って、なんでコバヤシさんが俺たちを紹介するんですか?」
「知り合いなんですか?」と逸美ちゃんが尋ねる。
「そうだな。友達だ。わたしたちも絵皆さんにはさっき会ったばかりなんだが、おもしろい人なんだ」
ククっと笑っておかしそうに話してくれるコバヤシさんだけれど、こいつらよりおもしろい人はそうそういないと思うぞ。
「開さんも見ればわかるさ。ビックリするぞ」
「逸美さんもビックリするわよ。飛び跳ねるかもしれないわ」
「凪さんも驚いておかしくはないな」
「鈴さんは……フフフ」
「なんなんですかっ」
笑いを堪えるようにしているレガーナさんに、鈴ちゃんが赤面しながらつっこむ。
しかし、そんなヤバイ人なのか。
203号室のドアを開けるコバヤシさん。ノックくらいしろよ。
「やあ。わたしだ」
「ハロー。わたしよ」