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第二章3   『馬鹿騒ぎする勇者と魔女』

 さっきの高菜さんとの会話が何分くらいのものだったかわからないが、部屋にいても仕方ないと思い、俺はすぐに個室から出た。

「早かったな。まだ二分はあるぞ」

 そこにはクールな瞳をこちらに向け、凛然と立ち尽くしている高菜さんの姿があった。

「逸美ちゃんはまだみたいですね」

「そのようだな。他二人もまだ来ていない。さっきは言い忘れていたが、キミはなにか、わたしに聞いておきたいことはないか?」

 他に情報がないとか言っておいて、聞きたいことって言われてもな……。意外とうっかりやさんなのかな、この人。

「ええと、じゃあこれから起きることについて」

「それは話せないと言ったじゃないか」

「わかってますよ。そこでなんですが、なにかが起こったとき、俺はどうやって高菜さんを頼ったらいいんですか?」

「なあに、ただ、わたしに会いに来てくれればいい。そして話を聞けばいい。アドバイスの一つや二つくらいできるかもしれない。未来のことについては話せないがな」

「そうですか」

「他にはあるか?」

 他に、か。それなら、高菜さん本人について聞かせてもらうか。たわいもない世間話ってやつだ。

「そうですね、それなら、高菜さんは品森社長の秘書になる前、なにをなさっていたんですか?」

「そんなことか」

 興味なさそうに高菜さんは息をついた。この質問はおもしろくなかったらしい。

「秘書についてまだ三週間って言うし、まだ若いようだから、もしかして大学を出てすぐ秘書になったのかなって思って」

「まあ、その認識で構わない。キミは賢そうだが、そんなことを聞くとはな」

「俺は別に、高菜さんが期待するほど賢くはないですよ。あの、高菜さん。もう一つ確認」

「なんだ?」

「高菜さんがさっき言ったこと、みんなには黙っていたほうがいいですか?」

「それくらい、キミならわかるだろ?」

 試すように言われた。まあ、わかってるけどね。

「確認ですよ。言ってみただけです。みんなには黙ってますよ」

 聞かずもがな。わざわざ荷物を置いて十五分に部屋から出てくるように言いつけ、俺たちを隔離したのだ。俺だけに話したいことがあった――だったら、他の三人には聞かれたくない話のはずだ。凪のことも必死に追っ払っていたしな。

 と。

 ここで、高菜さんとの会話が切断された。

 ――逸美ちゃんが部屋から出てきた。

「すみません。お待たせしました。荷物の整理にちょっと手間取っちゃって」

「ただいま戻りました」

 鈴ちゃんも306号室から出てきて小走りに近寄って来る。

 しかし凪が来ない。

「凪のやつなにやってんだか。俺、呼んできましょうか?」

「ええ。ではお願いします」

 高菜さんは秘書の顔になって、また敬語に戻ってる。逸美ちゃんや鈴ちゃんの前だからか。

「じゃあ行ってきますね」

「いってらっしゃい。すぐに戻ってこいよ」

 と、凪が手を振る。

「うん!」

 俺は305号室に歩き出すと、後ろから凪に言われる。

「ほら、駆け足っ。時間ないよ」

「わかったって。急ぐよ。急げばいいんでしょ? じゃなーい! おまえそこにいたのかよ! だったら呼びに行く必要ないじゃないか!」

 凪は不思議そうに俺を見て、

「そういえば開、なにしに行くつもりだったの?」

「見りゃわかんだろ! おまえを呼びにだよ! 一体いつからいたんだよ」

「ぼく荷物置いたらすぐに自分の部屋出たから、ちょっと散歩して戻ってからはずっとここにいたかな」

「どこから話聞いてた?」

「なんの話?」

 こうしらばっくれられると、追及の仕様がない。まあ、廊下に出てからの会話を聞かれていてもこいつにならいいか。未来がどうこうってことも言ってたけど、特に事件や謎解きって単語は出してないしな。

 チラっと高菜さんを見ると、警戒心をむき出しにして怪しいやつでも見るように凪を凝視している。クールで動揺なんてしない人に見えたけど、さっきの件もあるし、さすがに凪相手に常に平静は難しいよな。

 俺は高菜さんに言う。

「凪も来たことですし、行きましょうか」

「え、ええ。では、ご案内しましょう」

 まだかすかに動揺は残っているようだったが、高菜さんはさっそく案内に移った。

 逸美ちゃんが俺に小声でしゃべりかける。

「ねえ、開くん」

「なに?」

「この飛行船について、聞きたいことをまとめた紙があったんだけどね、どこにあったのか見つからなくて、探してたのよ」

「見つかったんだ?」

「うん。楽しみ~」

「ふふっ。よかったね」

 と、俺は微笑みを返す。

「そっか~。このあとなにか起こりそうだし、ぼくも色々楽しみだなぁ。ね、藤堂くん」

 凪に呼びかけられて同意を求められ、高菜さんはギクッと顔だけ振り向いた。

「で、ですね」

 高菜さんはちょっとだけ焦ったように答えた。そしてまた急いで前を向く。凪のやつ、こりゃあ完全に高菜さんのブラックリストに乗ったな。

 飛行船に乗って十五分、俺は落ち着くヒマもなく、飛行船の案内に繰り出した。


 飛行船にはいろいろな施設があった。

 知的好奇心が旺盛な逸美ちゃんは、自分の知識と照らし合わせて観察したり、気になった点を高菜さんに尋ねたりしながら、中学生が社会科見学をするみたいに楽しんでいる様子だった。

 逸美ちゃんが質問する。

「そういえば藤堂さん。この飛行船、『ハウル=フォレスィング号』には、何人の乗客がいるんですか?」

聞きそびれてつい確認できていなかった事項だ。逸美ちゃんが聞いてくれなきゃ忘れるところだった。

 高菜さんはその数が頭に入っているのか、さらりと答えた。

「現在この飛行船は、二名のパイロットを含めて、二十人の人間が乗っています」

「意外と少ないんですね。あたし、もうちょっと乗客が多いと思ってました」

 鈴ちゃんがそう感想を漏らす。

「俺も。てっきりその倍は乗ってると思ってた。だってこれだけの設備と大きさだし。この『ハウル=フォレスィング号』なんていう特殊飛行船を作る品森社長にしては、二十人っていうのは少しささやかな規模だよね」

 凪は頭の後ろで手を組んだまま言う。

「まあ、催し物をするには客は多いほうが盛り上がるけど、何もできないただの観客を乗せなかったら、互いがショーをし合ったりするのによさそうな人数だとぼくは思うぜ」

「そっか。凪の言うことにも一理あるか」

 案内された場所はたくさんあった――映画館みたいなシアターや、アーケードゲームができるゲームコーナー、ビリヤードやダーツができるバー、天井がガラスのようになって空を見通すことができる開放的な展望室、清潔感漂うレストラン、他には医務室やラウンジなど――俺たち乗客が利用できる施設だけでもこれだけあるのだ。

 間もなく、次の案内で最後になるらしい。

 高菜さんは言った。

「次は、食堂です」

「食堂ですか。食事はそこになるんですか?」

「ええ。このあと、十二時半から昼食になります」

 そうこう話しているうちに、食堂に到着した。

 高菜さんが第一声。

「ここが食堂です」

 食堂は先に見たレストランと違って、それほど大きくなかった。天井も高く、広さはバスケットボールのコート一つ分くらいはある。円形の丸テーブルが三つあった。食堂というより、カフェと多目的ホールを合わせたような雰囲気だ。

「ここで昼食なんですよね?」

 俺が尋ねると、高菜さんは説明をはじめた。

「ええ。十二時半よりこちらで昼食となります。席は決まっています。皆さんが来られたらご案内しますので、いまは食堂の場所を頭に入れてくだされば結構です」

 了解。

 逸美ちゃんと鈴ちゃんも「はい」とうなずく。

「いま十一時半を過ぎたくらいだから、ゆっくりする時間はありそうだね」

 凪が腕時計を見ながら言うのを無視して、高菜さんは昼食についての説明を付け加える。

「この船内での食事は、品森が選んだ超一級の優秀なシェフが作っています。彼はイタリア料理と日本料理を得意としており、今日の昼食はイタリア料理とのことです」

 超一級の優秀なシェフが作るランチ。楽しみだ。

「さて。これで一通り案内はしました。なにか聞きたいことはありますか? なければ、このあとはご自由に過ごされて構いません」

「俺からはありません」

「わたしも」

「そうですか。それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 くるりと高菜さんはきびすを返そうとする。それを、俺は引き留めた。

「ところで。あの人たちは誰ですか?」

 高菜さんは振り返って、俺の言う「あの人たち」を見やった。

「彼らは、コバヤシさんとレガーナさんです。では」

「ちょっと待って! 明らかにおかしいでしょ! なんなのあれ」

 しかし俺の抗議の声はコバヤシさんとレガーナさんの大声にかき消された。彼らはさっきから大声で(しかも二人だけで)馬鹿騒ぎしているのだ。

「高菜さん、あっちの男の人がコバヤシさんで女の人がレガーナさん?」

「そうなります」

 謎の二人組・コバヤシとレガーナ。

 二十歳くらいの男女のカップルのようで、男のほうがコバヤシ、女のほうがレガーナ。

 コバヤシさんは、まず、容姿端麗、華やかさがあり、いままで見てきた人間の中でも唯一、完全無欠のうちの所長に引けを取らない完璧なルックスを持っていて、所長の美麗さに対してコバヤシさんは精悍な端整さがある――背もうちの所長とほぼ同じだから、一八〇センチ強ってところだろう。漆黒の髪にダークブラックの瞳、カタカナ表記な呼ばれ方をしているけれど、日本人で間違いない。

 続いて。

 レガーナさんは、一言で言うと絶世の美女だ。このコバヤシさんと並んでいてもなんの違和感もないほど自然で、それどころか互いを引き立たせるような奇妙な調和がある。レガーナって名前からもわかるが、長い金色の巻き髪とエメラルドグリーンの瞳、彼女は外国の人なんだろう(日本語がこの上なくうまいけれど)。背は逸美ちゃんよりほんの少し高いから、一七〇センチってところか。

 どこにいても注目を集める美貌を持った二人組。

 だが――彼らはおかしい。

 コバヤシさんとレガーナさんは、明らかにおかしいのだ。

 なぜなら、コバヤシさんは中世の騎士やマンガの世界の勇者のような衣装を身につけ、マントをひらつかせては腰には本物みたいな造りの剣を携え、一方のレガーナさんは魔女を思わせるような鮮やかな緑色のローブを身にまとい、手には魔法の杖と思われる木の杖が握られている。

 この人たち、天真爛漫過ぎだしテンションもおかしいし、役者というより旅の大道芸人かコスプレイヤーか、そういう人っぽくも見える。

 俺はぽつりとつぶやいた。

「しかし、なんであんなに騒いでるんだ?」

第一章1『空飛ぶクジラ』に、逸美と開と凪と鈴の立ち絵イラストを追加しました。よかったら見てくださいね。他のキャラクターの立ち絵イラストも描けたら随時追加予定です。

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