第七章6 『怪盗ゼロの回転式拳銃』
「開さん。いいですか?」
誰かと思って振り向くと、俺の肩を叩いたのは、久我笹さんだった。常に張り付けた笑みは冷笑的で、この人がなにを言おうとしているのか、俺にはまったく読めない。
「ええ。なんですか?」
「ひゃあ。すごい! 怪盗ゼロさんってなかなかカッコイイじゃないッスか。仮面で顔が見えないから気にしたことなかったです。カッコイイのは顔じゃなくてシルエットですけどね」
いまも阪槻さんが殴りかかるのを流麗にかわす怪盗ゼロを見る久我笹さん。俺にしゃべりかけておいてそっちに夢中とは、困ったもんだ。
「で、なん……」
たまらず聞こうとするが、久我笹さんは急にしゃべり出した。
「さっきね。左遠さん飛び降りちゃいましたよ」
「え?」
唐突のことに状況が理解できずそれしか言えないでいると、久我笹さんは俺の反応も気にせず説明をはじめた。
「阪槻さんと怪盗ゼロさんが戦い始めた時です。開さん見てなかったんスか? なんか自分の手首がしばってある紐を無理やりほどこうとしてたら足を滑らしちゃったんスよ。ウケますよね。まあ。あの人美形じゃないんでおれとしてはどうでもいいんスけど。ひゃあ。あれ? 開さん驚きました? あ。阪槻さん頑張ってますねー。全力ですね。あれ」
また阪槻さんと怪盗ゼロのやり合いをのんきに眺める久我笹さん。この人、真面目に話す気あるのか?
しかしそんなことより、左遠さん……。勝手に飛び降りたりなんかして、ふざけてる。落ちたら確実に死ぬ。また一人、この飛行船で死んでしまった。有加里ちゃんを殺した罪を償うべきなのに、それをさせられないなんて。俺はやり切れない気持ちが湧いた。
けど、いまは他にやるべきことがある。
気持ちを無理やり切り替えて、有加里ちゃんと左遠さんのことは頭の隅に追いやった。
俺の横では久我笹さんがまたよく回る舌を動かして、
「これで開さんたち少年探偵団を除いてこの飛行船に残った人たちは特殊な人だけになりましたね。阪槻さんのあれも超能力みたいなもんですし。ひゃあ。ウソ? そういえば医務室にいる人たちは普通の人でしたね」
と、久我笹さんはおかしそうに笑った。
「確かに。阪槻さんのあれは超能力ですね」
阪槻さん同様一種の超能力じみたチカラで他人が言ってほしいことがわかる平大平さんは死んでいるが、竹戸さんは水墨画の道を極めた天才だったけど人間性としては勇敢なだけでちゃんとした人そうだった。
あれ? だったら、他の人は? パイロットの二人がどうなのかは別として……と考えていると、
「あ。開さん。そろそろ見所ッス」
そう言われて、俺は怪盗ゼロと阪槻さんの二人に目を向けた。
二人は見合っている。
燃料タンクと動力室が無事なら、致命傷は避けられるし、せっかくのチャンスだ、ゼロが阪槻さんとの戦いで弱ったところをとっ捕まえてやる!
さっさっさっと、ゼロが下がって距離を取ると、上着の内ポケットから銃を取り出した。
「随分物騒なモン持ち込んでんだな、テメー」
と、阪槻さんは不機嫌そうに口元をゆがめる。
「こいつはそれほど物騒なモンじゃないさ。オレの相棒、回転式拳銃だ」
怪盗ゼロの言う通り、あれはただの銃ではない。こいつは人殺しはしない。その銃は、特殊な改造が施されていて、高威力なBB弾、逃走用のロープ、フラッシュライト、空中逃走用のバルーン、花吹雪など、俺が知っているだけでも様々なモノが射出される。
「そろそろ遊びは終わりにしようぜ」
ゼロは銃を撃った。
なにが出るんだ?
目を瞠っていると。
銃から飛び出したのは、ロープだった。
ロープの先はかぎ状になっていて、まっすぐ伸びたロープは向こう側の壁にひっかかり、ゼロは銃を手放した。
そして。
パチン。
ゼロが指を鳴らすと、銃はいつのまにか張られていたワイヤーを辿って、阪槻さんを縛り上げた。戦っている最中にワイヤーを張り巡らせていたのか。そしてロープの伸縮まで利用して銃を動かしてロープを移動させたのだ。
「テメー! この野郎! ほどきやがれ!」
「やなこった」
「おー。お見事!」
と、久我笹さんは笑顔で拍手を送る。のんきなもんだ。
ゼロはカツカツと靴を鳴らして銃を取りに行き、銃を手にして俺に向き直ると、その銃をこちらに向けてきた。普通の銃にはない特殊なレバーを中指で引き、カチャと回転させて効果を切り替える。
「これで、邪魔するのはキミたち少年探偵団だけになった。そういうことで、オレはお先に失礼させてもらうよ。探偵王子」
今度はなんだ?
俺が身構えていると。
「バン」
声に出して言って、ニヤリと笑うゼロ。
果たしてその中身は、ただの花吹雪だった。だが、盛大な花吹雪は視界を塞ぐしなによりちまちまと邪魔をするのだ。
この隙にゼロは展望室を出て行った。
「逃がすか! 逸美ちゃんは爆弾のほうを頼んだ!」
「任せて! 開くん、手錠!」
「サンキュー」
逸美ちゃんから怪盗ゼロを捕まえるための手錠を受け取り、俺は展望室を出た。




