第七章2 『爆弾探し開始』
前に、入江杏はあどけない微笑みを浮かべ、言っていた。
――わたくしの一存で、勝手ながら判断させていただきました。わたくしも、任務はありますが、一個人でもあるんですよ。
要は、彼女が俺を頼ったのも俺だけ特別に爆破から逃れさせようとしたのも個人的な行動、つまりはスタンドプレーだったのだろう。宇宙人といえど、感情はあるのだろうか。
いなくなった入江杏の姿を探すのをやめた俺は、逸美ちゃんの元へと駆け寄った。
逸美ちゃんの横には鈴ちゃんと絵皆さんもいる。なるべくなら逸美ちゃんと鈴ちゃん以外にはあまり口外したくないが、絵皆さんくらいならいいだろう。
俺は絵皆さんに構わず、逸美ちゃんに言った。
「爆弾があるらしい。全部で五つあるって」
鈴ちゃんは「ひえ~」と声を漏らして頭を抱える。対して逸美ちゃんは落ち着いて話を聞いて、納得した。
「やっぱりいまのは爆弾だったのね。でも、どうして五つあるってわかるの?」
絵皆さんも身を乗り出して、
「そうだよ。開くん、どういうこと?」
細かいことは言っても信じてもらえないだろう。詳細の説明はあとってことで、これだけ言わせてもらおう。
「さっき、入江さんが言ってたんだ」
しかし。
逸美ちゃんも絵皆さんも首をひねった。
「入江さん? 誰?」
「開くんの知り合い?」
誰って、左遠さんの秘書の…………そう言おうとして、すんでのところで俺は口を噤んだ。そうか。記憶を消されたのか。おそらく、存在自体もなかったことになっているのだ。
「なに言ってのさ、二人共。宇宙人だよ」
凪がこんなことを言っても、誰も信じない。
「先輩、なにくだらないこと言ってるんですか」
鈴ちゃんがジト目で凪を見る。
さっきまで入江杏の宇宙人発言が頭痛が起こることで禁止されていたのも合わせて考えると、凪が冗談を言ってるとしか思えないから禁止する必要もない。つまり、入江杏が最初からいなかったように記憶か歴史が書き換えられたのだ。
「凪、いまはそのことを言っても仕方ない」
「そうみたいだね。爆弾の解除が先決か」
「だな」
「なにこそこそ話してるの?」
逸美ちゃんに聞かれて、俺は言う。
「とにかく。いまので二つ爆発したから、残り三つある爆弾を探さないと。船内のどこかにはあるはずだ」
「わかったわ。でも、他の人たちにはどう説明する?」
みんなまだ動揺している。彼らにすべて説明して協力を仰いでも状況が好転するとは思えない。というか、まず阪槻さんに関わりたくなかった。
「俺が高菜さんに言って、みんなはここで固まっているようにお願いする。爆弾は、俺たち五人で探そう」
逸美ちゃんはうなずいた。
とっさのことに、ただのマジシャンである絵皆さんは困惑すると思いきや、
「よし、開くんが言うんだ。信じるよ。ま、アタシは頭を使うのは苦手だけど身体を使うことなら任せときな! じゃあ、アタシらは先に行こうか!」
トンと俺の肩をたたくと、絵皆さんは逸美ちゃんと鈴ちゃんを連れて展望室を出て行った。これは思った以上に頼りになるな。
「てことで、開。ぼくもお先に~」
凪が手を振る。
「ああ。頼む」
さてと。
俺は高菜さんに状況説明をしに行った。
かくかくしかじか。高菜さんには、爆弾が仕掛けられていることと、その爆弾が残り三つであること、そしてここにいる人たちを留めておいてほしい旨を伝えた。
ふと、吸い込まれるように高菜さんの瞳を見る。
「やっぱり、アサガオみたいですね。高菜さんの瞳は」
一瞬ポカンとしたように目を丸くした高菜さんだったが、やや遅れて聞き返す。
「どういう意味だ?」
「あ、いえ。高菜さんの瞳の虹彩がアサガオ模様に見えるなあと」
そういえば、この高菜さんは知らないんだったな。自分の虹彩がアサガオ模様なこと。
「そうか。あとで確認してみるかな。しかし、探偵というのはそこまで観察するモノなんだな。わたし自身が気づかないことにまで気づくとは」
「これは観察ってより、感想ですよ」とかなんか言って、俺は適当にごまかすこととした。
天才料理人、桐沢さん――彼に扮した怪盗ゼロに、視線を移す。
あの怪盗は終始冷静だった。俺と高菜さんの会話を聞くには少し距離があったが、一瞬目が合って微笑みかけられた。
俺は高菜さんにこの場を任せますと告げる。うなずく高菜さんに一言。
「それじゃ高菜さん。行って来ますね」
俺は展望室を出た。
ていっても、どこから探すべきだ?
いかんせん、この飛行船は広い。どこに爆弾があってもおかしくないほどだ。
「まったく」
面倒なことをしてくれたな、入江杏。
俺はとりあえず、爆弾を仕掛けた場合、機体を破壊するために効果的な場所を見て回ることにした。
となると、はじめは燃料タンクからだ。普通の一般的なジェット機では、燃料タンクは主翼にある場合が多い(揚力を調整するためだ)。しかしこのハウルは、形状的には飛行船である――だから、ハウルには、翼がない。
そこでこのハウルでは、燃料を機体の中心に置くことでバランスを取っているのである。厳密には中心より少し前方にウェイトがあり、重い燃料を積載するにはこの機体に合っているらしい。
そして、動力室がその後ろにある。さっきも凪に連れて行かれて、その帰りに怪盗ゼロに会った。だから道は覚えている。
――見つけた。
『動力室』と書かれたプレート。その重そうな扉の前に辿り着いた。
さて、俺は銀色の扉を押し開けた。
「タンクは……。あれか……?」
ぐるりと見回した室内において、タンクを発見した。俺なら、爆弾はタンクに貼り付けるようにして置いておく。
見逃しがないよう、目を光らせつつ周囲を回る。
すると、やはり推測通り、タンクの注ぎ口付近にあった。どうやら時限式のようだ。これを外して解除すればいいんだろうが、しかしコードが何本かあって、どれを切ればいいのやらわからない。
まずは、これを持って展望室に戻るべきか。
俺にはどのコードがどうだかなんてわからない。まあ、戻ったところで阪槻さんや高菜さんが解除できるとも思えないけれど、膨大な知識を持つ逸美ちゃんなら、もしかしたら解除できるかもしれない。もしくは、凪と鈴ちゃんが解除するための情報を仕入れてるかもしれない。爆発まであと五分はある。
揺れや爆音が聞こえないことからも、逸美ちゃんや絵皆さんが探している爆弾はまだ大丈夫みたいだ。
続けて、一応動力室を見てみる。
しかし、そこには爆弾は見つからなかった。ふむ。もっとバラけた場所に設置したのだろう。
さあ、急いで戻って、要相談だ。
俺が爆弾片手に展望室へ走っていると、角でばったり逸美ちゃんと出くわした。
「開くん」
「ああ、逸美ちゃん。どう? こっちはひとつ見つけたけど」
「わたしのほうは見つからなかった。もう少し探したほうがいいよね」
「うん。でもその前に、逸美ちゃんはわかる? これの解除法」
「どうかしら」
と、逸美ちゃんは自分の知識を手繰っていくような思案顔になる。
「うーん。コードが問題なのよねぇ」
時間さえあれば解除できるだろうか。
そのとき、廊下の先から声が聞こえた。
曲がり角から姿を見せたのは、鈴ちゃんと絵皆さんだ。
「開さんに逸美さん」
鈴ちゃんが俺たちに気付き、俺たち四人が集まった。そこに、ちょうどふわふわした足取りで凪まで登場した。俺を指差して、
「見っけ! 開じゃないか。偶然だね」
「ああ。凪、なにか見つけた?」
凪はキザにため息をつく。
「いや。残念ながら。しかし開、その顔を見る限りキミのほうは収穫があったようだね」
「顔の前に手でわかるだろ」
俺は手に持ってる爆弾を顔の高さに上げて、
「この通り、俺は一つ見つけた。燃料タンクにあったよ」
「お~。さすが開。やるね。ペットショップだよ」
「グッジョブって言いたいのか?」
「それそれ。逸美さんは?」
「わたしは見つからなかった~」と逸美ちゃん。
「それで、絵皆ちゃんは?」
「アタシはまだ。どこにあるのかさっぱりよ」
お手上げのポーズを取る絵皆さん。
「そうか……。残る爆弾はあと二つ……」
とつぶやき、凪は腕を組む。
「あたしにも聞いてくださいよっ!」
この件でひとり凪に無視されていた鈴ちゃんがほっぺたを膨らませて抗議の声を上げた。
「え~」
「なんで嫌そうなんですかっ!」
「しょうがないな~。どうだった? 見つかったの?」
「い、いえ……。まだですけど」
赤面しつつ決まり悪そうに小声で答える鈴ちゃん。
「だったら言わないでよね。こっちだって忙しいんだから」
「聞くのが礼儀でしょ! べっ、別に爆弾くらいすぐに見つけてみせますよ!」
「へいへい。じゃあみんな、爆弾探し再開~」
パンパンと手叩きする凪の合図で、俺たちは次の行動に移る。
絵皆さんは袖をまくってやる気満々だ。
「見つけるぞー」
俺は逸美ちゃんに爆弾を渡す。
「先に展望室に戻ってて。爆弾の解除頼んだ。俺は残りを見つけてくるから」
「わかったわ。開くん、無理はしないでね」
「うん。大丈夫」
逸美ちゃんは展望室へときびすを返した。
俺は歩き出す。
後ろで凪と鈴ちゃんがしーんとしたまま突っ立っていたが、凪が「じゃ」と言うと、鈴ちゃんも「絶対見つけますからね!」と、もはやハウルと自分たちの命のためというより意地のために意気込んでいた。
さて、俺も探そう。




