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第二章1   『水先案内人はクールなお姉さん』

 アナウンスが流れる。

『皆様、おはようございます。本日はお越しいただき、まことにありがとうございます。これより「ハウル=フォレスィング号」は皆様を乗せ、アメリカ・ニューヨークまで行くことになります。機長はわたくし、城菱博史しろひしひろしが務めます』

 時刻は十一時五分。

 品森社長が左手に消えて、俺たち四人と藤堂さんが残された搭乗口はすでに閉まっていた。

 城菱機長のバリトンボイスがアナウンスを続ける。

『当機は非常に特殊な構造を持っている飛行船です。基本の動力は通常の航空機のモノではありますが、離着陸時のお客様の負荷を最小限に抑えるため、垂直に上昇し離陸します。ですから、当機におきましては、シートベルト着用の必要性がございません。それでは、まもなく離陸します』

 ここで、アナウンスが途切れる。

「シートベルトとかって、ホントにしなくてもいいんですか?」

 と、藤堂さんに尋ねた。

「ええ」

 それだけ言って、藤堂さんは歩き出した。

「では、まずはこちらへ」

 ついて来い、ということだろうか。なにか見せたいものでもあるのか?

 俺は逸美ちゃんと顔を見合せて、藤堂さんに続いた。

 数メートル進んだ先には窓があった。

 離陸しているのがわかる。

 徐々に地面から遠ざかってゆく。

 逸美ちゃんが声を弾ませて、

「うわあ。すごいよ開くんっ!」

「なんだか、エレベーターに乗ってるみたいな感じだね」

 俺も胸を躍らせて答えた。

 なるほど。藤堂さんはこれを見せようとしてくれたのか。エレベーターと違って建物という支えがなく、ヘリコプターなんかとも違ってプロペラ音も聞こえないから、ちょっと不思議な感覚だ。

 凪は感心したようにうなずき、

「ほうほう。人がノミのようだ」

「確かに、人がノミみたいに小さくなってますね。て、それを言うなら人がゴミのよう、でしょう?」

 ノリツッコミする鈴ちゃんに、凪が呆れた目を向ける。

「おい、鈴ちゃん。人をゴミ扱いはひどいぜ」

「先輩が言い出したことですっ」

 やれやれ。鈴ちゃんがつっこんでくれてるから、俺は凪の相手をしなくて済むから楽でいい。悪いけどしばらく任せちゃおう。

 しかしこの飛行船、どういう仕組みで動いているんだ? さすがは品森グループが作った特別プライベートジェット・特殊飛行船「ハウル=フォレスィング号」だ。

 上空何千メートルまで来ただろうか――ある点で、ピタリと静止した(いや、実際には地上から距離があり過ぎて、もう距離感がつかめないから、動いているかどうかもわからないんだけれど)。

 そして再び、アナウンスが流れる。

 城菱機長のバリトンボイスが状況を説明してくれた。

『当機は無事、離陸に成功しました。これより、垂直上昇を終え、水平移動に切り替わります。この先は特殊な事態にでもならない限りは揺れもございませんので、皆様はどうぞ、安全な空の旅を楽しんでください。以上、機長の城菱でした』

 そういえば。

「英語によるアナウンスがなかったってことは、日本人しかこの飛行船には乗っていないのかな?」

「ええ。開さんの言うように、基本的にはそうなります」

「それじゃあ、機長はガトリンボルトだから見た目もダンディーなの?」

 と凪が聞く。

「ガトリンもボルトも陸上選手です。城菱機長はバリトンボイスのイメージ通りの見た目ですよ」

 淡々と言い間違いの訂正までして答えてくれる藤堂さん。この人、優秀だ。

「皆さん。それでは、まずは個室へとご案内します。こちらへついて来てください」

「はい」と逸美ちゃん。

「お願いします」

 俺も歩き出した藤堂さんの背中にそう言って、窓から離れた。

 凪は楽しそうに船内を見回しながら、

「それにしても、これが飛行船だっていうのは、信じられないね~」

「うん。旅客機はこんなスペースの使い方しないし、まずシステムがわからないよ」

 俺の疑問にも物知りな逸美ちゃんが教えてくれる。

「確か、普通の垂直離着機よりも、かなり少ないエネルギーで離着陸できるって聞いたわ」

「へえ。でも、つまり普通の垂直離着機は結構エネルギーを使うってこと?」

「うん。普通は、離着陸時に積載燃料の約八割を使ってしまうみたいなんだけれど、この飛行船は画期的なシステムを導入しているって、前にニュースで見たわ」

「そうなんだ」

 俺はそんなニュース聞いたこともない。なんでも知っている逸美ちゃんの広才博識ぶりは、広辞苑的な知識によらず、あらゆる分野に精通している。まあ、「専門知識とかは上澄みしか知らないのよ」って本人は言っていたけれど。しかし、逸美ちゃんの知識量は俺の知る限り、所長を除いた誰よりも膨大なものなのだ。

 しばらくして、藤堂さんが足を止めた。

「こちら303号室が密逸美さんの個室、304号室が明智開さんの個室です。また、その先にある305号室が柳屋凪さん、306号室が御涼鈴さんの個室になります。皆さん、どうぞ中に入って、貴重品を持参の上、荷物を置いてきてください」

「はい。わかりました」

「部屋が隣でよかったね、開くん。これで開くんだけちょっと離れた部屋になったら、お姉ちゃん心配だよ」

「人前ではやめてよ」

 と、小声で注意する。なんか恥ずかしいじゃないか。

「ぼくも相棒と離れ離れになったら心配だよ」

「誰が相棒だ!」

「ふふっ。二人共仲良しさんね。それじゃあ、荷物を置いてこようっと」

 と、逸美ちゃんがくるりと背を向けた。

「ぼくも荷物を置いてこようっと」

「あたしも」

 三人が動き出す。

 逸美ちゃんが303号室のドアを開けたとき、藤堂さんが声をかける。

「わたしも一度席を外すので、十一時十五分に部屋から出てきてください」

 十一時十五分っていうと、あと五分以上ある。十分弱もあるのか。なにか用事でもあるのかな。それともただの配慮? いずれにしろ、それまでは部屋がどんなふうになっているかゆっくり見ているとしよう。

 逸美ちゃんも、「はい。わかりました」と入室して303号室の扉をバタンと閉めた。

 さて、凪と鈴ちゃんも部屋に入って行ったし、俺も荷物を置いてくるか。まずはドアを開ける。部屋は、普通のビジネスホテルよりも少し広いくらいだ。

「じゃ、ちょっと荷物置いてきますね」

 一応、藤堂さんに断って部屋に右足を踏み入れる。

 しかし。

「ちょっと開さんのお部屋、よろしいですか?」

「え? ええ、まあ」

 なにか問題でもあるのか? 俺の横を通り過ぎて、当の俺よりも先に304号室に入って行った。

「藤堂さん。なにか問題でもありました?」

 長身の秘書は長い髪をハラリと揺らせて振り返り、俺の手を引いて部屋に入れて、ドアを閉めた。その形がなんか壁ドンみたいだ。彼女の背が高いからなんだかすごく様になっているような気がする。男の俺でもついカッコイイと思ってしまったほどだ。

 そのまま、藤堂さんは俺の目を見据えた。

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