第六章3 『密室破り』
「さて」
そう切り出す。
「まずは先程の、理嘉有加里を殺害した密室からいきましょう。密室破りから始めます」
さっと、俺は見回した。
「もったいぶっても仕方ないですからね。単刀直入に聞きましょう。犯人は、あなたですね」
俺は、犯人を見つめる。
「それで?」
しかし余裕そうに聞き返される。
俺はポケットに手を入れて、淡々と、相手の反応は関係ないとでもいうように、揺るぎない自信を持ったフリをして、口を開いた。
「あなたは密室を作り、理嘉有加里を殺した。密室といえば、考えるべきは普通、どうやって犯行を行い、どうやって部屋を出たかだ。しかし今回着眼すべきはそこじゃない」
「別のアプローチってこと?」
と、逸美ちゃんが相槌を挟む。
俺はうなずいて、
「まずは、手紙。あんな手紙を寄越したのは、むろん、理嘉有加里本人じゃない。あなただ。キレイ過ぎる特徴のない文字は、筆跡を隠すため。そして、密室を開けるためでもある」
「密室を開けるため?」
「そう。密室は、高菜さんの持つ合鍵で開けてもらえばいいんだ」
「そうしたら、有加里ちゃんを殺すのは、零時にみんなで部屋に入ったときってこと? でも、検死の結果、死んだのは二時間から三時間前よ。それだと、死亡推定時刻と合わないわ」
丁寧な逸美ちゃんの解説。その反証を示すのが一番手っ取り早いのだ。
「死んだ時間は、言う通り、二時間から三時間前になるだろう。ではなぜ密室を開けることと手紙が繋がるのか。ややこしいが理由は簡単だ。手紙で呼び出し、合鍵であの部屋を開け、そして理嘉有加里の胸にナイフを突き立てる――ただそれだけのためだ」
すると、これまで黙って話に耳を傾けていた犯人が、
「だからそれだと、死亡推定時刻と合わない」
と言い切る。
「合わなくてもいいんですよ。なぜなら、ナイフを突き立てるべき理嘉有加里は、もう死んでいるから。あなたは、死んだ理嘉有加里の胸にナイフを突き立てたんだ。じゃあ殺害方法はなにか。毒殺だ。毒を盛って、二、三時間前に殺した。では毒を盛ったのはどこか――ペットボトル。トマトジュースに毒を盛って殺したんだ。違いますか?」
「いつ? いつ毒を仕込んだと?」
「食後です。理嘉有加里が言ってましたよね。いつも風呂上がりにトマトジュースを飲むって。さらに、トマトジュースはキッチンの冷蔵庫にあると教えられた。いつでも自由に取って行って構わないと。ゆえに、冷蔵庫のトマトジュースに毒を盛っておけば、理嘉有加里が手に取ると確信できる」
「だから、有加里ちゃんは洗面所にいたのね」
そう。彼女が殺されたのは、洗面所だ。
「ついで、理嘉有加里が洗面所にいるメリットがあります。彼女が洗面所にいれば、みんなといっしょに彼女の部屋に入りながら、彼女が洗面所にいるとわかっている犯人は、高菜さんが鍵を開け、みんなが部屋に入ったあとから最後に部屋に入り、すぐ洗面所に行ける――そして、犯行を行える。で、犯行後、何事もなかった顔をして輪に戻る。これで、密室の完成だ」
「ならなぜ、わざわざナイフを胸に刺す必要が?」
もっともな質問だ。
「それは、あなたが品森社長の密室殺人に倣ったからです。同じ方法で殺されたように見せ、一連の犯行として認知させたかった。それが可能な人間――理嘉有加里の習慣を知っていて、さっきもみんなと理嘉有加里の部屋に入った人間は、あなたしかいないんですよ。左遠右近さん」
犯人、左遠右近はおかしそうに笑った。
「お見事だよ。よくできた推理だ。だが、証拠はあるのか?」
「ありますよ」
「ほう」
「それを処分させないために、集団行動を取らせたんですからね。証拠――それは、トマトジュース。ペットボトルを入れ替えたでしょ。毒入りと新しいモノ。あのまま毒入りを置いておいたら、すぐにトリックが割れますからね。それに、ペットボトルのキャップもしっかりしまっていた。状況としておかしい。毒で死ぬ人間がご丁寧にキャップまで閉める余裕があるとは言えないし。いまもあなたはペットボトルを持っているはずだ」
左遠さんは、ニヤリとしてスーツの内ポケットからつぶれて幾分コンパクトになったペットボトルを取り出した。
「つくづくお見事だ。いい推理だぜ、ボウズ」
フン。まだボウズ言うか。
するとこれまでよくぞ大人しく話を聞いていた久我笹さんが、我慢の限界だとでもいうように道化じみた声で、
「どひゃあ。ウソ? ウソウソ? 怖い。左遠さん怖いじゃないですか。やめてくださいよ。どっひゃあですよ。犯人って。うわあ。開さんいい推理でしたね。いいもん見ました。あ。動機。動機がまだですね。うわ。左遠さん犯人とか。うわあ」
これで左遠さんを刺激しなきゃいいが。まったく、この人は口を開けばすぐこれだ。それに対して阪槻さんは、やはり冷静に状況を見ているようだった。
左遠さんはハッキリしない口調で少し上を見上げ、
「動機か。動機っていっても、理解されないだろうな。だが言うなら、不正もろもろ、おれがこれまでしてきた悪事の一端を、あの嬢ちゃんに見られちまったからだ。だから、口封じのために殺した」
そして左遠さんは、視線を俺に合わせる。
「向こう側から見られちまってたんだって思い出したんだ。ボウズと嬢ちゃんの会話を、うっかり聞いちまったときにな」
「そうですか」
動機は見られたから――あの音が見えてしまう目で、見られてしまったから。音が見えるから、気づかれてしまった。
おそらく、ディナー中、席を外した俺と有加里ちゃんが通路で話したこと――音が見えるということ――を、左遠さんに聞かれてしまった。あのとき一瞬感じた視線は、左遠さんのモノだったのだ。
しかしきっと、音が見えるとかそんな話、彼女が死んでしまったいまになっては、誰も信用しないだろうな。
「千手先を読めるとまで言われた天才。最多連勝記録。なのに、どうして棋士をやめたんですか? それだけ強くて、それだけ強くなるまで指してきたんだ。政治なんかより、将棋の道を極めようとは思わなかったんですか?」
「極める。道。指してきた。フン。おれには、将棋などただの駒でしかなかった。確かに、将棋を楽しんでいた時期もあっただろう。だが、くだらないと気づいた。将棋がじゃない。人間がだ。頭を使わない愚かしい人間が溢れていることに気づいた。そういう人間に限って不平不満が多い。そう思うだろ? ボウズ」
俺は答えない。
答えも聞かず、左遠さんは続ける。
「おれの最多連勝記録が止まった理由がわかるか? フン。くらだらないことだ。不正だよ。おれはなにも不正はしていない。だが、おれに勝てないと気づいた馬鹿なヤツが、不正をでっちあげた。証拠まで作ってな。ケッ。そんなこと考えるヒマがあるなら、腕を磨けばいいものを。くだらない。だが、それによって、おれは最多連勝記録を打ち止められたばかりか、不正を働いたとの汚名まで受けた。それで、おれが人間のくだらなさ、愚かしさに気づいたという話に戻るわけだ」
「やっぱり。左遠さんは頭の構造が違いますね。さしずめ、それを転機として、政治家になって、くだらない人間たちを変えてやろうと思った。駒を動かすように、人間を動かそうと思ったってわけですか」
「人間を動かす。駒。フン。まさしくその通りだ。ボウズ、うまいこと言うな」
「そんなことないですよ」
「政治でもなんでも同じでな、バレないようにうまいことやるヤツだけが得をする。そんな最低な世の中を、ホントは、直したかったんだがな。おれもくだらないな」
「……まったくです。世の中の、そんな最低な部分は俺も大嫌いだ。でも、その世の中を直す人が人を殺したらダメだろ! 直せるのは、生きていてこそだ! バレないように殺人を偽装したあなたは、最低な人間だ」
「……だな。全部、ボウズの言う通りだ」
左遠右近の瞳は、なにかを考えるように揺れていた。
さて、次にいかせてもらおうか。
まだもう一つの密室は解けていない。品森社長を殺した、虹彩認証による密室殺人。そちらの解決編はまだだ。
俺は改めて口を開いた。
「みなさん。それでは、もう一つの密室を開けましょう。そして、品森社長を殺した犯人を明かすとしましょうか」
一同、ハッとしたように俺を見る。どういうこと? と口々に言う彼らを、
「犯人は、もう一人、別にいるってことです」
と宣した。
「有加里ちゃんを殺した人と、品森社長を殺した人は違うってことよね」
逸美ちゃんが噛み砕いた相槌で、一同への理解を促す。
「それぞれに犯人がいます。さっきの阪槻さんの尋問がヒントです。阪槻さんはこう言いました。『品森社長と理嘉有加里を殺したのはテメーか?』。しかし全員が首を横に振り、そこに偽りはなかった。となると、考えられることは一つ。被害者と加害者は、それぞれの事件に一人ずついる」




