第五章8 『二つ目の密室殺人』
凪はひょいっと軽い足取りで俺たちの前まで来て手を挙げた。
「ばんちゃ! みんな電気かい?」
「それを言うなら元気かい? でしょ?」
と、軽々しい凪の挨拶につっこむ鈴ちゃん。
凪は全体を見回して、
「うん。何人かいないけど、遅刻するなんてマナー違反するほうが悪いんだ。五分前行動が原則だろうに」
「数秒遅れのおまえが言うな!」
「てことだから、突入しようぜ」
別に凪に合わせるわけではないが、他の人は手紙に気づいてないだろうし、ここには来ないだろう。
「阪槻さんや絵皆さんはいませんが――」
そう言って俺が高菜さんを見やると、小さく顎を引いて、
「そうですね。時間も時間ですから、ここにいる方だけで訪ねましょう」
高菜さんがドアをノックする。
国際マナーに準じてか、トントントントンと四回ノック。
反応を待つ。
しかし。
返事はない。
時間を指定して人を呼んだのなら、時間の通りの来客には即対応する準備はしているものだ。が、なにかおかしい。
「高菜さん。鍵は開いてますか?」
ガチャ、とノブをひねるがダメだ。鍵は閉まっている。
「いいえ。ロックされています」
「合鍵は? 持ってますか?」
「ええ。すべての合鍵はわたしが管理しています。常に、肌身離さず持っています。例外として社長室には合鍵はございませんが」
やっぱり合鍵はあるようだ。
ならば。
「開けてください」
俺が言い切ると、左遠さんが手を振りながら制止する。
「おいおい。ちょっと待てよボウズ。いくらノックしても返事がないからって、人の部屋に勝手に入るのはよくないぜ」
「そうですね。でもいいんじゃないんスか? 返事をしないのが悪いんだし。ですよね開さん?」
まったく、久我笹さんは。俺がそんな理由で合鍵を使わせるわけないだろ。
「もしかしたら出られない状況にあるんじゃないかと思ったんです」
「本当は?」と凪。
「こっそり部屋に忍び込み、みんなでドッキリを……て、なに言わすんだよ!」
「あちゃ~。それはいけませんな。藤堂くん、開けちゃまずいよ」
「なに言ってるんですか、あなたは」
高菜さんにそう言われても凪は飄々としてる。
「品森社長の件もあります。心配ですし、開けてください」
俺が言うと、高菜さんは即答してくれた。
「わかりました。合鍵を使いましょう」
高菜さんはジャケットの内ポケットから一枚のカードキーを取り出した。
「ひゃあ。ウソ? これ一枚で全部の部屋が開けられちゃうんですか? ヤバイッスね。いやもしかしてなんですけどこれ」
久我笹は自分のカードキーをいじくりながら、
「どこの部屋でも開けられちゃいます? みんな持ってる鍵は同じ? ウソヤメテ。それじゃあ誰の部屋にも侵入し放題じゃないですか」
「ご安心を。このキーが特別なだけです。おっしゃるように、これはどの部屋のロックも解除可能ですが、皆様の鍵はそれぞれが固有の情報を持っているので、ご自身の部屋にしか使用できません」
おふざけ調の久我笹さんの一人しゃべりをそう制して、高菜さんはドアに視線を注ぐ。
そして、マスターキーとも言うべきその鍵をドアに差し込み、ロックを解除した。
高菜さんがドアを開ける。
俺たちはぞろぞろと中に入って行った。
部屋を見回す。
しかしなにも特に変わった点はない。
観察を試みても、バイオリンがある以外だと、これでは旅行中の女子高生のホテルの一室という感じでしかなく、それこそバイオリンの楽譜がベッドにパラパラと置きっぱなし、今日着ていたドレスも脱ぎっぱなしになっているくらいだ。まあ、放り投げたってわけでもなさそうだしあとで畳もうと思っていたのだろう。
にしても、どうして有加里ちゃんがいない。
有加里ちゃんはもうこの部屋にはいないのか?
そう思っていたときだった。
「ひゃあ。ウソ? ちょっと来てください!」
久我笹さんが大声で俺たちを呼んだ。
ドアを入ってすぐ右手にある、洗面所からだ。
俺は急いで駆け付けた。
そして、そこでは――
理嘉有加里が死んでいた。
座り込み、
胸にナイフを突き立てて、
まるで品森社長と同じように血を流し、
理嘉有加里が死んでいたのだった。
床には、先程と同じ『ant』というダイイングメッセージ。
高菜さんの言葉を思い出す。
――もう一人被害者が出る。
その言葉が脳裏をよぎった。
これだったのか。
死ぬのは、有加里ちゃんだったのか。
神経が張り詰め、呼吸が浅くなる。
ごめん、有加里ちゃん。
守ってやれなかった。




