第四章14 『トランストランプ』
コバヤシとレガーナ……。
よくわからない二人組だ。
なんでも知っていそうな宇宙人にもわからないとなると、これは探すのもまたひと苦労しそうだな、とか思いつつドアを開けると、そこは果たして、303号室――密逸美の部屋だった。
やっと逸美ちゃんの部屋に来られた。
「ん? 開くん、どうかした?」
俺の微妙な心境もすぐに察した逸美ちゃんである。
「別に」
「そう。とりあえず入って」
「ご遠慮なく~」と凪。
「なんでおまえが逸美ちゃんの部屋にいるんだよ?」
凪はケロッとした顔で、
「キミに頼まれたから急いで調べてきたんだぜ。キミは絶対に逸美さんの部屋へ行くからね、待ち伏せしてたんだ」
「待ち伏せにしてはお茶とお菓子までもらって、いいご身分だな」
「ぼくは待ち伏せの凪と言われた男だぜ?」
「知らねーよ」
俺が部屋に入ろうとすると、廊下を歩く人影が視界に入った。
見れば、それは鈴ちゃんだった。
そういうことで、俺たち四人は逸美ちゃんの部屋で情報を持ち寄ることになった。
俺は高菜さんと入江杏さんそれぞれからもらったヒントについて、(藤堂高菜が未来人であり、入江杏が宇宙人である、というトンデモ話は伏せて)それとなく話してみた。
ヒント。
――運命の輪は、繋がっていないが繋がっている。ひとつひとつが繋がって輪になる。
――全員に聞いて回り、鍵を探すことです。
また、凪からもらった情報を逸美ちゃんにも見せて、情報整理をし、新しく凪と鈴ちゃんにもらった情報もいっしょにまとめる。
そういえば。
「凪。あのトランストランプのこと、二人には話した?」
「ん? まだだよ。話しちゃってもいいの?」
「うん。この二人にだけはね。それ以外の人には内緒にしておこう」
逸美ちゃんは目を輝かせて、
「ナイショってなんの話? 教えて~」
「先輩、またなにかやらかしたんですか?」
興味津々な逸美ちゃんとジト目の鈴ちゃんである。
「まあまあ聞きたまえ。実はさ、ぼくは誰でもどんなモノでも変身させてしまう、すごいトランプを持ってるのさ」
鈴ちゃんは訝しがる顔で凪を見て、
「なんですか? それ。信じられません」
「仕方ないなぁ。百聞は一見に如かず。それっ」
凪はニヤリと笑って、トランストランプを俺たち三人に投げつけた。て、待て! 俺にも投げるのかよ!
「トランストランプ!」
トランプに当たって、三人の姿がポンと変わった。
「きゃっ」
「あ~ん」
驚く鈴ちゃんと逸美ちゃん。
今度はなんだ?
見てみると、二人が巨大化していた。ここからじゃ鈴ちゃんのスカートの中が丸見えになってるので慌てて視線を切る。だが、見渡せば、凪も巨大化していることに気づく。
……これは、俺が小さくなっているのか。
自分の腕や足なんかを見たところ、衣装的にもこれが一寸法師であることがわかった。つーか、よく見りゃ俺、お椀の中にいるし。
「オレはその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら――」
と、凪にマイクを向けられる。
「体が縮んでしまっていた!! て、ちがーう! 縮み過ぎだー! 変なナレーションさせるな!」
「いや~。少年探偵らしくて開にはぱったりだと思ってさ」
「それを言うならぴったりだ」
凪のやつ、ホント余計なことばっかり言いやがって。俺がその少年探偵のアニメやマンガのファンだと知っててやらせるから困る。
さて、鈴ちゃんはというと、獣人である。頭には猫耳が生えていて、しっぽもある。手も猫の手。足も猫の足。手足は猫のグローブとスリッパのコスプレって感じもするけど、しっぽがくねくね耳がピクピク動いてるから、部分的に猫になったらしい。
また、逸美ちゃんは、人魚である。あれだけ見事に足が魚になっていたら、本人も鈴ちゃんもトランストランプの力を信じるだろう。上半身は貝殻だけで、大きな胸が強調されるデザインなのが破廉恥でいけない。
「おい、凪! 逸美ちゃんのことは絶対に見るなよ!」
しかし、俺の声は聞こえないフリを決め込む凪である。
て、え!?
いつのまにか、凪の恰好まで変わってるじゃないか! 背中を向けているが、あの黄緑色はカッパだ。
「凪! なんで自分にまでトランプ使ってんだよ! カッパなのか?」
「もう、小さい身体でピーピーうるさいな~」
面倒そうに凪はフードを外しながら振り返って、ため息をついた。
「は? でもその顔、いつもの凪だけどどうしたんだよ?」
「これはただのコスプレ。着ぐるみだよ。どう見たってカッパじゃなくてカエルでしょ? カエルに姿を変える、なんちゃって。相棒なんだから気づいてよ。どう? ぼく、似合ってる? 感想は?」
「紛らわしいマネするな! くだらんこと言ってる場合か!」
「そうですよ先輩!」
と、鈴ちゃんも怒る。
凪は呆れたように言った。
「やれやれ。話してなかったかもしれないけど、そもそも、トランストランプはぼく自身には使えないんだ。つまり、ぼく自身はなにか変身することはできない」
「え、そうだったの?」
「ただし、一枚だけあるジョーカーなら、ぼく自身にも使える。また、スペードのエースだけは効果が十分間も持続するんだ」
「そんな大事な情報はもっと早く言え」
俺の注意など無視して、凪はスマホを取り出し俺たちを撮影する。俺や鈴ちゃんが嫌がってもお構いなしだ。逸美ちゃんは楽しそうだけど。
「先輩! 恥ずかしいですっ」
「おう、そうかい」
「凪! 写真なんて撮るな!」
「やだ。こんな楽しいこと、記録に残さないでどうするのさ」
凪はやれやれと俺をお椀の中からつまみ上げる。
「やめろ! 離せ! なにするんだ」
「いいからいいから。キミがして欲しいことはわかってる」
なんだ? 俺がして欲しいことって。
そのまま、凪は逸美ちゃんの前まで歩いて行って、あろうことか俺を逸美ちゃんの胸の谷間にすっぽりと入れた。
「……」
言葉が出なくなってる俺に、逸美ちゃんが嬉しそうな声を上げる。
「や~ん、開くんちっちゃくって可愛い~!」
「ちっちゃくないよ!」
売り言葉に買い言葉で思わず言ってしまったが、明らかに小さいよな。ていうか、この状況どうすればいいんだ。考えれば考えるほど顔は熱くなるし動けなくなってしまうし、逸美ちゃんには「なでなで。うりうり~」とされるがままだ。
「ほうほう」
そんな俺と逸美ちゃんを凪はうなずきうなずき見届け、カメラをパシャリ。なに撮ってんだよ! そして、凪はくるりと鈴ちゃんに向き直る。
「えい」
しっぽを掴まれ、鈴ちゃんはビクッと身体を震わせる。
「にゃっ! にゃにするんですかっ!」
「別に~。どんな感じか確かめただけ。耳は? 肉球は?」
「にゃ~ん! やめてくださいにゃ~」
耳に肉球にと凪にいじられ、鈴ちゃんは猫みたいな変な声を出してもだえていた。
「さて、実証完了」
そう言って、また凪が俺をつまみ上げると、俺たちはポンと元の姿に戻った。
「はぁ。やっと元に戻ったか」
「そうみたいですね」
俺と鈴ちゃんはすっかり脱力してへたり込む。
対して逸美ちゃんは凪に尊敬の眼差しを向けて、
「すごいわ、凪くん! 楽しい思い出ができたわね。それで相談なんだけど~、さっき撮ってた開くんのお写真、あとで送ってくれないかしら? ダメ?」
「わかってるよ。あとで送る」とウインクする凪。
「送らんでよろしい!」
俺は勢いでつっこんだ。
まったく、ただトランストランプの効果を見せるためだけに、なんてことをしてくれたんだ。おかげでまだ落ち着かない。
「でも、先輩はどうしてこんなモノを持ってるんです?」
鈴ちゃんに聞かれて、凪は平然と言う。
「もらったのさ。宇宙じ……痛いっ! 痛い……!」
凪は宇宙人と言おうとしたのだろうが、なぜか急にお腹を押さえて痛がっている。もしかして、入江杏さんのことを俺たち以外の人間にしゃべろうとすると、痛みが走るのか? うん、俺は気をつけよう。
凪と視線が合う。そういうことだ、二人には黙っておけ。俺がうなずくと、凪もオッケーというようにうなずき返す。
「鈴ちゃん。これはだね、ぼくがついさっき拾ったんだ。誰かにもらったモノでは断じてない。この飛行船にこんな不思議なモノをくれるようなやつはいないさ」
「でも、いま宇宙って言いませんでした? もらった、とも」
疑いの目でじぃっと見られて、凪は慌ててごまかす。
「宇宙、そう、宇宙中を探しても、こんなモノをもらった人はいないだろうね。ははっ」
あからさまに嘘っぽいのに、腹痛は起こらなかったようだ。審査基準、これでいいのか。まあ鈴ちゃんも怪しむ視線は変わらずだがそれ以上の追及はせず「そうですか」と言うだけで済んだしいいだろう。
「この世界、いや宇宙には不思議なモノがたくさんあるんだね~」
「そうね。不思議~」
満面の笑顔の逸美ちゃん。このお姉さんはちょっとは気にしたほうがいいと思うけどな。
最後に鈴ちゃんが、ジト目で注意した。
「もうあたしには二度と使わないでくださいね。どうしてもってピンチのときだけ、開さんの指示に従って使用することを許可します」
凪は呆れたように手を広げて、
「やれやれ。それくらい開にも言われたよ」
「じゃあなんで許可なく使ったんですか!」
「そうだぞ。また無駄使いしやがって。金輪際、勝手な行動をしないように。いいな?」
俺にも注意されて、凪はため息交じりに肩をすくめる。
「もう、わかったから二人共そんなに怒らないでよね。何度も言われるこっちの身にもなってよ~」
「何度も言わせてんのはそっちだろーが! わかってんのか~?」
と、げんこつを作って凪の頭を左右からぐりぐりする。
「わかった! わかりました。ごめんなさい~」
苦しそうに謝ったので、俺は凪を解放してやった。
しかし、これでわかったのは、俺が小さくなったように姿形だけでなくある程度ならサイズも変えられるということだ。サイズ変化のレンジも限度は不明だが相当なものかもしれない。
凪はまだ頭のたんこぶを押さえて痛そうにしていたが、ドカリとイスに座って愛用のメモ帳を手に取ると、目の色を変えて言った。
「ところで開」
「ん?」
「さっき調べた結果、おもしろいことがわかったよ」
「おもしろいことって?」
「医務室の二人の話さ。キミの言う通りだった」
それから、凪は俺が頼んだ調べたものの結果を教えてくれた。
間もなく。
俺たちの情報が集まり、ここまでの整理が終わると、高菜さんがディナーの準備ができたとの報告を持って303号室にやってきた。




