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第四章10  『奇術師ナギ』

 観念して有加里ちゃんに腕を取られるまま座り直すと。

 もう片方の腕を凪に取られる。

「ひとり占めなんてずる~い! ぼくも開といる~」

 そんな有加里ちゃんと凪を見て、逸美ちゃんがニコニコと頬に手をやる。

「あら~。開くん、モテモテね」

「やめてよ逸美ちゃん。ほら、有加里ちゃんも凪も……て、なんでおまえがいるんだよ!」

 凪は驚いた顔で有加里ちゃんを見て、

「ホントだ! なんでおまえが……!」

 と指差す。

「おまえに言ってんだよ! 変な登場の仕方するなよ」

 有加里ちゃんは苦笑い。

 俺は凪の腕をパッと払う。

 呆れたように凪はため息交じりに言った。

「わかったよ。開ってばわがままなんだから」

「俺はわがままなんて言った覚えはないっ」


 すると、廊下から騒がしい声が聞こえる。

「せんぱーい! どこにいるんですかー?」

 この声は鈴ちゃんか。

「ったく、おまえは」

 俺は凪をジト目で見て、ドアを開けに行く。

 廊下に顔を出すと、やはりそこには鈴ちゃんがいた。キョロキョロと周囲を見回してせわしない様子だ。俺に気づくと、鈴ちゃんはトコトコ駆け寄ってきた。

「開さん。ここにいらっしゃったんですか」

「逸美ちゃんといっしょに有加里ちゃんの部屋にね。凪もいるよ。いま急に出現した」

「先輩もいるんですか! もうフラフラとどこ行ったかと思えば。また迷惑かけなかったですか?」

「いや、鈴ちゃんが気にするほどのことはないよ」

「すみません」

「鈴ちゃんも凪の相手大変だね。お疲れさま。部屋に入りなよ」

「はい」

 鈴ちゃんを部屋に入れる。凪を見つけるや鈴ちゃんはダッシュで凪に詰め寄り、

「先輩っ! どうして大人しくしていられないんですか」

「ぼくだって知らないよ。開、キミはなにか知ってるかい?」

「受け答えがおかしいぞ。俺が知ってるのはおまえがふざけてるってことだけだ」

 俺の言葉に続けて鈴ちゃんがガミガミと、

「そうですよ! いつもいつも先輩はホントに手がかかるんですから」

「お母さんみたいなことを言わないでおくれよ」

 誰のせいだと言いたげにじっとりした目で凪をにらむ鈴ちゃん。お母さんってよりはしっかり者の妹とだらしない兄って感じだ。

「それで、二人は情報収集はかどってる?」

 鈴ちゃんが居ずまいを正して俺に向き直る。

「はい。ある程度は終わりましたよ。でも、いまの段階では集められない部分もあるそうなので、詳しくは先輩に聞いてください」

 まだ中学生なのにしっかりしたものだ。凪とは大違いだな。

「で、凪。どうなんだ? 俺に話せる範囲で頼む」

「え~? 聞きたい?」

 と、凪が照れた顔でにやりと笑って頬を染める。

 俺は凪を見ずにぼそりと。

「いや、言うな」

 凪は手を頭の後ろに持っていって飄々としたいつものフラットな表情に戻る。

「まあ、そうツレナイこと言わずに。ここじゃなんだし、ぼくの部屋においでよ。二人で話そうぜ、開」

 二人でっていうと、他のメンバーには聞かれたくない話でもあるのか。

「わかった。ごめんね、有加里ちゃん。あとでまた有加里ちゃんの部屋には来るから、そうしたら話そうね」

 有加里ちゃんのちょっとムッとしたような顔で凪をにらんだけど、ふっと肩の力を抜いた。

「仕方ないよね。ディナーが終わったら、ゆっくり話したいんじゃないかな」

「しょうがない。そのときはぼくもごいっしょ――」

「凪くんは大丈夫かな! 開くん、またあとでね」

 うん、と俺はうなずく。

 それにしても有加里ちゃん、凪には結構遠慮もなくなっているな。

「わたしと鈴ちゃんは有加里ちゃんとおしゃべりしていくわね。いい? 二人共?」

 逸美ちゃんに聞かれて、鈴ちゃんと有加里ちゃんは少し迷いながらもオーケーした。

 そして、俺と凪は有加里ちゃんの部屋を出た。



 廊下を歩きながら凪と話をする。

「情報については、いまは教えられないよ」

「わかってるよ」

「情報屋の情報はすべてがトップシークレットなんだ。誰かに聞かれちゃまずいからね」

「それにしても、さっきはなにやってたんだ?」

「すべてが情報収集のための行動さ」

 そうかい。なに聞いても無駄だな。

 階段を上ろうとしたとき、三階の方から料理人さんが降りてきた。

「お疲れさまです。お料理の準備はいいんですか?」

 俺が聞くと料理人はにこやかに答える。

「ああ。ちょっとだけ休憩にね。あとはすぐにできるから大丈夫さ」

「あの、まだお名前聞いてなかったので教えてもらっていいですか?」

「いいよ。オレは桐沢簾きりさわれん。料理人さ」

「本当は?」

 と、凪が聞く。

「本当は、な……。て、本名だよ。まったく、変なことを聞く子だな。ははっ」

 慌てたように笑う桐沢さんに調子を合わせるようにして凪も笑う。

「はははっ。それほどでも~」

「褒めてないって」

 やれやれ。なにやってんだか。

「じゃ」

 凪はもう興味を失ったように軽快な足取りで歩いてゆく。

「ディナーも楽しみにしていてくれ」

 そう言う彼に、俺は「はい」と小さく会釈だけして通り過ぎた。



 さて、三階に着くとまっすぐ凪の部屋に行った。

 305号室。

「凪、それでどんな話があるんだよ」

「たいしたことじゃないよ。キミも知ってることだから。あのエイリアンちゃんのことさ」

 これは、入江杏さんのことで間違いないよな?

「そう、杏ちゃん。入江杏。女子中学生かと思ったら秘書だって言うし、そうかと思えばいきなり宇宙人だと言い出すしで変なやつだよ」

「あの人、おまえにはこのこと話していいって言ってたな。でも、本人がすでにコンタクトを取ってたのか」

「うん。ぼくにはコンタクトせずに話していたよ。あの分だと視力はいいみたいだ」

「その話じゃねーよ」

「ふむ。そうなんだ。そんな話をしてる場合じゃない」

 俺はジト目で凪を見て、

「脱線してるのはおまえだろ」

「でさ、こんなモノもらったんだ」

 そう言って凪がポケットから取り出したのは、なんの変哲もないトランプだった。

「トランプ?」

「ただのトランプじゃないんだな~。これ、実はすごいんだぜ。ぼくが奇術師としてキミを助けてあげるよ。まだまだいろいろ事件も起こりそうだしさ。二人で力を合わせろって杏ちゃんが言ってたんだ」

「で、それのどこがすごいって?」

 凪はいたずらっ子の笑みでトランプを一枚俺に投げた。


「トランストランプ!」


 トランプは俺の胸にペタっと張り付く。

「あれ?」

 が、すぐにトランプは消えた。

「なにが起こったんだ?」

「開、よく自分の胸を見てみるんだ」

「は?」

 言われた通り、自分の胸に視線を下ろす。


「ハァ~!?」


 思わず叫んでしまった。

 なぜなら、俺の胸が膨らんでいたからだ。これじゃ女の子になっちゃってるじゃん。声も高くなって女の子だし、全身女体化してしまったらしい。幸いサイズも大きくはないからそれほど目立たないが、とても人には見せられない。感覚で髪が長くなっているのもわかった。

「どうしてくれんだよ! ていうか、どうなってんだよ!?」

 凪は俺の肩をつかんで洗面台の鏡の前に連れて行く。

「まあまま、鏡でも見て落ち着きなって。ほとんどあの沙耶ちゃんそのままじゃないか。気にするなよ」

「気になるよ!」

 凪の言う沙耶ちゃんとは、綾瀬沙耶あやせさやという女のことだ。彼女はどういうわけか俺にそっくりの顔立ちで、背は俺よりも数センチ低く髪も長いが、遠くからじゃ俺とは双子の姉弟のように見えるくらいなのだ。歳も知らないが(二十歳以上だとは思う)本名も知らないので、偽名の綾瀬沙耶と呼んでいる。依頼に応じていろんな人間を演じることを仕事にするアンダーグラウンドな役者である。


挿絵(By みてみん)


「キミ、ちょっと顔赤いよ。ナルシスト? やだな~。それとも沙耶ちゃんのこと好きなの?」

「違うよ! そういう問題じゃない!」

 凪の手を払うと、急に胸も戻った。

「あ、時間だ」

「よかった。戻ったのか。時間で戻るの?」

「そうさ。これは、トランストランプ。『トランストランプ』って叫んで投げると、カードが触れた場所を変身させてしまうんだ。場所の範囲はぼくの思いのまま。でも、試したところ、この飛行船丸ごとみたいな広範囲は無理。人間くらいなら変幻自在さ。マジックみたいだろ?」

「だから奇術師? どっちかっていうと、超能力者って感じもするけど」

 凪はトランプを器用にシャッフルして、ババ抜きでもするように広げた。

「結構便利だと思わないかい?」

「まあ、そうだな。でも枚数もあんまり多くない気がするんだよね。二十枚くらいだろ? さっきも俺に使って一枚消えたし……。て、これ――使ったら消えるんだよな?」

「そうだよ。全部で五十二枚あったんだ」

「おまえ無駄使いしただろ! いまだってそうだし!」

「違うよ。無駄使いじゃなくて実験とかいろいろさ。ちなみに、このトランストランプは変化する時間は一分間。それが過ぎたら自動的に元に戻る。また、人にもモノにもなんにだって使えるし、なんにだって変えられるのさ」

「もしかして、その実験のために半分も使っちゃったのか?」

 俺のジト目にも凪は平然としたもので、

「どんなもんだ」


「威張るな!」



 洗面所を出てベッドに座る凪。俺は椅子に腰掛ける。

「ねえ、それって俺でも使えるの?」

「使えないよ。ぼくがすごいのかトランプがすごいのか、ぼくしか使えないらしい」

「厄介なもんくれたな、あの宇宙人も」

 いざとなったら俺が指示を出して、凪に使わせるか。

「凪、そのトランプ、俺が使えって言うまで使うなよ。俺の指示通りに使うんだ」

「開、横暴だよ。ぼくのモノなんだぞ」

「おまえに任せられないから言ってんだよ」

「へいへい。まあ、ぼくも楽しませてもらったし、開の指示で使ってやってもいいよ。それまで使わずにいてあげる」

 別に、俺は変身して自分が楽しむために使うんじゃねーよ。

「ところで、他に情報とかある? 品森社長の密室殺人についての」

 凪は目を細めて、小さく息をつく。

「個人のデータはそろえたよ。いまキミに送ろう」

 スイスイと凪はスマホを操作する。

 どれどれ。俺は凪が添付した文章情報を確認する。個人情報が並んでいた。そこには履歴書に書かれるようなプロフィール的なものからその人が使うSNS情報、さらには血液型や利き手、足のサイズ、果ては最近やってるゲームアプリから交友関係まであった。

「よく調べるもんだよな」

「探偵のためにここまで調べた相棒にそれかい?」

「すごいよ。さすがだよ。でも、相棒ではないから」

 凪はそう言われてもおかしそうに笑う。

 俺は目線だけ凪に向けて、

「あと、医務室にいる彼らのことなんだけど、調べてもらいたいことがあるんだ」

「追加情報をよこせって話かい?」

「いや。実際に見てきてほしい」

 俺はその点について、凪に説明した。俺の推測も交えて調べてほしいことを言ったので、凪もわかったようだった。

「なるほどね。了解した」

「時間ができたときでいいから」

「いや、そういうことなら早いほうがいい。ぼくは行ってくるよ。開はどうする?」

「俺は俺で情報の読み込みと考えをまとめる時間が欲しいから、一度自分の部屋に戻るよ。じゃあ、またあとで合流しよう」

「あいよ~」

 いっしょに部屋を出ると、凪はさっさと階段へと歩いて行った。


 俺が階段の方へ目を向けると、階段を挟んで向こう側から階段のほうへと来る人の姿があった。

今回名前だけ出てきた綾瀬沙耶が登場するお話を別に書いています。連載中の「あけちけの日常と少年探偵団の日常」に登場します。気になった方は見ていただけたらうれしいです。

綾瀬沙耶のイラストは、2019.1.25に追加しました。

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