第四章9 『事情聴取の総括』
このハウル、パイロット免許を取得し、なおかつ、ハウル専用訓練を経た者のみがこの機体を操縦することができるんだとか。
だから。
バリトンボイスのパイロット城菱機長も、金髪リーゼントのマッチョな副操縦士ミスターサンキューも、この日のために呼ばれ訓練を積んだ、普段は旅客機を操縦するパイロットであるとのことだ。
城菱機長は持ち前のバリトンボイスで答えてくれる。
「わたしたちはずっとコックピットにいたよ。途中、彼が藤堂さんに呼ばれて出て行った以外は、彼も外には出ていないよ」
城菱博史。
バリトンボイスのパイロットである彼は、声から連想される通りの見た目をしていた。高菜さんが言っていた通りだ。上品な口髭はダンディで、パイロットの制服も似合うけれど、タキシードとかのほうが似合いそうな紳士らしさがある。
「つまり、お互いが証人ということですね」
「そうなるね」
しかし本当にいい声だ。もしかしたら、声の良さを買われて今回呼ばれたのかもしれないなとも思ったほどである。
「えっと」
ミスターサンキュー……名前はなんだ?
コバヤシさんとレガーナさんがそう呼んでいたから俺もその呼び名で頭の中では整理していたが、名前を知らないと呼べないよな。
困った俺を見て、逸美ちゃんが聞いた。
「サンキューさんは城菱機長が出て行くところを見てませんか?」
え? 逸美ちゃん、サンキューさんって呼ぶんだ。ヘタなカタカナ名より覚えやすいけれど。
ミスターサンキューはビッと親指を立てて、
「サンキュー」
と、小麦色の肌に浮かぶ白い歯を光らせて答えた。
これは意訳すると「その通り」って感じだろうか。実際、パイロットはどんな緊急時にも操縦桿を握っていなくちゃいけないし、コックピット内でのトラブル以外は他のクルーで対応するのが普通だ。当然だろう。
さて。最後の確認だけして終わりか。
「コックピットには、高菜さん以外は来てないですよね?」
「いや。料理人の彼が来たよ。ランチを持ってきてくれたんだ。お皿を下げにも来てくれたね」
「料理人の……。そうですか。わかりました。お話は以上で終わりますね」
「そうかい。がんばってね」
「はい。ありがとうございます。引き続き運転、よろしくお願いします」
「サンキュー」
どうやらミスターサンキューも俺たちにエールを送ってくれたらしかった。
以上。コックピットだった。
最初から二人は犯人候補から外していたけれど、会ってみてやはり彼ら二人は犯人ではないと確信できた。
すると、このふたり(プラス俺と逸美ちゃん、それに凪と鈴ちゃん)を除いた乗客たちが、容疑者だ。
となると、容疑者は十人か。
確定材料もない中で、どう推理は展開できるかな。
そして、阪槻さんが凪の存在自体が嘘と言った理由とはなんだったのだろう。
最後に俺が連れて来られたのは食堂だった。
これまでに俺がまだ話を聞けていない二人を探すために、船内を見て回っていたのだ。
まだ話が聞けていないのは二人――
それは、コバヤシさんとレガーナさんだ。
あの勇者と魔女はどこにいるんだか。
食堂に来たはいいが誰もいない。お皿も片付けられていて、なるほど、あの料理人がテーブルを綺麗にしていってくれたことだけはわかった。ディナーの準備もあるってのに大変だな。
高菜さんは端然と言った。
「ここにもいませんでしたね。わたしが案内できるのはここまでです。わたしは109号室にいます。なにかありましたら、そちらまでお越しください」
へえ。高菜さんはクルーの一人として別に部屋が用意されていると思っていたけれど、ゲスト用の部屋を使っていたのか。
「はい。わかりました」
「わたしはシェフとディナーの相談がありますので、ここで」
「ありがとうございました」と、俺と逸美ちゃんは声を揃えて挨拶する。高菜さんは髪をサラリと振って、キッチンのほうへと去って行った。
食堂には、俺と逸美ちゃんが残される。
さて。
「まずは有加里ちゃんの部屋に行こうか」
「そうね。約束したもんね」
有加里ちゃんの部屋は一階、104号室である。
104号室へ行くには、101号室前を通らなくてはならない。
俺は細心の注意を払って101号室(つまり阪槻さんの部屋)の前を通り過ぎ、有加里ちゃんの待つ104号室へと行くことに成功した。
心細いんじゃないかな、と言っていた有加里ちゃんは、思いのほか元気そうだった。なによりやってきた俺たちを笑顔で迎え入れ、
「それでそれで。どうだったかな?」
と聞く程度の余裕はあるようだった。
俺は総括して答える。
「どうかな。まだ容疑者を絞る材料はない。アリバイは大半がないようなモノだし」
そういえば、容疑者八人の中で、有加里ちゃんだけ、アリバイが完璧だった。いや、まだコバヤシさんとレガーナさんに確認は取っていないけれど。
有加里ちゃんはなるほど、とうなずいた。
「要するに、誰が犯人かわからないから、危険だよってことかな?」
なにもわかってないような相槌だった。
「まあ。でも、出歩くのはよしたほうがいいって話じゃないよ」
「え、どうしてかな?」
意外そうに聞き返す。
「なぜなら、犯人はわざわざ手の込んだ密室殺人をしたんだ。他の人も殺そうとするような犯人なら、いちいち密室は作らない。よって。犯人は私怨で品森社長を殺した可能性が高い」
「……そっか。状況っていうか、シチュエーションだけでも、それだけのことがわかるんだね。さすが開くん、名探偵なんじゃないかなっ」
おどけたように名探偵と言ってくれる有加里ちゃんに、俺は付け足す。
「もし次の被害者が出たとしたら、そのときは、その人も犯人に強い恨みを買っていたってことになる。そしてまた、密室殺人のような、不可能犯罪になる」
「えっとえっと。だとしたら、次の被害者が出る可能性も、ゼロではないのかな?」
有加里ちゃんはおろおろしたように胸の前で手を上下に動かし、チラリと俺のほうを見ながら聞いた。
「確かに、犯人がまた仕掛けてくる可能性は、ゼロではない。けれど。やっぱり。その可能性はゼロではない、くらいさ。極めて低い。わざわざまた密室を作り上げるなんて、よっぽど頭がいい人か、それ以上に強い恨みがある人、いずれかに該当すればって話だよ」
「なんだ。ならちょっと安心――なんじゃないかなっ。ねえねえ。開くんはこの謎、解けるかな?」
「さあ。そんな質問、もう謎が解けてる人じゃないと答えられないさ。でも――」
「でも?」
でも、解かなければならない。
高菜さんは、俺がこの事件を解くことになると言っていた。そのサポートもするとも言っていた。未来から来たというのが本当だとしたら、俺は謎を解くことができるのだろう。そんなのただの気休めにもならない妄想話みたいなものだけれど、もし高菜さんが未来人で、彼女の言うことが真実なら――藤堂高菜は犯人じゃない。
いや。
可能性の話では、高菜さんが未来から来たなんて話のほうが低いんだけど。
また、宇宙人で俺を実質的にも異空間に閉じ込めた入江杏さんも、犯人ではない。可能性は低い。
俺はまず、そのことは一度、頭の隅に追いやることにした。
そこで、これまで穏やかに俺と有加里ちゃんの会話を見守っていた逸美ちゃんが、ポンと俺の肩に手を置いた。
「でも、開くんなら解ける。ね?」
「勝手にそんなことを」
「お姉ちゃんは開くんを信じてるわ」
「ちょっ」
また人前でお姉ちゃんとか言って。恥ずかしいから言うなよ。
「いいでしょう? わたしは開くんのお姉ちゃんだもん」
俺の心の声さえお見通しな様子の逸美ちゃんである。そっちにまで答えなくていいよ。
「……まったく」
と、俺はため息をつきつき、有加里ちゃんに視線を戻す。
有加里ちゃんは、興味深そうに俺と逸美ちゃんを見ていた。
「なんか開くん。逸美さんの前だとちょっと違う感じじゃないかな? なんていうか、子供っぽい」
なにが子供っぽいだ。同級生だぞ。
「そんなことないよ」
「むぅ。そんなことあるんじゃないかな。だってだって。いつもは開くん、笑顔を見せてくれてもクールだし、あたしにはその、そんな表情しないもん」
なんか最後はちょっと駄々っ子みたいな言い方だった。でも別に、俺は逸美ちゃん相手にもやれやれって感じなだけで、子供っぽい顔なんてしないんだけどな。
「俺の話はいいからさ、別の話聞かせてよ」
いや。言って思い出す。あの二人についてまだ聞いてなかった。
「そういえば有加里ちゃん。コバヤシさんとレガーナさんがどこに行ったか見てない? さっきから探してるんだけど、見つからないんだよ。あの二人」
有加里ちゃんはワンサイドアップの髪を柳のように垂らすように首をかしげた。
「見てないんじゃないかな。あたしが最後に見たのは、殺人現場を見つける前だし」
「そっか」
ホント、あの二人はどこをフラフラしているのか。
「ああ、そうだ。言うの忘れるところだった」
俺はもう一つ思い出した。
「なにかな?」
「事件が解けたら、絵皆さんがマジックを見せてくれるってさ。ステージはなくなっちゃったから、その代わりにって」
「それはいいんじゃないかなっ。楽しそうっ。あ、その、品森社長が殺されちゃったのは残念だけど、マジックは楽しみなんじゃないかな」
「そうよね。わたしはもう、いくつか見せてもらったけど、絵皆さんのマジックは種も仕掛けもわからなくておもしろいわ」
逸美ちゃんが言うと、有加里ちゃんは大きな瞳を輝かせる。
「そういえば言ってたね。逸美さんから、さっき聞いたんじゃないかな。トランプが浮いたり泳いだりって」
考えたら、俺が品森社長と話しているあいだ、逸美ちゃんは有加里ちゃんといろいろと話し込んでいたんだっけ。
また二人で話し始めたので、俺はそれを横で聞いていた。
「逸美さんはマジックにも詳しいみたいだし、助手とかもできちゃうんじゃないかな?」
「できないわよ。わたしができるのは探偵助手だけ。《名探偵》の助手もするけど、やっぱり開くんにはわたしがついてないとダメだから、メインは開くんの助手なの」
「やっぱり逸美さん。すぐ開くんの話になるんじゃないかな?」
「だって、わたしは開くんのお姉ちゃんだから」
どこかおもしろくなさげな有加里ちゃんだった。
逸美ちゃんと有加里ちゃんの会話は終わらないみたいだし、楽しげに話している二人はおいといてひと足先に俺は部屋に戻るかな。
情報をまとめて、可能性をひとつずつ削っていきたいし、そのあと再び社長室に戻って、現場を検分したい。よく昔から、現場百篇って言うし。
「じゃあ有加里ちゃん、俺は一旦部屋に戻るよ」
「えー。もうちょっと部屋にいるといいんじゃないかな? 考えたら、まだ開くんとはあんまり話してないし、なんて」
と、また最後におどけるように言って、有加里ちゃんは俺の腕を取る。仕方ない。俺と逸美ちゃんはもうしばらく、有加里ちゃんの部屋にいるとするか。




