第四章6 『捕まらない二人』
俺がこの飛行船で出会った人たちの中で誰と一番仲良くなったかというと、それは有加里ちゃんだ。
しかし一番気楽に話しかけられる相手は、絵皆さんになるだろう。
気さくでサバサバとした彼女。マジシャンという個性をうまく使って俺との距離を縮める技は、口からトランプを出したりといったマジックの腕より、絵皆さんが持つ人柄によるところが大いに一役買っているのだろうと思う。
だから絵皆さんには、事情聴取みたいなことをする場合だろうと俺も気兼ねなく質問をすることができる。
絵皆さんはトランプを持ったまま。
「アタシのアリバイでしょう? それはカンペキじゃない? だって、最初は高菜さんとステージの打ち合わせだったし。えっと、十五分くらいから三十分くらい? で、一分もしないでコバヤシさんとレガーナさんが来たしね。三十五分くらいまで話したりマジック見せてあげたりしたのかなー。それで、コバヤシさんとレガーナさんが帰ったあと、ステージの準備をしてたの。で、終わったらヒマになったから、お隣の入江杏ちゃんのお部屋に行ったってワケ。どうかな? こんなんでオッケー?」
カードをシャッフルしながら絵皆さんは言った。
いや、時間の情報が足りないな。
しかし俺は愛想よく一度うなずく。
「うん。オッケーかな。ありがとう。えっと、あと確認なんだけど、入江さんの部屋には何分くらいに行った?」
「あ。言ってなかった? うーん……確かね、四十分から五十分くらいだったな。それからすぐに高菜さんが来て、品森社長が死んだって聞かされたんだ。……でも残念だったよね、品森社長。これからニューヨークで披露宴があるのに」
「そうだね。だからいまは、犯人を見つけないと」
品森社長の話になって表情を暗くした絵皆さんだったけれど、表情を明るくして、
「だね。よく言った開くん。がんばって犯人捜し出せ」
「うん! 任せて」
「よっ! 探偵王子!」
「王子はやめてよ」
と、俺は照れ笑いを浮かべる。
しかしなるほど。
これまでの証言とも一致している。時間があったとすれば、コバヤシさんとレガーナさんが部屋を出て、入江杏さんの部屋に行くまでの十分間。だからカンペキとまでは言えない。
逸美ちゃんのメモが書き終わるまで、俺はちょっと雑談を挟むことにした。
「コバヤシさんとレガーナさん、また来たんだね」
「そーなんだよ。こんなにマジックをせがまれたの、人生で初めてかも。開くんからも言ってやってよ。コバヤシさんが、『わたしがハウルで一番仲良くなったのは、開さんだ』とか言ってたしさ。開くんの言うことなら聞くでしょ?」
誰が一番仲良くなっただよ。やめてくれ。
「いや。俺が言っても無理だよ、あの二人は」
「そうなの? レガーナさんも、『わたしのことなら、なんでも逸美さんに聞くといいわ』って言ってたんだけどな」
逸美ちゃんも苦笑するしかないみたいだった。
「えっと。絵皆さんは、他になにか気づいたこととか気になったことってない? なんでもいいんだけどさ」
カクンと大きな仕草で首をかしげると、短いポニーテールが跳ねた。
「あ、そういえばコバヤシさんは凪くんとドラゴンの谷に行く約束をしたって言ってたな。『凪さんは開さんと違って真面目で堅物なところがあるけど、これでもっと仲良しになれる』って張り切ってたしね」
「は?」
凪のどこが真面目で堅物なんだ?
いろいろつっこみたいことはあるけど、やはりコバヤシさんの話はよくわからない。どんなゲームの話かはわからないけど、なんか凪とドラゴンの谷に行くとか約束してるし、事件中なのに困った人だ。
「絵皆さん、他にはなにかあった? コバヤシさんとレガーナさんについて以外で気になかったこととかさ」
「どうかな。よくわかんないな。アタシが廊下出たのって、杏ちゃんの部屋へ行くときと帰ってくるときでしょう? そのときは誰にも……ああ、でも見たかも。コバヤシさんとレガーナさんが部屋を出て行くとき、ドア開けて見送ってやったのね。そのとき、有加里ちゃんがいたと思ったな。角を曲がる一瞬だったから確信はないけど。たぶんそうだった」
有加里ちゃんか。
というと、俺たちの部屋に来るちょっと前ってことになるのか?
ハッキリとはしていないみたいだけれど、逸美ちゃんはぬかりなくメモをしている。
まあ。こんなところか。
「絵皆さんありがとう。事情聴取はこれで終わり」
「そっか。了解。それでさ、開くんと逸美ちゃん、あと高菜さんも、事情聴取とか終わったら、みんなアタシの部屋に来ない? もちろん凪くんと鈴ちゃんも。せっかくだし、有加里ちゃんと杏ちゃんと左遠さんも呼んでさ。あとあの料理人さんと、コバヤシさんとレガーナさんも。で、マジックを見せたげるね。この様子じゃ、みんなにマジックを見せるステージはなさそうだしさ。どうかな?」
「いいね」と俺。
「楽しそう」
逸美ちゃんもにっこりと微笑む。
高菜さんが提案した。
「それでしたら、食堂かレストラン、もしくはラウンジを使ったらどうですか? 人数が多いなら、そのほうがいいでしょう」
「いいんですか? 高菜さん」
「ええ。ご自由にお使いください」
声の調子は淡々としてクールだけれど、なかなかに気を利かせて親切なことを言ってくれる高菜さんである。
「ありがとうございます高菜さん」
絵皆さんが快活にお礼を言う。
その様子を見ていると、やっぱり絵皆さんはみんなの前でマジックを披露したかったんだろうな、と思う。俺も絵皆さんのマジックを楽しみにしていたし、マジックが見られるのはうれしいことだ。
演奏を披露した有加里ちゃんは、俺たちの感想を聞いて満足そうな顔をしていた。あの料理人も、俺がおいしかったと言ったとき、うれしそうな顔だった。そんなのを見せられたら、絵皆さんも自分のパフォーマンスがしたいというものだろう。
さて。
「それじゃあ。俺たちは事情聴取に戻るね」
「はいよー。いってらっしゃい」
手を振ってくれる絵皆さんに、俺は手を振り返す。
これまで同様、高菜さんが「ご協力ありがとうございました」と挨拶して出て行くと、逸美ちゃんと俺もそれに続ける。
そして俺たちは204号室――浪江戸絵皆の部屋を出た。
ちょうどそのとき、201号室の方から凪が歩いてきた。
「どうした? 調査でもしてるの?」
凪は飄々と手を挙げて微笑む。
「やっほー。開、キミのほうは順調かい?」
「うん。そっちは?」
「ぼくもぶちぶちかな」
「それを言うならぼちぼちだろ?」
「その通り~。必要なだけ情報を集めたらのちほど合流しよう。ぼくはエイ……入江杏さんに用があるから。じゃ、そういうことで~」
俺はさらりと手を挙げて歩き出す。凪はすぐにノックもなく入江杏さんの部屋に突入していった。あいつ、いまエイリアンって言おうとしなかったか……? 気のせいかな。
高菜さんは凪を警戒した目で見ていたが、無事部屋に入ったのを確認すると歩き出した。
これで、二階の部屋は回り切ったことになる。
次は一階ということであるらしく、三階はよくわからないそうだ。
「コバヤシさんとレガーナさんがつかまらなかったので」
歩きながら、高菜さんはそう説明した。
あの二人はどこフラついているのか。
話を聞く限り、コバヤシさんとレガーナさんは、どうやら有加里ちゃん、左遠さん、入江杏さん、絵皆さんの部屋を回っていたらしい。他のゲストの部屋巡りをしている二人の姿が想像される。
だから、いつ部屋に戻るともしれない二人の部屋へ行くより、船内を歩き回っていたほうが出くわす確率が高いと踏んだのだろう。
階段に差し掛かったとき。
「おや?」
高菜さんの足が止まる。
正面から、金色のツインテールの髪を揺らしながら少女が歩いてきた。あれは鈴ちゃんだ。どうしてこんなところに。
「開さん、どうも」
「鈴ちゃん、こんなところでどうしたの?」
「ええ。あの、凪先輩見ませんでしたか? 探してるんですけど見当たらなくて」
「凪にならさっき会ったよ」
目を丸くして「えー!?」と大げさに驚く鈴ちゃん。
「どこで会いました?」
「入江杏さんの部屋に入っていったよ。まだ三十秒くらい前だから会えるんじゃないかな」
「なんでそんなところに」
「そんなところって」
と俺が苦笑いを浮かべると、鈴ちゃんは慌てて、
「違うんです。そういう意味ではなくて! ええと、その、ありがとうございました」
鈴ちゃんは軽く会釈して走って行った。凪の相手も大変そうだな。走る鈴ちゃんの背中に声をかける。
「頑張ってね」
「はーい」
「ファイト~」
逸美ちゃんも応援して鈴ちゃんを見送った。
「では、行きましょうか」
と、高菜さんが歩き出す。
そのあと、十秒もしないで、階段も終わるところで、高菜さんが驚愕の顔で立ち止まった。
なぜなら――
「えっほ、えっほ。あー忙し忙し」
と、凪がランニングでもするように走っていたからだ。