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第四章2   『情報屋は情報収集に』

 俺はこの場にいるみんなを見回した。

「さて。品森社長は一時間前、みんなと食堂にいました。ですからみなさん、それまでの行動を教えてください」

 そうだな。まずは高菜さんから聞かせてもらおう。

「高菜さんはどうされてましたか?」

「わたしは、浪江戸絵皆さんと打ち合わせをしたのち、自室で仕事をしていました。そして、マジックの始まる十分前になったので、品森社長に電話を入れました。しかし電話が繋がらなかったので直接呼びに行きましたが、出ませんでした。それから、開さんを呼びに行きました」

 なるほど。

 絵皆さんがアリバイを証明したとしても、犯行は可能。アリバイはないことになる。話に齟齬はないし、時間の確認だけしておこう。

「高菜さん。絵皆さんとの打ち合わせは、何分から何分でしたか?」

「あのあと、絵皆さんの部屋に直接行ったから、十五分から二十五分です」

「わかりました。ありがとうございました。それから高菜さん、他の乗客のみなさんに事情聴取に協力してもらえないか、聞いてきてもらえますか? できれば、事情聴取に行く際も、いっしょに来てほしいんですけれど」

「構いません。その前に、彼はコックピットに帰してやってください。パイロットは緊急時以外はコックピットの外には出ません」

 いや、普通は緊急時にも操縦士がコックピットから出るなんてことはないんだけどな。

「それに、機長と副操縦士は互いにアリバイを証明できるので、事情聴取の必要はありません」

「そうですね。でも、一応アリバイが本当にあるのか、あとでコックピットに行って、機長さんも含めて二人の事情聴取をしましょう」

 高菜さんは、キミも疑い深いやつだな、とでもいうような目でうなずく。

「ええ。そういうことなら、のちほどわたしがコックピットまでお連れします。では、わたしは先に乗客の許可を取ってきます」

「はい。お願いします」

 高菜さんは社長室を出て行った。彼女に続いて、ミスターサンキューも「サンキュー」と親指をビッと立てて、歯をキラッと光らせて出て行った。

 さて。

 残りの二人からも聞いてしまうか。

「えっと。それでは……」

 名前がわからず呼ぶに呼べない。しかし料理人は意に介さず、自分から説明してくれる。

「オレはずっとキッチンにいたよ。その間、誰にも会わなかった。だから、アリバイはないということになるな」

「そうですか。なにか、気づいたことはありますか?」

 料理人は俺の瞳をまっすぐ見て、

「いいや。キッチンは孤独な場所だからね」

「そうですか。わかりました。それでは、もうキッチンに戻っていただいていいですよ。ディナーを作らなくてはならないとおっしゃっていましたし」

「そうか。なら、行かせてもらうよ」

 部屋を出て行こうとする彼に、俺は言った。

「あの。ピザもパスタもサラダも、全部おいしかったです」

「ありがとう。探偵くん」

 爽やかに微笑み、颯爽と料理人はキッチンへと戻って行った。

 そういや、名前を聞くのを忘れてたな。まあ、また今度会ったときにでも聞くとしよう。ディナー時には会えることだし。

 しかしこれで、残るは一人。

 有加里ちゃんだけだ。

 品森社長の死体が置かれた社長室には、もはや俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんと有加里ちゃん、それに凪の五人しかいない。

「有加里ちゃんは、三十分から俺たちといっしょだよね」

「うん。三十分で間違いないんじゃないかな?」

 それで間違いない。俺は時計を確認していたから断言できる。

「それまではどうしてた?」

「あたしは、自分の部屋にいたよ。でもね、コバヤシさんとレガーナさんとお話してたから、ええと、それが三十分くらいまでかな。そしてすぐ、開くんたちのお部屋に行ったのかな」

 アリバイはあるらしい。あとは、コバヤシさんとレガーナさんに確認を取れば、有加里ちゃんのアリバイは成立だ。

「なにか、気づいたことは?」

「うーん。なんだったかな。あたしが開くんたちの部屋に来るとき、阪槻さんを見かけたんだ。確か、一階の階段だったんじゃないかな。怖かったから、あたしは阪槻さんがいなくなってちょっとしてから、階段を上ったよ」

 そうか。そんなところか。阪槻さんねぇ……。考えたら、あの人のとこにも事情聴取に行かなきゃならないのか。考えただけで気が滅入りそうだ。それもこれもぜーんぶ凪のせいだ! とんだとばっちりだよ。

 しかしこれで、ひとまず三人の事情聴取が終わったわけだ。

「わかったよ。ありがとう」

「ううん。全然いいんじゃないかな。それにしても、これってまさか、マッドカッターが殺したってことはないかな? 風のように切りつける怪人、みたいな」

「どうかな。第一、マッドカッターって死者が一人現れたあとに出るんでしょ?」

「いやあ。考えたらそうだったかな。面目ない」

 死体を見たばかりの頃は心配なくらいだった有加里ちゃんも、徐々におどけたような、なにかを隠すようなあの明るさが戻ってきている。

「有加里ちゃん。あとは部屋で休んでて。このあとの予定もどうなるかわからないし、しばらくは事情聴取に時間がかかるからさ」

「うん。それなら、自分の部屋にいようかな。でもでも。一人っていうのは、やっぱり心細いんじゃないかな? だから、事情聴取が終わったら、開くん。すぐにあたしの部屋に、来てくれないかな?」

 有加里ちゃんらしくなく、ちょっとしおらしく上目に俺を見た。そりゃあ、密室殺人事件だもんな。俺は小さく微笑みを浮かべて、

「ああ。わかった。行くよ。それじゃ」

「ありがとう。待ってるね」

 そして有加里ちゃんも、社長室を出て行った。


 あとは、高菜さんの帰りを待つだけだな。どの順路になるかはわからないけれど、高菜さんが来なければ始められない。

 それまでは、横にある安楽椅子にでも座らせてもらうかな。

 俺はため息をつきつつ腰を下ろす。

「それにしても先輩、随分静かですね」

 凪は壁を背にしてポケットに手を入れてクールに立っている。鈴ちゃんに言われても視線を一度切るだけだ。

「まあね」

「先輩だったら、部屋中見回して『泥棒が入ってる!』とか言って、『もっと見るところあるだろ!』って開さんにつっこまれるのを待つでしょ? それで今度は窓際まで走って行って『ほんとだ! 今日は星がキレイだぞ』とか言い出して、『そっちじゃねーよ』って言われてやっと死体に気づいたフリしそうなものなのに」

 俺と凪のモノマネまでしてそう言う鈴ちゃんに、凪は呆れた目を向けて、

「やれやれ。鈴ちゃん、キミはぼくをなんだと思ってるんだい。ぼくがこんな状況でもそういうことするやつに見えるのかい?」

 鈴ちゃんは表情を変えることなく言う。

「見えますけど」

 凪は大仰にやれやれと手を広げて、鈴ちゃんをバカにしたようにフッと笑う。

「なんですか!? いつもの先輩を言ってるだけでしょ? そんなにバカにしたように笑わなくてもいいじゃないですか」

 それには答えず凪は俺に水を向けた。

「ぼくたちはそんな冗談を言っていられなくなったみたいだ」

「だな」

「開、ぼくはぼくの仕事をしよう。情報屋、柳屋凪の仕事をね」

「頼んだ。なにかわかったら連絡してくれ。情報が多ければ箇条書きにしていつものところに貼り付けてくれても構わない」

 いつものところとは、俺と凪がメールなどではなくもっと情報を書いたりURLや写真などを貼ったりするのに使う、特別な場所のことだ。

「わかった。キミも頑張ってくれ」

「おまえもな」

 凪はひらりと手を振って飄々と社長室を出て行った。

 鈴ちゃんは飛び出した凪を見てから俺に顔を向けて、

「開さん、いいんですか? もっと色々先輩に言わなくても」

「いいんだよ。あいつもやることはわかってるさ」

「なんか意外とあっさりしてるんですね」

「そんなもんだよ。鈴ちゃんは凪について行ってあげて」

「はい」

 部屋の外から凪の声がする。

「鈴ちゃ~ん! 早く来るんだー」

「呼んでるよ」

 俺が言うと、鈴ちゃんはふっと小さく微笑みを浮かべた。

「先輩はしょうがない人です」

 鈴ちゃんは俺と逸美ちゃんに会釈だけして、「待ってください、先輩」と凪を追いかけて社長室を出る。

 逸美ちゃんは二人が出て行ったのを見て、

「ねえ、開くん。凪くんもいっしょじゃなくていいの?」

「あいつには色々調べてもらわないと。ここで役に立てなかったらなんのための情報屋だって話だからね。探偵の俺たちは俺たちでやることやろう」

「うふふ」

 逸美ちゃんが嬉しそうに微笑む。

「ん? どうかした?」

「開くん、素っ気ないフリしても凪くんのこと信頼してるんだなぁって思って。さすがは相棒ね」

 俺はため息をつく。

「相棒でもなければ信頼もしてないよ。情報だけ俺に送って阪槻さんにボコボコにされて大人しくなれば言うことなしさ」

「またまた、照れちゃって」

「だから違うよ。まったく逸美ちゃんはー。ところで逸美ちゃん。検死に間違いはないね?」

「うん。言った通りだよ。そうだ。みんないなくなったし指紋も取っておこうか」

「そうだね。お願い」

「任せなさい」

 指紋とはむろん、凶器である品森社長に突き立ったナイフの指紋である。探偵はこういうときのための道具を常備しているから(特に逸美ちゃんはいろんなものを持っている)、ささっと指紋を取ってくれた。簡単な道具でできるんだけど、ここでは説明は省かせてもらう。

 指紋の採取が終わって、逸美ちゃんは言った。

「開くん、ハンドル部分の指紋はなかったわ。犯人に拭き取られたか、もしくは手袋を使用して犯行に及んだのね」

「なるほど。品森社長は手袋をしていない。よって、何者かによる犯行であることが裏付けられたってことか」

「つまりこれは、密室殺人」

 現状、俺があの三人から聞いた話をまとめても、全員に可能性がある。彼ら全員、犯行に及ぶ時間がある。ただ、密室であることが最大の問題だ。

 この飛行船という閉じられた空間――クローズド・サークルにおける、密室殺人。

 ゆえに、犯人はこの船内にいることになる。

 飛行船もそうだが、列車のような動く密室としての舞台装置。まったく。品森社長、あの人はなにを知っていたんだ。

 まあそんなモノ、もはや届くことのない疑問だけれど。


あけましておめでとうございます。

1月2日は書き初め。

かきぞめと読みますが、読み変えると書き始めとも書けますので、小説のほうも今日から書き始めにしたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

皆さまに幸多き一年になりますように。

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