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第三章6   『ショーのはじまり』

 凪が指を鳴らす音で、会場が静まる。

 そして、凪が言った。

「さあ、みんな。品森社長に注目~」

「凪くん」

 品森社長が、場を設けてくれた凪に、感動の眼差しを向ける。凪のやつ、意外にいいとこあるじゃないか。

「いまから品森社長が余興をしまーす」

「しないよ! わたしはなにもできないよ」

「え~。人にはやらせるくせに~」

 ったく、やめてやれよ凪のやつ。逆に品森社長困らせてるだろっ。

 品森社長は咳払いをして。

「では、気を取り直して。これから、昼食を持ってこさせます。その食事中に、本日のゲストでもあります天才バイオリニスト・理嘉有加里さんの華麗なるバイオリン演奏をお楽しみください」

 そういう予定だったのか、有加里ちゃんは俺がチラッと見ると、うんっとうなずく。「楽しみにしてるといいんじゃないかな?」と小声で言った。

「あんまり挨拶が長いとみなさん退屈しちゃいますからね。挨拶はこの辺で。大丈夫。昼食はいま来ます」

 品森社長の挨拶が終わると、その言葉通り、昼食が来た。バイキング形式であるらしく、料理を乗せた車輪付きの長テーブルを、高菜さんと料理人の青年が運んできた。それと共に香りが流れ込むようだった。

 料理人は爽やかに言った。

「みなさん。ぼくが誠心誠意を込めて作った料理を、ぜひご堪能ください。言ってくれればおかわりも作りますよ」

 この爽やかな笑顔を見せる好青年、おそらく年の頃は二十代半ばくらいだろう。背は一七五センチほどで、真っ白なコック服がよく似合う。

「ぼくはディナーの仕込みがありますので、失礼します」

 すぐに料理人は消えてしまった。

 この人も、若手天才料理人とかそういう人なのかな?


 バイキング形式のイタリアン料理では、ピザやパスタはもちろん、サラダやデザートなんかだけでも十分満足できるものだった。それだけでもおいしい。俺は、ピザはトマトソースのものだけで三種類、バジルやチーズだけのシンプルなものまで五つも食べた。一切れごとに取り分けられるからまだいけそうだ。パスタはカルボナーラとミートソース、ペペロンチーノにアラビアータと、少しずつ取り分けて食べた。

 しばらくして。

 場が落ち着いてきたところで、品森社長が注目を集めた。

「それではみなさん。お食事を楽しんでいることと思いますが、ここで理嘉有加里さんの演奏を聴いてもらいます。わたしはこのハウルに、バイオリニストや浮世絵師、マジシャンや料理人など、それぞれの天才にそれぞれのパフォーマンスをしてもらおうと思って、この若い天才たちを招かせていただきました。この後もマジックショーや料理ショーがあります。その皮切りに、バイオリンの天才・理嘉有加里さんに、バイオリンを演奏していただきましょう。お願いします」

 品森社長の後を引き継いで、有加里ちゃんがみんなの前に立ち、軽く一礼した。

「はじめまして。理嘉有加里です。今日はあたしにバイオリンを弾く機会をくださって、ありがとうございます。でも、天才なんて紹介されると、ハードルが上がっちゃうんじゃないかな?」

「そんなハードル、有加里ちゃんならくぐれるよ」

 と、フォローしたよという感じに凪がウインクした。

「えへへ、そうかな? ありがとう。て、それじゃダメでしょ。ハードルはくぐったらダメなんじゃないかな? ていうか、なんであなたがここに?」

 いつのまにか凪が有加里ちゃんの隣に行って話しかけていた。

「ぼくは所長さんに呼ばれて急遽来たのさ。そういうキミは?」

「え? あたしは品森社長に呼ばれて……」

 凪は真顔で有加里ちゃんを見て、

「そこでなにしてるの?」

「いや、だからこれから演奏を」

「なんだ、ぼーっとしてるからどうしたのかと心配したよ。演奏するならどうぞ~。よっ! 待ってました!」

 と、凪は手を叩く。

「どうぞって言われても、あなたが隣にいると気が散って演奏できないんだけど」

「わがままだなぁ。まあ、そういうことならぼくは舞台裏にでも行ってるよ」

 そう言って凪は有加里ちゃんの後ろに移動した。

「それはそれで気になるんだけど」

 有加里ちゃんが困った顔をしたところに、鈴ちゃんが登場した。

「はい、あたしたち観客は静かに席に着きましょうね~」

 と、鈴ちゃんが凪の腕を組んで引きずっていった。さすが鈴ちゃん、凪の扱いにも結構慣れてるもんだ。

 その様子を見て、有加里ちゃんはくすっと笑った。

 さて。これでようやく、有加里ちゃんも落ち着くだろう。

 けれど、よく有加里ちゃんの表情を観察すると、さっきの凪とのやり取りでリラックスしたらしかった。凪が現れる前と比べて、口元も柔和さを帯びている。まさかあいつ、これを狙ったのか? いや、やっぱりそれはないだろう。

 にこっと笑って、有加里ちゃんは挨拶を再開する。

「あたしは天才と言われるほどではないと思います。ですが、楽しんでいただけたらうれしいです」

 拍手。コバヤシさんとレガーナさんが先陣を切って大きな音を鳴らして手を叩き、広い食堂はステージと化した。

 そして、有加里ちゃんのバイオリンが音を奏ではじめる。


 理嘉有加里の音楽がはじまった。

 音が生まれる。

 音が色づく。

 音が見える。

 確かに、彼女の音楽は、聴かせるものではなく、見せるものだった。

 音楽評論家や逸美ちゃんが言っていたように、目に見える音楽であるように思った。

 バイオリンという楽器から生まれた音が次々と色づいて形になって、目に見える――そんな錯覚を受ける。これはすごいな。防音室から漏れ聴いた音とは比べものにならない、圧倒的な鮮やかさを、理嘉有加里のバイオリンは奏でている。いや、奏でているのではなく、もはや圧倒的な鮮やかさを描いていた。

 俺は一点の名画に集中するように音楽に傾倒していた。耳だけじゃなく、目にも訴える音楽は、一時も俺を飽きさせない。

 楽しみにしてるといいんじゃないかな?

 そう言っていた有加里ちゃんのおどけたような明るい笑顔を思い出す。本当に客を目の前にしてこの演奏ができるなんてすごい。

 そして。

 十数分にも渡る有加里ちゃんの演奏は終わった。

「スゴイぞ有加里さん!」

「ステキだったわ!」

 三輪車にまたがったままだがステージに身を乗り出さんばかりの称賛の言葉を送るコバヤシさんとレガーナさんに、有加里ちゃんはうれしそうに微笑みかけた。

「ありがとうございました。こんなに喜んでくれるお客さんははじめてです。自分でも、満足の出来だったんじゃないかな? 最後まで聞いてくださって、ありがとうございましたっ」

 再度お礼を言って、有加里ちゃんは深く頭を下げた。

「なんてスゴイんだ、有加里さんは」

「音がスゴイわ」

「ああ、キレイだ。美しいものを見た」

「あれは赤と緑と黄色ね。それを引き立てるオレンジも素晴らしかったわ」

「だ」

「わたしは感動したわ! コバヤシ」

 コバヤシさんとレガーナさんが興奮冷めやらぬ勢いで感想を言い合っている。

 いや、待て。え? この人たちも音に色が見えるのか? そんなバカな。今度は「品森社長はどうだったんだい?」とコバヤシさんは品森社長に聞いている。彼らに確認するいとまもないな。

 俺は逸美ちゃんにぽつりと感想を漏らす。

「ホントに、音が見えるって意味がわかったよ。聴き入っちゃった。いや、この場合は見入った、のほうが正しいのかな」

「ふふっ。わたしも。いいもの見ちゃったな」

「ステキな演奏でしたよね」

 逸美ちゃんと鈴ちゃんも感想を言って、俺たちは談笑していたのだが、凪は有加里ちゃんの近くに行って感想を言っているらしかった。

「バイバーイ」

 凪が有加里ちゃんに手を振り、こっちに戻って来る。有加里ちゃんも笑顔で手を振ってるから変な会話はなかったようだ。

「開、有加里ちゃんにいい遠投だったって言ってきたよ」

「それを言うなら演奏だ」

 いちいち言い間違えして有加里ちゃんを困らせるな。

 凪は座り直すと、またピザを食べ始めた。

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