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第三章5   『どこまでも自由な三人』

 どうなってるんだこの飛行船は。

 なんだったんださっきのは。

 最後に俺へと向けられた阪槻さんの視線は、過度の怒りを含んでいたように思う。俺はなにもしていないぞ。悪いのは全部凪だ。これはもう、会わないようにするしかないな。

「ちょっと、びっくりしちゃったかな」

 おどけつつも苦い笑みを見せる有加里ちゃんである。

「まあ、あれ見たら驚くよ。無茶苦茶だ」

 俺と逸美ちゃんと有加里ちゃんは席が離れていたから未だ腰を下ろしたままだったけど、絵皆さんたちは立ち尽くしている。そして鈴ちゃんは未だにテーブルの下だ。

「開くん。どうしたらいいかな? あの二人は」

 有加里ちゃんの声で思い出す。そうだ、平大平さんと竹戸丈人さんは殴られて気を失っているのだ。なんとかして医務室につれていかなきゃならない。

「そうだね」

「開」

 凪がこっちを見て席を立ったので、俺も席を立ち、倒れた二人の元へ行った。

「やっぱりだ、開。この人、ホントにいいネクタイしてる」

 ズコー。

 走っていた俺は前につんのめって通り過ぎた。ワンテンポ遅れてイスから立ち上がったところだった逸美ちゃんはコケてるマネをしたらそのまま座ってしまった。ついでに立ち上がって一歩目を踏み出した鈴ちゃんはそのままころんだ。

「みんな、すごいんじゃないかな……。お笑いの劇団……?」

 苦笑いの有加里ちゃん以外、この場にいるみんなは凪のせいでズッコケてしまっていたから、凪が不思議そうな顔で俺を見る。

「なにしてんの?」

「それはこっちのセリフだ! なにやってんだよ! この二人が無事か確認するんだろ?」

「無事なわけないじゃないか。完全に伸びてるよ」

 だろうな。

 俺は高菜さんに呼びかける。

「高菜さん。この二人、医務室に運んだほうがいいですよね。どうしますか? 俺、手伝いますか?」

 高菜さんはかぶりを振った。

「その必要はありません。二人は、副操縦士のあの方に運んでいただきます。もう連絡は入れました」

 副操縦士って……、え!? パイロットがコックピットから出ちゃダメだろ。

 それでも、俺はあのバリトンボイスの城菱機長がいれば大丈夫か、と思い反論せず、うなずいた。

「そうですか。わかりました」

「すぐに来るそうです。品森もすぐに来るので、皆様はご着席の上お待ちください」

「阪槻に久我笹か。アイツら、なんで来たんだ? ハウルにはいろんなヤツが乗ってるな。はた迷惑なヤツらが多くて困る」

 もう落ち着いている左遠さんは平然と言って最後に凪をにらみ、自分の席に座り直す。入江杏さんも左遠さんに倣ってすぐに座るが、絵皆さんは一度俺たちの元まで来た。

 俺たちも自分の席に戻りながら、絵皆さんとしゃべる。

「まさかこんなことになるなんてね。ビックリだよ。開くんも散々だったね。あはは」

「笑い事じゃないって」

「まあ、あの人らは自分の部屋で食べるって言ってたし、気にすんなよ。ね」

 切り替えも早いんだな、絵皆さんは。さっぱりとした闊達な声を聞くと、こっちの気分も変わる。

 気さくな絵皆さんは、有加里ちゃんの顔を見ながら「キミは?」と名前を聞いていた。

 間もなく、有加里ちゃんと絵皆さんの自己紹介が終わると同時に、あの二人が登場した。


 キコキコキコキコ音がする。

 気になってドアの方を見て、俺は目を疑った。

 なぜなら、変なコスプレをした二人組の大の大人が子供用の三輪車に乗って食堂に入ってきたからだ。

 その二人組っていうのはむろん、コバヤシさんとレガーナさんである。

 なにやってんだあの人たち! 頭大丈夫か!?

「ぶほー」

 と、鈴ちゃんがジュースを吹き出した。驚き過ぎだろ。高菜さんは凛と立ちながら入口で待っていたのだが、呆気に取られて挨拶も忘れて固まっている。

「あら? 開くん、どうしたの?」

 逸美ちゃんが顔を上げてコップを持ち、飲み物を口に運びながら入口を見て、そのままジュースが口に入らずだらーっとこぼれた。

「こぼれてるこぼれてるっ!」

 思わず手を伸ばして手で受け止めちゃったぞ。まあ、服が汚れなくてよかった。ちょっとだからすぐに逸美ちゃんも「ごめんなさい」と正気を取り戻す。

「逸美ちゃん、しっかりしてよ」

「ごめんね。本当にびっくりしちゃって。なにが起こったのか一瞬わからなかったわ」

「いや、それはおそらくこの場にいる全員そうだと思う」

 コバヤシさんとレガーナさんの登場には、他のゲストも驚いている。

 左遠右近はお茶が気管に入ってゴホゴホとむせていたが、凪は驚きもせずなにか余興だと思ったのか、

「よっ! 三輪車をかっこよく乗り回してるね~! こりゃあ楽しみだ」

 と、拍手をしている。

「レガーナ、この食堂にはたくさんの席があるが、わたしたちはどこに座ればいいんだ?」

「なに言ってるのよ、コバヤシ。わたしたちはもう座ってるじゃない。これに」

「そうだった。我々の指定席があったな」

「座り心地はバツグンね」

「しかし品森さん、いいモノをくれたな」

「そうね。ステキなプレゼントよ」

 二人は壇上スペースの前の真ん中辺りに来て、レガーナが聞いた。

「でも、どこにステイしようかしら?」

「なに言ってるんだ。ここでいいじゃないか」

「さっすがコバヤシ! ここなら、ショーを特等席で見られるものね!」

「そういうこと!」

 二人は壇上側に向かって(つまり俺たちテーブル席に背を向け)停車した。

 こんなナチュラルにおかしなやつらに、絵皆さんが呆れ顔で言った。

「アンタたち、なにしてんのよ」

 コバヤシさんとレガーナさんは顔を見合わせて、

「ねえ、コバヤシ。絵皆さんってば、わたしたちになにやらせるつもり?」

「ああ。あれは、まだ顔合わせしてない人もいるから、自己紹介をしてくれって言ってるのさ。してやろうじゃないか」

「そうね」

「そういう意味で言ったんじゃないけどね」

 と、絵皆さんは無気力につっこんだ。

 コバヤシさんとレガーナさんの二人はキコキコと三輪車に乗ったまま向き直り、

「やあ。わたしは勇者コバヤシだ」

「ハロー。わたしは魔女レガーナよ」

 と自己紹介。

 そしてまた、キコキコと俺たちに背を向けた。

 こうなったら、もう誰もなにも言わなかった。

 最後に凪が俺の元まで来て、

「開、やっぱりあの二人、普通じゃない」

 とささやいたのだった。

 まあ、床に寝っ転がってワイドショー見てる主婦みたいにくつろぐおまえも大概普通じゃないけどな。


 しばらくして。

 主催者・品森社長が登場した。

 コバヤシさんとレガーナさんが拍手で迎えている。

 品森社長の後ろには――金髪リーゼントで小麦色の肌をしたマッチョなアメリカ人がいた。

 極道じみた顔をにこやかにほころばせて挨拶を始めようとした品森社長だったが、社長はコバヤシさんとレガーナさんを見て後ずさり、腰を抜かしてしりもちをついてしまった。リアクションでかいな。

「品森さん、どうしたんだい?」

「しっかりして」

 品森社長は驚いた顔で聞いた。

「キミたち、その三輪車はどうしたんだい?」

「なにを言ってるんだい」

「あなたがくれたんじゃない」

 二人の言葉に困ったように品森社長の声が小さくなる。

「それは知ってるが……。以前わたしを助けてくれたお礼の品だな。だが、なぜキミたちが」

「もらったモノは使うのが礼儀さ」

「そうよ。わたしたちへのお礼のプレゼントと言われたら、使わずにはいられないわ」

 品森社長は二人には聞こえない声で、「誰かへのプレゼント用じゃなかったのか……」とか言ってる。

 ぶつぶつ言ったあと、品森社長が気を取り直して立ち上がって壇上の前まで行って、挨拶をはじめた。

「ええと、みなさん。本日はわたしのためにお集まりいただき、ありがとうございます。しかしすみませんね。ゲストの一人が大暴れしたそうで。気を失っている二人は、副操縦士の彼が医務室に運ぶので、ご安心ください」

 社長が言うと共に、マッチョの男が平大平さんと竹戸丈人さんを担ぎ上げる。副操縦士のこの人は、かなりデカい。身長二メートルは軽くある(プラス十センチくらいか)。しかも腕の太さなんて電柱くらいあるんじゃないかと思うほどだ。

「よろしく頼むよ」

「サンキュー」

 副操縦士はそう言って、小麦色の肌には目立つ白い歯をキラッと輝かせて、親指をビッと立てた。

 しかしなんでお礼を言われるほうが逆にお礼を言ってるんだ。外国人だから日本語がわかってないのだろうか。

 コバヤシさんはその様子を見ながら、

「ミスターサンキューに任せるか」

「そうね、コバヤシ。わたしたちの出る幕ではないわ」

「頼んだぞミスターサンキュー」

「よろしくねミスターサンキュー」

「サンキュー」

 と、また副操縦士の男はビッと親指を立てて食堂を出て行った。コバヤシさんとレガーナさんはさっそく彼にミスターサンキューなるあだ名をつけているけれど、それでいいのかミスターサンキュー。

「なあ、レガーナ。このあとどんなショーが見たい?」

「いや~ん! わたしから言うなんて恥ずかしいわ。コバヤシから言ってよ」

「ずるいぞ、レガーナこいつぅ」

 イチャイチャしてるふうにも聞こえる内容だけど、なんというかただはしゃいでいる感じに聞こえるのが不思議なバカップルだ。この二人が大きな声でバカ騒ぎしてるせいで品森社長もしゃべり出せないじゃないか。

「あれ? 凪は? 今度はどこ行ったんだ?」

 俺が凪を探して周りを見回すと、もうひとりのおバカは品森社長の隣に歩いて行ったところだった。

「やあ。キミは凪くんだったね」

「ぼくはいまでも凪さ。過去形はやめてよ」

「いや、そういう意味じゃないんだが」

「それはそうと、なんだい?」

 凪の問いかけに、品森社長は言葉に詰まる。

「え? キミから来たんじゃないか。いや、あの、ちょっと困っていてね」

「なにさ?」

「あの二人が静かにしてくれないと話を進められなくてね」

「なーんだ。黙らせろって?」

「いや、そこまでは……。それにキミに任せるのは……」

 凪は品森社長の言葉を最後まで聞かずに、コバヤシさんとレガーナさんに顔を向けた。

 二人はまだ騒いでいて、三輪車でぐるぐると追いかけっこをしていた。

「コバヤシ、わたしを捕まえてごらんなさい」

「ちょ待てよ」

「なにそれコバヤシ~。あははは」

「逃がさないぞ~。逮捕だレガーナ! あははは」

 なにやってんだこいつらは。三輪車に乗った大人がすることじゃないぞ。いや、大人はまず三輪車に乗らないか。

 凪はそんな二人に冷めた目で、

「ねえ。二人共」

「やあ、凪くんっ!」

「あなたもわたしを捕まえるつもり? あははは」

 だが、そんな親しげな二人に凪はきっぱり言った。

「シャラップ」

 ……。

 しーん。

 二人が黙ってしまった。いやこれでいいんだけど……。

 しかしすぐにコバヤシさんとレガーナさんが笑い出した。

「あははは。凪くんはおもしろいこと言うな~」

「あははは。一瞬、意味がわからなかったわ~」

「あははは。ぼくってユーモアセンス~」

 と、凪が照れたように頭の後ろをかく。

「それを言うならユーモラスっ!」

 しまった。俺は思わずつっこんで口を塞ぐ。

 一瞬三人そろってこっちを向いたが、三人は俺を指差すとまたいっしょになってあはははと大笑いを続けた。

 すっげーむかつく。

 俺が文句のひとつでも言ってやろうと思って、バンとテーブルを叩いて立ち上がったそのとき――


 パチン


 と、凪は指を鳴らした。

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