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第三章4   『狂気的』

「ウソ? おれ気を失ってました? 阪槻さんに殴れたからッスね。あれ? 阪槻さんのこと話しましたっけ? 話しましたね。おれ? おれは久我笹ッス。がくッス。二十五歳ッス。あ。名前のほうが岳ですね」

 久我笹岳くがささがく

 常に躁状態の経営コンサルタント。話に脈絡がないということはいまのところはないが、確かに阪槻さんの言うようにイカレた感じと言えなくもない。淀みなくしゃべる様はまともとは思えない。背は高菜さんと同じくらいで、ラフ過ぎるパーカーに穴のあいたジーンズという舐め切った服装も個性的だった。まあ、ズボンの種類が違うだけという意味では凪とたいして変わらないけど。

 珍しく黙ったと思ったら、自己紹介を待っているのだと気づいた。

「俺は明智開です。探偵代理として呼ばれました」

「ひゃあ。ウソ? 探偵ッスか? カッコイイ。あ。じゃあ開さんッスね。そう呼びますね」

 逸美ちゃんは俺に続けて自己紹介した。

「わたしは密逸美、探偵助手です」

「ウソ? 開さんの助手ってことじゃないスか。美男美女で探偵と助手イイッス。最高ッス。歳の差も萌えます。逸美さんッスね。そう呼びますね。逸美さんは代理じゃないんスか? 阪槻さんは嘘が嫌いなんスよ。だから嘘はつかないほうがいいですよ。殴り殺されます。ここだけの話」

 本人いるのにここだけの話って。しかもそれ、さっき本人に言われたし。俺は愛想笑いを浮かべるしかできない。

「久我笹! 座ってろ!」

「まだ全員の名前聞いてないスよ? わかりました。座ってます。でもいいんスか? 開さんの隣の女の子もなかなか可愛いッスよ。名前聞きましょうよ」

「オレは興味ねえんだよ。黙ってろ!」

「じゃあ名前を聞くだけにしときます。開さん、彼らのお名前は?」

 俺は凪と有加里ちゃんを紹介した。鈴ちゃんはテーブルの下に隠れたままだから、これ以上怯えさせるのも可哀想だし彼女の存在は黙っておいた。

「ひゃあ。凪さんに有加里さんッスね。いいッスね。このテーブル。みんな美形で。おれもこっちがいいな。さっきテーブルの下に潜り込んだ金髪ツインテールの中学生っぽい子も美少女でしたしっ」

「久我笹! テメー、ウゼーから戻ってこい!」

「阪槻さん怖すぎです。阪槻さんが怖いから誰もしゃべれなくなってますよ。あ。いいんスよ? しゃべっても。嘘さえつかなければ。ではでは」

 つかみどころがないくらいにあっけらかんとした久我笹さんが薄い笑みを浮かべてそう言うと、ちょっと安心したのかごますりの天才である平大平さんが政治家左遠右近に話しかけた。

「左遠さん。ぼく聞いたことあるんですけど、左遠さんって、元プロ棋士だったんですよね? なんでも、千手先まで見通すとか。すごいですよね。いまは頭を使わない政治家が蔓延しているから、左遠さんのような方がいると思うと、安心します」

「アンタ実業家って言ったか。話がわかるな」

「いえ。とんでもありません」

 別の席では、絵皆さんが高菜さんに話しかけていた。なごやかとは言わないけれど、少し話しやすい空気になってきたかな。

 平大平さんはいま気づいたかのように左遠さんのネクタイを見て、

「お? いいネクタイですね。どこで買われました?」

「これか? どこだった?」

 褒められて気分は悪くないのか、左遠さんは隣に座る秘書の入江杏さんに聞いた。

「それは、衛曽良えそら様のお店でございます」

 やはり真面目な中学生のような顔で、入江杏さんは答えた。

「ああ。あそこか。そうだったな」

「へえ。衛曽良さんっていうと、あの。なるほど。いいですね。ぼくもあそこには行くんですよ。趣味が合いますね。今度よかったら――」

 そこまで言ったとき。

 ガラッと。阪槻さんが席を立った。

 再び場が静まり返る。

 阪槻さんは不機嫌そうに息を吐いて、恐ろしい顔で平大平さんの元へと歩いて行く。

「よう? テメーだよテメー」

「ぼく……ですか?」

 平大平さんが引きつった顔で後ずさる。

「テメーだよな? そうだよテメーだよ。よう? オレは嘘が嫌いなんだわ。久我笹の大馬鹿野郎が忠告したばっかだよな? ナア?」

 狂気に染まった声色で、ずんずんと近づく阪槻さん。

 平大平さんは席を立ち、一歩一歩阪槻さんから遠ざかろうとする。

「いえ。ぼくは、ぼくは……」

 嘘をついていないと、否定できなかった。平大平さんは恐怖に身を震わせ、別の言葉を口にする。

「ぼくは、ゴマをすったんだ。でも、別にいいじゃないか。誰も困らない。むしろ、ぼくには相手の言ってほしいことがわかるんだ。これは特別なチカラだ。だってぼくにはわかるんだから。だったら言うさ」

「だよな? ゴマすって嘘ついたんだよな? 嘘つくなって、言ったよな?」

「…………」

 平大平さんはもうなにも言えなくなっていた。足も固まって動けなくなり、ごくりと唾を飲み込むだけの人形と化していた。

「一つ。オレに嘘つくの禁止」

 そう言って、阪槻さんはさらに一歩近づく。

「一つ。オレの前で嘘つくの禁止」

さらにもう一歩。

「一つ。嘘つくヤツ禁止」

 そして。

 阪槻さんは平大平さんの顔面を殴った。その力は久我笹さんを相手にしていたのとは比べものにならないほどの威力で、殴られた平大平さんの身体は宙に浮いた。このパンチ一つに、時速六十キロのトラック一台分の衝撃がありそうだ。

 ドスン、と音がして平大平さんが床に横たわると、今度は馬乗りになって阪槻さんは殴りかかった。

「オレはな? 嘘をつかれるのが一番嫌いなんだよ。嘘が一番嫌いなんだ。憎くて憎くてしょうがねえんだよ」

 何度も、何度も、何度も殴る。

 ニヤニヤしながら何度も殴る。

 左遠さんは秘書の入江杏さんと共にその場から離れる。他もみんな同じで、近づこうとする人はいなかった。俺もちょうど反対側にいたから近づきもしない。俺たちのテーブルメンバーは座ったままだ。テーブルの下に隠れて未だ出て来ない鈴ちゃんはこっそり見ていたのか、小さな声で「ひぃ~!」と怯えている。

「ウソ? なんで嘘ついちゃったんスか。ダメだって言ったじゃないスか。おれには止められないんスから。このキレたヤバイ人」

「久我笹よォ? いまなんか言ったか?」

 平大平さんを殴りながら阪槻さんが聞いた。

「嘘ついたらダメだって言ったんスよ」

「そのあとだ」

「おれには止められないって言いましたね。このキレたヤバイ人」

「よし。あとでオマエも殴る」

「どっちにしろ殴るんじゃないスか。最低ッスね。いやもう勘弁してくださいよ。どうすれば《時限爆弾付き嘘発見器》は止まるんスかね~」

 久我笹さんはなおも減らず口を叩いてヘラヘラ笑っている。

 阪槻さんはまだ殴る。最初の一発目ですでに意識を失っていた平大平さんは、いまや血まみれになって泡まで吹いていた。最悪だ。よくここまで人を殴れるな。それに、なにが久我笹さんのほうがイカレててヤバイだよ。おまえのほうがヤバイだろ。いまだって哄笑しながら殴り続けている。

 俺は一歩引いて、その場を見ていた。

 しかしそこに、浮世絵師の竹戸丈人が口を挟んだ。

「あの。もうやめてあげたらどうですか? 彼はもう気を失っています。もういいじゃないですか」

 ピタリ、と阪槻さんは動きを止めて、平大平さんを見た。

「あー。ホントだな。泡まで吹いてやがんな」

 阪槻さんは立ち上がり、竹戸さんの目の前に行く。

「テメーは偉いな。よくそれが言えたな? そういう勇気のあるヤツはオレは嫌いじゃねえんだわ。むしろ好きだ愛してる。でもよ? まだいいワケねえよな? まだ気を失ってるだけだよな? またいつ嘘つくかわかんねえよな?」

 竹戸さんは手足を震わせて立ちすくんでしまった。なぜなら、阪槻さんが拳を振り上げたからである。

「好きなヤツでも、邪魔するヤツは殴るよなァ?」

 拳は竹戸さんをとらえ、平大平さんのときと同様に体を宙に浮かせるほど殴り飛ばした。殴れた竹戸さんは、気を失って伸びてしまっている。

 阪槻さんは平大平さんの元まで引き返し、思い切りその顔を踏みつぶした。

「テメーが相手のしてほしいことがわかるみてえによ? オレには嘘ついてるヤツが嘘ついてんなってことがわかんだわ。だから最悪なんだよなあ。嘘をつくヤツはよ」

 さらにもう一度踏みつぶしてから、阪槻さんはボリボリと頭をかいた。

「あー。最悪だな。こんな嘘つきに会っちまうなんてよ。興が覚めたわ。オレは部屋に戻るから、飯は部屋に持ってきてくれないか? 藤堂さんよ?」

 よかった。自分の部屋に帰ってくれるらしい。

 凪が俺の肩をポンと叩いて、

「開、そんなに喜ぶなよ」

「ちょっ! 喜んで――ハッ」

 危うく、凪に乗せられて「喜んでない」と嘘をつくところだった。危ない危ない。凪め、こいつわざと言ったな~!

 一瞬、阪槻さんにはすごい形相でにらまれたけど、彼はまた高菜さんに向き直る。

 呼ばれた高菜さんは、揺らがない瞳でクールにうなずく。

「わかりました。それではのちほど、お持ちいたします」

「おおサンキューサンキュー。行くぞ久我笹」

「ひゃあ。おれはこっちでみんなと食べたかったのに勝手ッスね。おれ阪槻さんと二人で顔合わせて飯とか耐えられないッス。見るなら美男美女の顔がいいッスよ」

「これ以上言うと殴るぞ久我笹」

 しかしその拳はすでに久我笹さんの腹に入っていた。

「ひゃあ……ゴホ……ッ……。痛いッスよ。つーかもう殴ってるじゃないスか。だからイカレてるなんて言われんスよ」

「言ってんのはテメーだろ。この減らず口がッ」

 また殴られて、久我笹さんはうめきながら阪槻さんの後について行った。

 去り際。

「チッ」

 阪槻さんは舌打ちして俺と凪の顔を睨めつけ、そしてきびすを返した。

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