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第二章10  『簡単な種明かしと聞かなかった話』

 理嘉有加里は耳が聴こえない人間だ。聴覚に障害がある。つまり、音を聞き取ることができないのである。

「どうして気づいたのかな?」

 それまで赤面したときでさえもずっとおどけたような明るさはどこかにあった彼女だが、いまはその色も顔からは消えていた。

 俺は淡々と答える。

「おかしかったところはいくつかあった。まず、ドア。俺は部屋に入るとき、ドアをノックしたんだ。でも、有加里ちゃんは起きなかった。そして部屋に入ってドアを閉めたら、目を覚ました。それは、音には反応できなかったけど、ドアが閉まったときの振動は感じられたから」

 これがまず一点。

「次に、表情。さっき通りかかった男は楽しそうだった。普通はそう見える。いや、怒ってるように見えなくもないんだよ。笑っていても怒ってる人はいるから。下卑た笑いとかさ。でも、他の情報がないとそれには気づけない。なのに有加里ちゃんはそれに気づいた。じゃあ、その情報はなにか――あの二人のしゃべっていた言葉だ。防音のこの部屋からじゃ聴こえない音はなんらかの形で、拾われたと考えられる」

 これがもう一点。

「そして最後は、声。仮説が立ったとき、俺は鎌をかけさせてもらった。意図的に普通じゃ聴こえない声でしゃべって、それに反応できるかテストした」

 そう言うと、有加里ちゃんの目が大きく開いた。

「そしたらビンゴ、反応してくれた」

 アイマスクをしていたとき、俺の声は届かなかった。視界が遮られているときには音が耳に届かなかった。なのに、視界が開いているとき、小さな声にも反応できた。

 ここで俺は、笑顔を作って言う。

「すると結果、有加里ちゃんは読唇術ができると、推定される」

 またおどけた調子で有加里ちゃんは笑って、

「すごーい。これはもう名探偵なんじゃないかな?」

 と拍手した。そしていたずらな笑みを浮かべ直して、

「で? 続き、あるんじゃないかな?」

 さて、それじゃあ最後の推理工程を聞いてもらおうか。

「読唇術は、鍛えれば誰でもできるようにはなる。耳が聞こえない人じゃなくたって、口の動きだけで会話の内容を理解できる人もいるからね。ところが、おもしろいことに、有加里ちゃんのそれは読唇術じゃなかった。いや、読唇術も使えるかもしれない。けれど、マジックの種はそこにはない」

 意外にも、有加里ちゃんは楽しそうに聞いている。さっきの青ざめた顔はどこへやらだ。

「さっき俺は、鎌をかけたって言ったね? そのとき。念のため、読唇術以外の可能性もあるんじゃないかと思って、試させてもらったんだ――口元を隠して、聴こえないほどの小声で問いを向けた。そしたら、驚いたことに有加里ちゃんはそれにも反応してくれた。それで確信したんだ」

 一拍の間を作って、俺は言う。

「有加里ちゃんには、音が見えるんじゃないかって」

 反応を見てみる。なんとも言えない笑顔の有加里ちゃん。しかしその笑顔で、俺の推理が正しいことがわかった。

「アタリ! 正解だよ。でもでも、どうしてそんな推理できちゃうかな? 普通、音が見えるなんて考えなくないかな?」

「発想の飛躍だよ。ただまあ、本当に読唇術か試したら読唇術ではないとわかったから、残る可能性を考えただけ」

 俺は有加里ちゃんほどおどけたりするのが得意じゃないけど、冗談めかして、

「さっきさ、おもしろい話思い出したら話すって言ったでしょ? その代わりに、探偵みたいな真似をしてみました」

 と言った。

 有加里ちゃんは、「わー!」と拍手をして、

「正真正銘、名探偵だったんじゃないかな? あとは、犯人はお前だ! って言うところを見てみたいかな」

「機会があったらね。ないほうがいいけど」

 うんっと有加里ちゃんはうなずいた。

「ところで開くんっ」

「なに?」

「やっぱり開くん、聞いてたんじゃないかな?」

 訝るような視線。またそこに戻ったか。それだけ恥ずかしかったってことなんだな。でも、ここは嘘をつき通すのが優しさだろう。

「なにを?」

 と、空とぼける。

「む」

 上目づかいも、こういうシチュエーションだと嫌なものだな。

「まあいいかな。うん。そういうことにしとこうかな」

 やっと本人の中で納得できたみたいだ。さて、また掘り返される前に適当に話題を振っておくか。

「あのさ。音が見えるってどんな感じ?」

「うーん。難しいかなぁ。一言で言うのは難しいかな。あ、一応言っておくと、字が見えるとかそういうんじゃないよ?」

「たとえば、いまの俺の言葉はどう見える?」

「開くんが言ってる言葉のままだよ。あたしにはそれが普通だから、開くんがその言葉をその音として聞き取るのと同じ。かな? ね、説明するの難しいでしょ?」

 そうだな。自分にとっての普通――たとえば、歩くのはどうやるの? とか、どうやったら呼吸できるの? とか。そういうことを聞かれているようなものかもしれない。

「俺にはわからない世界ってことかな」

「じゃないかな?」

 有加里ちゃんは微笑みながら俺を見上げる。

「でも、どうせみんなそうじゃないかな? 品森社長だって、開くんと同じ世界は見えてないと思うよ? 開くんは頭使い過ぎなんじゃないかな?」

「よく言われる」

 と、俺は苦笑した。

「それでそれで。強いて言うならなんだけど、色とかってイメージとしてはわかりやすいんじゃないかな? 開くんの声色には、赤とか青とか、あとは紫とか、そういう色味があったりするんじゃないかな?」

 ああ、やっぱりあれがそうか。あのアイマスクしてたときの独り言――赤、青、紫と言っていた。

「色かぁ。おもしろいね」

 いま頭の中でした情報結合が悟られないよう、なるべく即答に近い形で新鮮な驚きを見せて相槌を打った。

 有加里ちゃんはころころ笑う。

「声色って言うくらいだからね」

「そういえば、誰か付き添いの人はいないの? マネージャーとかご両親とか」

「あたしだけかな。ホントはね、お父さんがいっしょに来るハズだったんだけど、仕事で来られなくって」

「お母さんは?」

「あたしはお父さんと二人暮らしなのだっ。お父さんも簡単にお仕事休めないし、一人で来るしかないんじゃないかな」

 俺がなにかフォローの言葉を探して言う前に、

「えらいでしょ? えっへん」

 そんなふうにおどける有加里ちゃんだった。

「ほめてほめてー」

「うん。えらいね」

「あはっ。ほめられちゃったっ。かなっ」

 母親については聞かないほうがいいだろう。言いたくないことかもしれない――そういうことも周りに見せないため、有加里ちゃんはおどけた態度を取るんだと思う。

「ねえねえ。もう十二時十分じゃないかな?」

 有加里ちゃんはそそくさとバッグをつかんで、ドアのほうへ小走りに駆けていく。振り返って、ニコリと笑った。

「開くんっ。お部屋に戻ろっ?」


 有加里ちゃんの部屋は一階だったので、この階段で彼女とはお別れだ。

「あのねあのね。言っておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「いいよ。どうぞ」

「実は、あたしが見えるってこと、知ってる人ってお父さんだけなんだ。だから、秘密にしてくれないかな?」

 見えるというのはもちろん、音が、である。

「オーケー。秘密にする」

 ふふん、とおかしそうに鼻を鳴らして、

「この船でそれを知ってるのは、開くんだけなんじゃないかな? だから、この船においては、二人だけの秘密だよっ」

 おどけた調子だが、俺にしゃべるなと釘を刺したのだろう。

「またねっ」

 俺が返事をする前に、有加里ちゃんは小走りで去って行った。

 二階にいる逸美ちゃんの元へ行くため、俺は一人階段を上る。

 十二時半まではまだ時間はある。けれど、ゆっくり休憩ってほどには時間も残されていなかった。

 ――203号室では、ノックした瞬間にコバヤシさんとレガーナさんがドアを開けて俺を引き入れるというある意味予想通りの招かれ方をした。服を引っ張るな。

「遅かったじゃないか開さん」

「探しに行くところだったわ」

「ついでに荷物の整理とかしてたら、思いのほか時間がかかっちゃって」

「おかえり開くーん。待ってたぞー」

 絵皆さんは少しだけ疲れた顔をしている。ああ、きっとこれは、コバヤシさんとレガーナさんにあの後散々マジックをさせられたんだろうな。とんだ勇者と魔女だよ。しかも凪がいるんだからその心労は計り知れない。

「開、遅かったね」と凪。

「おかえり」

 と、逸美ちゃんもにこりと微笑みながら言う。俺は「うん」とうなずいて、逸美ちゃんの横に腰を下ろした。

 そのさらに横にいる鈴ちゃんが顔を上げて、

「開さん、遅かったですね。開さんのことだから、また変わった子に絡まれてたんじゃないですか?」

「あはは」

 と、俺は苦笑いを浮かべる。

 絵皆さんは、マジック用のトランプで遊んでいるコバヤシさんとレガーナさんをチラリと一瞥して、

「いやホント、開くんが出て行ったあともコバヤシさんとレガーナさんがマジックしろってしつこくてさ。逸美ちゃんと鈴ちゃんは止めてくれないし」

「だからぼくが頑張って止めたんだ」

 と、凪が肩をすくめる。

「凪くん、アンタ勝手にアタシのマジック道具いじって遊んでたでしょ」

 絵皆さんがため息をつく。

 逸美ちゃんは眉尻を下げて苦笑する。

「ふふっ。ごめんなさい。いっしょになってマジック楽しんじゃった」

「へえ。どんなマジックだったの?」

「それは、見てからのお楽しみっ」

 と、絵皆さんはウインクした。それもそうだな。マジックは、話に聞くんじゃなくて、その場で見るからおもしろいんだ。

 さて。

 俺は立ち上がって、

「絵皆さん。俺たちは一度部屋に戻るよ。食堂でまた会おう? マジックはあとで見せてね」

 もう細かい嘘はつかずに絵皆さんにそう言った。

「うん。楽しみにしてな、開くん。とっておきをしてあげっからね」

 快くうなずく絵皆さん。

「ぼくたちのマジック、楽しみにしててよ」

「アンタは関係ないでしょ、凪くん」

 胸を張る凪に、丁寧につっこむ絵皆さん。

 ここで、すっくと逸美ちゃんが立ち上がる。

「絵皆さんありがとう。マジック楽しかったわ」

「あの二人のせいで、同じマジックばっか見せちゃったけどね」

 と、絵皆さんは困り顔で笑った。絵皆さんのマジックを見ては抱腹絶倒するコバヤシさんとレガーナさんの姿が目に浮かぶ。

「ううん。何回見てもおもしろかったわ」

「楽しかったです。次も楽しみにしてます」

 ぺこりと頭を下げる鈴ちゃん。

 それから、俺は凪と逸美ちゃんと鈴ちゃんに顔を向ける。

「みんな、それじゃあ行こっか」

第二章6『フランクなマジシャン』に浪江戸絵皆のイラスト追加しました。よかったら見てくださいね。

他も絵が描けたら追加しようと思ってますのでよろしくお願いします。

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