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第二章6   『フランクなマジシャン』

 泳ぐように宙を舞うトランプ。

 203号室にいたコバヤシさんとレガーナさんの友達っていう絵皆さんって人は、部屋でトランプを遊ばせていた。

 すぐに気づく――彼女はマジシャンだ。

 だから、コバヤシさんとレガーナさんは驚くと言ったのだ。なにも、自分たちよりおもしろくてヤバイ人という意味ではなかったんだな。それだけわかって急に安心する。

 コバヤシさんが突然ドアを開けたので、マジシャン絵皆さんは、

「うわっ!」

 と声を上げて体勢を崩した。

 宙を泳いでいたトランプが床に散らばる。

「大丈夫か」

「転びそうだわ」

 コバヤシさんとレガーナさんが瞬時に反応したところ、

「アンタたちのせいでしょうが! ホントにしょうがないわねー。ノックくらいしなさいよ」

「ノックするんだレガーナ」

「任せてコバヤシ」

「いまさら遅いっつーの」

 そして絵皆さんはすぐにニッと笑って、

「あれ? キミたちもハウルの乗客? ドアの前でつっ立ってないで、入んなよ」

 俺たち四人にも気づいて、絵皆さんは部屋に招き入れてくれた。

「はい。失礼します」

「失礼します」

「お邪魔します」

 俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんが断ると、

「そんな挨拶はいいから、まずは座って」

 と、凪が手で示す。

「そりゃアタシのセリフよ! ま、くつろいでよ」

 なんだかサバサバとした人だな。それに、コバヤシさんとレガーナさんの友達っていうからどんなおかしな人かと心配したけれど、まともそうでなによりだ。

「コバヤシさん、この子ら、コバヤシさんの友達?」

「そうだ。開さんだ」

「開くんか。わたしは浪江戸絵皆なみえどえみな。絵皆って呼んで。よろしくね」

 絵皆さんは短いポニーテールを揺らせて、気さくに笑いかける。

 俺も笑顔を作って自己紹介する。

「明智開です。よろしくお願いします」

そして今度はレガーナさんが残りの三人を紹介する。

「こちらは逸美さんよ。そして、そっちが凪さん。で、あっちがす……ウフフ……」

 レガーナさんは鈴ちゃんの名前を言い切れずに笑いを堪えている。

「ちょっとっ! どうして笑うんですか! あたしの名前、そんなにおかしいですか」

 鈴ちゃんが恥ずかしそうに怒ると、レガーナさんは笑いを抑えて謝った。

「ごめんなさい。気にしないで」

「さすがに気になりますが」

「もう平気よ。それで、彼女が鈴さん」

 と、レガーナさんが鈴ちゃんを手で示す。

 始めに、逸美ちゃんは丁寧にお辞儀する。

「はじめまして。密逸美です。よろしくお願いします」

「同じく、御涼鈴です。よろしくお願いいたします」

 鈴ちゃんも挨拶すると、絵皆さんはうんとうなずく。

「こっちが逸美ちゃんね。で、こっちが鈴ちゃんか。うん。よろしくっ」

 最後に凪の方を見て、

「アンタが凪くんね。ちょーっと問題児っぽいぞー」

「それほどでも~」

 と、凪が照れたように頭の後ろをかく。

「褒めてない褒めてない。まあ、楽しくやろうよ。よろしくね」

「おう」

 凪が短く答えた。

「うん! いい返事だ」

 浪江戸絵皆。

 気さくで下町育ちの江戸っ子のようなサバサバした雰囲気。頭の上のほうでひとつにまとめた髪は、肩につくくらいの短めのポニーテールで、白いブラウスに赤色の蝶ネクタイ、その上に黒いベストを着て、赤いスカートは短く、黒いストッキングを履いている。特徴的なのが左目の下の泣きぼくろのようなクローバーのタトゥーシール。身長は平均的で、年は二十歳くらいだろうか――コバヤシさんやレガーナさんとは比べにくいけれど、この二人と同い年くらいに見える。

「開くんまだ高校生くらいでしょ? いまいくつ?」

「高校二年です」

「そっか。なるほどねー。お姉さんは今年で二十歳なんだよ。ちょうど、そこにいるコバヤシさんとレガーナさんの二人も、アタシの同級生なんだって。なんかちょっとおかしいよね?」

「ですね」と俺は微笑む。

「あははは」

 お腹を押さえて笑い、凪は絵皆さんを指差す。

「人のこと指差さない。凪くん、アンタ笑い過ぎだぞ」

「笑えって言ったのに」と、急に真顔になって言う凪。

「そこまでは言ってない」

 凪の相手を平然とできるなんて、この絵皆さんって人はたいしたもんだ。

 しかし三人とも二十歳か。そうなると。

「わたしは大学一年だから、みなさんより一つ下ですね」

 逸美ちゃんが言うと、コバヤシさんは手を叩いて笑った。

「そうか! まったくもってナイスだな、逸美さんは」

「そうね! ナイスよ逸美さん」

 レガーナさんは逸美ちゃんの背中をポンポン叩いた。二人の扱いにはもう慣れているのか、絵皆さんはそれを無視して、

「そうだったんだねー。ちょっと驚いたな。てっきりアタシより一つくらい上かと思ってたわ」

「よく上に間違えられるんです」

 逸美ちゃんは大人っぽいから、大抵は一つ二つ上に見られるのだ。反対に、童顔の俺は少し下に見られるんだけれど。

 まだコバヤシさんとレガーナさんがしゃべっている横で、絵皆さんは構わず続ける。

「逸美ちゃん、年上だからってアタシに敬語なんて使わなくていいよ? あ、もちろん開くんも凪くんも鈴ちゃんもね。アタシ、年齢とかって気にしないタイプだから」

「わたしたちにもそうだぞ」とコバヤシさん。

「敬語は不要よ。ただの日本語でいいわ」

 レガーナさんはやっぱり日本語が微妙にわかってないみたいだ。

 俺は笑顔を浮かべて、

「いえ。俺とは三つも違うし」

 と謙遜するように言った。

 絵皆さんは笑顔のまま「ワァ」と口を開く――

「うわっ」

 と、俺は驚きの声を上げた。つい隣にいる逸美ちゃんに抱きついてしまった。

「きゃー! ひえ~! お化け~!」

 鈴ちゃんに至っては頭を抱えて地面に伏している。驚き過ぎだ。この子を見ると俺も冷静になる。

 凪は真顔で見ているが、俺と逸美ちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていたと思う(ちなみに、コバヤシさんとレガーナさんは大爆笑だ)。

「ビックリした?」

 ニヤリと笑って、絵皆さんはトランプの山札をキレイに整える――実は、さっき絵皆さんが口を開いた瞬間、ダアァァァっと滝のように、トランプが口から出てきたのだ。テレビで見たことあるマジックだ。

 俺は苦笑してみせ、

「そりゃあびっくりもするよ。いきなりトランプ出されたら」

「わたしもびっくりした~。おったまげ~って感じよ。ふふ」

 逸美ちゃんがいつものようにおっとりのんびり言うとあんまり驚いたように聞こえない。鈴ちゃんも顔を上げて、

「あ、あたしもちょっと驚きました」

「鈴ちゃんはちょっとどころじゃなかったけどね」

「そう言う凪くんは終始真顔で、お姉さん寂しいぞ」

 絵皆さんが明るく言うと、凪は手をひらひらさせて、

「そんな顔で泣くなよ」

「いや、泣いてはないから。ハハハ」

 絵皆さん、いい人だな。このまま凪を預かってほしい。永久に返さなくていいけど。

「ハッハッハ。わたしも驚いたぞ!」

「わたしもよ! コバヤシ」

 コバヤシさんとレガーナさんはそう言って、また腹を抱えて笑った。種もわからないがとりあえずおもしろいという感じなんだろう。このマジックが二人のツボのようだ。

 絵皆さんはカラッと笑って言う。

「凪くんには不発だったけどさ、アタシ、開くんみたいに気を遣ってる子を見ると、ついいたずらしたくなっちゃうんだよね。アタシには気を遣うなよ。ね?」

「えっと。うん。そうする」

「うん。オッケー。そうしな。逸美ちゃんと鈴ちゃんもね」

 逸美ちゃんはくすっと笑って、

「うん、ありがとう~」

 と俺よりもだいぶ余裕を持って答えた。

「はい」と答える鈴ちゃんはまだ遠慮はあるみたいだけど。

「え~? ぼくは?」

「凪くんは最初からアタシに遠慮なんて一ミリもしてないでしょ? だからいいの」

「絵皆ちゃんも遠慮がない人だ」

 やれやれ、と凪が腕を広げると、絵皆さんはアハハと笑った。

「でもやっぱり、絵皆さんはマジシャンだったんだね」

 俺が言うと、絵皆さんは得意げに答える。

「まーね。アタシはカーディシャンなんだよ。イリュージョニストでもあるけどね」

「カーディシャン?」

 音感からカードに関するマジックをするヒトであろうことはわかるけれど、一応説明を促してみる。

 絵皆さんは指を一本ずつ立てながら説明してくれる。

「カードマジックをする人をカーディシャン、コインマジックをする人をコインマン、メンタルマジックをする人をメンタリスト、イリュージョンをする人をイリュージョニストって言うのね」

「で、開がよく着てるのがカーディガン、おむすびまんの弟子がこむすびまん、オリンピックでメダルを取った人をメダリスト、冒険活劇の傑作はインディージョーンズって言うのさ」

「なるほどな。二人共、色々知ってるね。て、凪のはくだらない言葉遊びじゃないか!」

 俺はつっこむやすぐに質問に移る。

「絵皆さん。ちなみに、メンタルマジックって?」

「メンタルマジックっていうのは、心理トリックを使ったマジックね。たとえば、予言マジックやミスディレクションみたいなヤツ」

 へえ。確かに人それぞれ得意分野はありそうだけれど、そんな区分けがあったんだな。

「ま、アタシの場合、メンタリストの才能はないから、もっぱらカードやイリュージョンをやってるワケ」

 コバヤシさんとレガーナさんが知ったふうに、

「絵皆さんはそっちのほうが合ってる」

「それがベストね」

 と決めつけている。

 あんまり真面目な顔でコバヤシさんとレガーナさんがそう言うもんだから、絵皆さんもハハハと笑うのみだ。

「ホントそうなんだよね。でもアタシは、自分の得意で人を楽しませたいから、これでいいんだ。《空中遊泳》浪江戸絵皆って言えば、いまや少しずつ知られてきてるしさ」

 逸美ちゃんが質問する。

「絵皆さん。さっき言ってた《空中遊泳》って、浮遊マジックが得意ってことなの?」

「そう。アタシは器用なことはあんまり得意じゃないし、メンタルマジックみたいに頭を使うことはもっとダメだけど、そういうのは得意なんだよ」

 俺たちが部屋に入ったときにやってた、あのトランプみたいなヤツのことだろう。

 ん?

 突然、俺のポケットにあるケータイが振動した。振動は二回で止まった。メールのようだ。

 開いて確認してみると、

『藤堂高菜だ』

 宛先人がそのままタイトルになっていた。わかりやすいけど、なんで俺の連絡先知ってるんだよあの人は。

 俺は中身を確認する。

『ラウンジにいる。今から来てほしい。もちろん一人でだ』

 どういう料簡だ? あんまり楽しい話じゃなさそうだけれど、抜けさせてもらうか。

 ん? なんだ? よく見ると、さらに一文あった。

『柳屋凪だけは絶対に連れてくるな。あいつには知られてもいけない』

 やっぱり、よっぽど凪のこと気になってんだな。ここまで警戒しなくていいのに。

 さて、俺は席を立つ。

「絵皆さん。俺ちょっと部屋に忘れ物したから取りに行ってくるね」

「なにか必要なモノがあるのかい?」

 コバヤシさんは妙なところに食いつく。確かにいま使うモノなんてないよな。

「貴重品です。うっかり忘れてて。いま気づいたんですよ」

「それはタイヘンね。ドロボーがいるかもしれないのに」

 さすがにこの飛行船にはいないだろうけどな。

「だからちょっと俺は部屋に戻るよ」

 絵皆さんがヒラヒラと手を振って、

「そっか。いってらっしゃい」

「開くん。お姉ちゃんがついて行かなくて平気?」

 まったく逸美ちゃんは。行っといでとでもいうように送り出す絵皆さんとは対照的に、心配そうにふわふわの栗色髪を揺らせて立ち上がろうとしている。

「平気だよ」

「そう?」

「そうだよ」

「じゃあぼくが行こうか?」と凪。

「おまえだけは絶対来るな。じゃ、行ってくるね」

 手を振ってくれる絵皆さんと逸美ちゃんに軽く手を振り返して、ドアを開ける。

 俺は203号室――浪江戸絵皆の部屋を後にした。


挿絵(By みてみん)

浪江戸絵皆イラスト

第一章2『最後の搭乗客』に藤堂高菜の立ち絵イラストを追加しました。よかったら見てくださいね。

12/24追記:浪江戸絵皆のイラストを追加しました。また、文章でも絵皆についての描写を一部修正しています。

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