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6 魔族たちの食事情

 自室にいたオリーヴは、ようやくバルジオーザのシャツを手放すことができてホッとしていた。


 バルジオーザは王であり、使用人もいるはずなのに、なぜ彼が彼女に服を洗わせたのかはわからない。しかし怒らせるのも怖いので、言われたらやらないわけにはいかなかった。

(まさかずっと、あたしが魔王の服を洗うんじゃないでしょうね。妙に新しい服だったけど、服の管理ってどうしてるんだろう)

 フォッティニアの王族は、何度か着たら捨ててしまったり臣下に下げ渡したりするという話を、彼女は聞いたことがある。イドラーバも同じなのか、そもそも服は誰が作るのか。フォッティニアと同じだと考えていいのだろうか。


 不思議に思いながらも、オリーヴは次の洗濯物を探しに行くことにした。

 再び、廊下に出てみる。

 イドラーバの空気がどうこう、などという話を聞いてしまったせいか、彼女は息苦しさを覚えた。あまり吸い込んではいけないような気がして、呼吸を浅くしてしまっているためだ。短時間なら大丈夫だ、といつもの呼吸に戻そうとしても、意識してしまってうまくできず、とにかく早く用事を済ませようとオリーヴは廊下を歩いて行った。


 窓の外を見ると、常に曇っている空は、今はさらに暗い。

 そろそろ夜なのだろうか、とオリーヴが思ったその時、急に廊下がフワリと明るくなった。驚いて見上げると、壁に等間隔に掛けられていたランプに灯りが点っている。

 これも、何かの力なのだろうか……と、オリーヴは何となくランプから距離を取った。

 彼女が廊下を進むごとに、近くのランプが点って明るくなり、通り過ぎた後は消える。

(こ、怖い……何かがついてくるみたいじゃない)

 オリーヴは少々怯えながらも、ひとまず目に付いた扉の所へ行き、静かに開けた。


 そこは、絵や壷、石像などが置かれた部屋だった。それらの美術品は展示されているというより、使わないものを雑多にしまい込んでいるといった風だ。床は板張りで、入ってすぐの所に小さな絨毯が敷いてある。

 オリーヴは絨毯の端を持ち、広げたまま持ち上げると、廊下のランプの灯りにかざしてみた。かなり汚れているらしい。

 今回はこれを部屋に持ち帰り、明日洗うことにしよう、と彼女は決めた。


 新しく出現した中庭の作業台に絨毯を置き、オリーヴが寝室に戻ったところで、ノックの音がした。

「は、はい」

 彼女が返事をすると、扉が開き──

 あの、一本角の白いネズミが立っていた。

 バルジオーザかと思っていたオリーヴは、少しホッとする。


 使用人服姿の白いネズミは、廊下に置かれていたワゴンから脚つきの盆を持って入ってくると、寝台の上に置いた。盆には大きな蓋がかぶせてある。

 ネズミはオリーヴの目の前で、その蓋を取った。


 オリーヴは思わず、目を見張った。ご馳走が現れたのだ。

 昼食は魚とパンだけだったのが、品数も内容も段違いだ。骨付きの肉、何かのパイ、茹でた野菜、果物、焼き菓子まである。

 肉汁とソースの混じり合った香りがふんわりと立ち上り、オリーヴの食欲を刺激した。彼女は喉をごくりと鳴らす。

 そして、はっ、と気づいた。これだけの料理が出来立てで出てくるという事は、きちんとした厨房があり、料理人がいるということになる。

(それなら、厨房にあるもので欲しいものがあるんだけど……!)


「あの」

 部屋を出ようとしていたネズミに、オリーヴは呼びかけた。ネズミは振り返る。

「えっと、あのね。明日、洗濯するんだけど、汚れを落とすのに必要なものがほしくて、厨房に行きたいの。今夜でも、明日の朝でもいいから。……ダメかしら」

 ぴこん、と、ネズミは首を傾げた。

 そして、チィチィ、と鳴くと、部屋を出ていってしまった。


 言葉が通じなかったのだろうか、と、オリーヴは戸惑った。

 しかし、ネズミがここに食事を持って来ているのはバルジオーザに命令されたためだろうから、彼とは意志が通じているはずである。

(どうやって、命令したり理解したりしてるんだろう……)


 考え込みながらも、オリーヴは寝台に腰かけると夕食に手をつけた。

「うっわ、美味しい」

 思わず声を上げる。

 炙った肉は、表面はカリッとしていて脂身もしつこすぎない絶妙さだ。パイは木の実をすりつぶしたものが入っていて香ばしい。果物も新鮮で、口の中に果汁があふれてくる。

 しかし、焼き菓子かと思ったものは菓子ではなく、保存食のようだった。ほんのり塩味がするのだ。みっしり焼き締めてあるため食感がかなり重く、オリーヴは食べきれずに残してしまった。


 食事を終えた時、ふとオリーヴは思う。

(そういえば、魔族は食事、どうしてるんだろう。同じものを食べてるの? あたしと同じように? それとも、全然違うのかな)

 怪しい肉を生のままむさぼり食らう生き物たちが思い浮かび、オリーヴは頭を振ってその想像を追い払ったのだった。



 部屋の扉に鍵がかけられないため、オリーヴは不安な夜を過ごしたが、結局眠気には勝てずに眠ってしまった。

 目覚めた時には、ずいぶん時間が経っている感覚がした。彼女は静かに廊下に出ると、窓の外を見る。相変わらずの曇り空だったが、雲の向こうに太陽が感じられた。イドラーバにも、朝はやってくる。


 部屋に戻り、オリーヴは鏡台の中から櫛を見つけて髪を梳いていた。そこへノックの音がして、ネズミが入ってくる。

「あ、おはよう……」

 彼女が挨拶をすると、ネズミはスカートを摘んでお辞儀をした。やはり、言葉は通じているらしい。

 ネズミは寝台の横のボウルの水を換えると、扉の横に置いておいた昨夜の食器を廊下のワゴンに載せた。

 次に朝食を出してくれるのだろう、とオリーヴが思っていると――


 扉の外でネズミが、ちょいちょい、と手招きをした。


「え? あたし? あたしを呼んでるの?」

 ためらいつつも扉の所まで行くと、ネズミは廊下の先の方を指さした。そして、ワゴンを押しながら先に立って歩き出す。

「ついてこいってこと?」

 オリーヴは瞬きをし、それから急いでネズミの後を追う。

 歩きながら、彼女はちらちらと辺りを見回した。バルジオーザがまた、どこからか見ているような気がした。

 

 廊下を進み、入ったことのない部屋に入り、そこを突っ切ってまた廊下に出て、ネズミは歩いていく。いつの間にか、窓の外に庭が見えていた

(……えっ、階段下りてないのに何で一階? もう、ほんとに、この城は何が何だか……)

 オリーヴにはついていくことしかできない。


 ネズミに導かれてとうとうたどりついたのは、開け放した扉から石のかまどが見える部屋──厨房だった。

「やっぱり、あたしの言ったこと、通じてたんだ!」

 思わず声に出して言った時、明るい声がした。

「花嫁さん、いらっしゃーい!」


 にこにこと彼女を出迎えたのは、白髪をきっちりとまとめた、しわくちゃの小柄な老女だった。そしてその頭には、角がない。

「えっ、人間!? あの、おばあちゃんもここに捕まってるの!?」

 オリーヴがあわててそう話しかけると、老女は笑った。

「違う違う。あたしの名前はエドラ、イドラーバとフォッティニアのあいのこ」

「あいのこ……?」

「そう。だから、フォッティニアでは暮らせなかったですよゥ」


 老女エドラは、どこか片言な話し方で微笑みを絶やさないまま、「朝食、朝食」と向こうを向いた。その拍子に、エドラの足元が目に入る。靴を履いていないその足に、オリーヴはハッとした。足には鱗があり、鋭い爪が生えていたのだ。くるくると動き回っているエドラをよく見ると、目もトカゲのように縦に細い瞳孔だった。

(「あいのこ」……確かに、こんな姿だと知られたら、フォッティニアでは暮らしにくいかも……)


「花嫁さんが厨房に用事があるって、クリーチィに聞いたから、ついでに朝ご飯もここでネ。王様に怒られるですか? 大丈夫大丈夫!」

 どんどんしゃべりながら、エドラは小さな机に椀と皿を並べる。白いネズミの名がクリーチィであることを、オリーヴは初めて知った。

 クリーチィはチィチィと言いながらエドラを手伝い、それから同じテーブルについた。エドラが「え、それ食べたことなかった?」などと答えている所を見ると、両者は話が通じているようだ。


 テーブルの上には、細切りの芋を炒めて卵でとじたものと野菜スープ、そして香ばしいチーズの香りをまとったパンが置かれている。オリーヴの腹が、ぐぅ、と鳴った。エドラが両手を広げて勧める。

「どうぞ、花嫁さん! エドラの料理はおいしいのヨ」

「あの、オリーヴって呼んで下さい」

 彼女は思わず笑いながら、椅子に座って言った。

「昨日の夕食もとっても美味しかった、ありがとう」

「まっ、嬉し」

 エドラはしわくちゃの頬をポアッと赤くした。クリーチィは黙って髭を動かしながら、塊のチーズを食べ始めている。


 オリーヴにとってエドラは、この城に来てバルジオーザ以外でようやく出会えた、まともに話せる相手だ。朝食をとりながら、少し質問させてもらうことにした。

「魔王とか、魔族は、食事はどこでしてるんです?」

「まおう? あ、王様ね、バルジオーザ様」

 エドラはものすごい勢いでスプーンを口に運びながら言う。

「王様とその家来は、たまにしか食事しないのヨー」

「え、そうなの……?」

 目を見張るオリーヴに、エドラは機嫌よく説明を始めた。頭の上に人差し指を立てながら、こう言う。

「イドラーバの、角がある民は、角から力を吸い込む。その力を生み出すのが、王様。生み出せるひとが王様ネ。だから、こうやって口から食べる食事、必要ないです。でも、美味しいからたまーに食べる」


 王が生み出す力を角で吸収することが、食事の代わりになる――オリーヴは、自分とは食事の仕方が全く違うのだということを理解した。彼女がするような「食事」は単純に楽しみのために、嗜好品としてたしなむこともある、ということのようだ。


 もう少し詳しく知りたかったが、エドラはイドラーバの民なので、少しはバルジオーザを褒めなければ色々と話してくれないかもしれない。そう考えたオリーヴは、こう言った。

「魔お……王様も食べないんでしょ? すごいのね、食事しなくても力を生み出しちゃうわけ?」

 すると、エドラは答えた。

「王様が欲望を満たせば、力が生まれる。王様がやりたいことをやれば、イドラーバの民も力がいただけるです。だから民は、王様を応援! 応援ネ!」


(魔王が欲望を満たせば、力が生まれる)

 オリーヴはその意味を考える。

(魔王が欲することって、何? フォッティニアで人間を殺すこと……?)

 少し嫌な気分になった彼女は、窓の外に視線を逸らした。

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